魔法少女、好奇心に負ける
遡って数十分前、リンゴは大きな風呂敷を抱え、誰もいない酒場の二階に戻る。
以前まで殺風景だった部屋は、巨人制圧の際に届いた大量の木箱を改造した家具に溢れ、その一つである机の上にメモが残されていた。
『ハリス様と共に調査団の聴取へ向かいます。戻りましたら昼食としましょう』
伝言の内容にリンゴは「ふーん」と鼻を鳴らす。
その上に彼女は風呂敷を置くと、荷を解いて大小何冊もの本を取り出した。
本を胸に抱えたリンゴは、棚に一冊ずつ丁寧に並べ、一冊を手元に残し立ち去ろうとする。
だがその時、彼女は本棚の下に、何かが隠れていることに気付く。
「……?」
疑問符を浮かべ、隠された物品を拾い上げるリンゴ。
それは綺麗にラッピングされた黒い箱……ハリス仕入れた、〝最終手段〟と呼んでいたものだった。
しかしリンゴは、箱について説明を受けていない。
彼女は何気なくそれを卓上に置くと、椅子に戻って読書を開始する。
「…………むぅ」
だが集中は続かず、箱がリンゴの心をくすぐる。
ハリスもレナも、今はいない――真面目な彼女の中にある幼い好奇心は、魔が差すには十分な動機となり得た。
(見るくらいなら、大丈夫ですよね?)
机の前に歩み寄り、本を置いて箱を見下ろす。
黒い箱に白いリボンが飾る、大人びた危険な香りが、リンゴの興味をより擽る。
ゆっくりとリボンを解き、箱を空けて取り出してみる。
すると中に入っていたものは、黒一色のシックなチョーカーだった。
「アクセサリーでしょうか?」
言葉を漏らしたリンゴは、ドアをチラリと見る。
誰もいないと判断し、わざとらしく咳込んでみせる彼女。
喉を鳴らしながら窓際に寄り、反射を利用してチョーカーを首につけてみる。
それから軽く身なりを整えると、窓に映る自身の姿を見てリンゴは呟く。
「い、意外と似合っているのでは?」
満更でも無い顔のリンゴ。
普段は決して身に着けない、不良的な装いに、彼女は冒険的な悦に浸る。
(こういう方向性の服、一着くらい揃えても……)
窓の前で小さなファッションショーを行い、一度くるりと後ろに振り向いたその時。
部屋の扉がゆっくりと開かれ、外からハリスが帰ってきた。
「ただいま。戻っていたのかリンゴ」
呼びかけられるその声に、リンゴは振り向いた格好のまま固まってしまう。
そんな彼女にハリスは疑問符を浮かべつつ、部屋の様子を確認する。
「どうしたリンゴ? そんな顔をして――」
言いかけて、彼の言葉も止まる。
視界に映るのは、開封された箱と、チョーカーを巻いたリンゴ。
全てを悟ったハリスは、顔に緊張を走らせ、ゆっくりと手を挙げて告げる。
「お前、どうしてそれを」
「ご、ごめんなさいっ! 偶然見つけちゃって、どうしても気になって!」
「大丈夫だ、気にするな。というより慌てるな」
身振りを加えて話すハリスだが、彼の声にも緊張が滲む。
だがそれ以上に、リンゴは罪悪感を覚え、慌てた様子で歩み寄る。
「す、すぐ外します! というより弁償も!」
「だから気にしなくていい。今はこちらに近づかず、首輪を外してくれ」
掌を前に出し、制止するハリスに、リンゴは従い立ち止まる。
だがいくら弄ろうと、力任せに引っ張ろうと、首輪はびくともしない。
「どうやって外すのですか!?」
「装着時と逆の手順をやるだけだ」
徐々に再び慌てだし、リンゴの顔は青ざめていく。
乱れた思考は次第に彼女の足元をふらつかせ、注意力を削ぐ。
すると彼女は、自分が座っていた椅子の存在に気付かず、足を引っかけて転倒する。
「うわぁっ!」
「リンゴ!」
慌てて飛び出し、彼女が床へぶつかる前に抱き留めるハリス。
意図せず彼の胸元に飛び込んだリンゴは、体へ伝わる温もりに頬を染める。
だがそれと同時に、首のチョーカーから、カチッと何かが閉まる音が響く。
「あ」
音を聞いたハリスが、小さく声を上げる。
彼は慌ててリンゴの肩を抱き、自身の体から引き離すと、紅潮した彼女の首へ巻き付くチョーカーに、今までなかった錠前がぶら下がっていた。
目の前の状況を把握したハリスは、全身から生気が抜けつつも、確かめるように告げる。
「リンゴ、よく聞いてくれ」
「は、はい」
「その首輪は『隷従の首輪』と言ってな、テイマー系の職を持つ者だけが扱える、少しまずいアイテムで――」
鬼気迫るハリスの説明に、息を飲むリンゴ。
彼は少し溜めると、真っ直ぐに彼女の目を見つめて話す。
「装着者と触れあうことをトリガーで発動する……一度効果が発動したら絶対に外せない、装着者を絶対服従の奴隷へ変えてしまうアイテムだ」
瞬間、リンゴもハリスと同じように、顔色を真っ白にした。
*
そして、今に至る。
冒険者たちの見守る中、首輪を弄った魔術師は、溜め息をつき顔を上げる。
「申し訳ないのですが、あまりにも呪縛が強すぎます」
魔術師の言葉に、絶望した顔で机に突っ伏すリンゴ。
同時にハリスにも、一層濃い影が刻まれていく。
レナはそんな二人を見て、椅子から跳びあがるように立ち提案する。
「も、もう一度、私の力でどうにかできないか、試しても構いませんか?」
頼もしい声で尋ねるレナ。
しかしリンゴは、ほっぺたを机につけたまま滝のような涙を流す。
「それでビクともしなかったですし、私の呼吸ができなくて死にかけたじゃないですか……」
「……そうでした、ごめんなさい」
「いいえ……」
再びレナが椅子に座ると、周囲に葬式のような雰囲気が立ち込める。
とても町を救った英雄たちの醸す空気ではなく、彼等を見守る冒険者たちも、心配そうに互いの顔を見合わせる。
(お前魔術師だろ? 何か知らないのか?)
(俺は全然……お前こそ力自慢じゃないのかよ?)
(レナ嬢がどうにもできないアイテムを、俺が何とかできるワケないだろ……)
三人に手助けできないかと、冒険者たちは話し合うが、どれも絶望的。
円卓を囲む三人が、再び指を組み、打開策を考え始めたその時。
彼等を囲む冒険者の後ろから、白く細い腕がピンと上げられ、アピールするように左右へ振られる。
装飾されたネイルの目立つ手の持ち主は、溌剌とした声で告げる。
「はーい! あたし、何とかなる方法知ってまーす!」
空気を切り裂く場違いなその声に、冒険者たちは振り向く。
そこにいたのは、良く目立つ桃色の髪が特徴的な、うっすらとメイクをした色白の少女だった。
彼女が動く度に、レナ程ではないにしろ健康的に育った連山が、軽装の下で躍動するる。
甘い柑橘系の香りを纏い、腰の剣が辛うじて戦士だと判別する彼女に、冒険者たちは怪訝な顔で返す。
「コイツ等は本気で困ってるんだ。茶化すなら別のトコに行け」
追い払おうとする冒険者に、少女は怒った表情で頬を膨らます。
だがそこに、彼女の背後から研究員が現れ、彼女の前に立つ。
「話だけでも聞いてくれないか? ポーラはそこの三人に会いたがっていてな」
「と言ってもだな……」
研究者の言葉にも、若干の警戒心を見せる冒険者。
すると今度はマスターが顔を出し、紹介する。
「彼女の名前はポーラ・セージェル。キミ達よりも何倍も強い冒険者さ」
そこまで言うと、彼はニヤリと笑って理由を語る。
「何せ――彼女は勇者だからね」
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