ドラゴン娘、魔法少女に正体がバレる(?)
場所は戻って、世界樹の町。
クエストの成果やその後の活躍により、ハリス達は有名になり、すっかり町に溶け込んでいた。
モノがパーティ離脱を心に決めた日の夜も、彼等は自分達の住む酒場二階から降りる。
そこには既に客はおらず、後片付けをするマスターが彼等を見る。
「やあ、我がギルドのホープたち。今日も練習か?」
「そのつもりだが、忙しいなら手伝おうか?」
「俺のマルチタスクっぷりを舐めてもらっては困るね」
白い歯を見せて笑い、顔をキメるマスター。
彼はそのままリンゴに視線を送ると、少し優しい顔で語る。
「良い仲間を見つけたな。大切にするのだよ」
「はい、言われなくてもっ!」
胸を張り、強気な口調で語るリンゴ。
マスターはそれに「可愛くないな」と悪態をつきつつ、表情の和やかさは消さない。
その間にレナは酒場の扉を開け、カウンター前のハリス達に呼びかける。
「さあ行きましょうハリス様、リンゴ」
「ああ」
「はいっ!」
*
涼しい風のなびく、町近くの草原。
レナの手を取ったリンゴは、眉間に皺を寄せて念じる。
すると彼女はふわりと浮き上がり、泳ぐように身体を伸ばし、レナに手を引かれ飛行魔術の練習を始める。
必死な顔でバランスを取るリンゴに、レナは優しく声をかける。
「以前より安定していますね」
「なら……ハリスさん、お願いします!」
リンゴの呼びかけにハリスは応じ、彼女の隣を歩きだす。
「何の話をしようか?」
促され考え始めるリンゴ。同時に安定さは少し欠け、ふらつきだす。
これもまた、飛行魔術に対する修行の一環だ。
実戦で飛行魔術を使うには、地上よりも自由な空間において、攻撃や回避などの思考を常に働かせなければいけない。
移動に上下の概念が加わるだけで、処理情報は爆発的に増大するのである。
この対策の為に、まず飛行中の会話から練習する。
やがて話題が思いついた彼女は、ハリスに顔を向けて尋ねる。
「ハリスさんは何故、モンスターをテイムしないんですか?」
「……ん?」
「戦闘も動きを縛る『キャプチャー』とユニークスキルの『シンクロ』だけで、あまりテイマーらしくないですよね」
リンゴの質問は、ハリスの予想を超え、あまりにも鋭い。
彼の脳裏には、初めて出会った時にレナへ放った、何故メイド服を着ているのかという指摘が思い出される。
珍しく困り顔を浮かべたハリスは、堪忍して語りだす。
「もともと俺は、モンスターテイマーでは無かった」
「ジョブを変えたのですか?」
興味津々に食いつくリンゴ。
彼は噛みしめるように微笑むと、少し真剣な眼差しで続ける。
「お前と同じくらいの歳の頃まで、俺は小さな村で羊飼いをしていた」
「羊飼い、酪農家ですか。それがまたどうして?
好奇心に火の付いたリンゴ。
それを見計らい、ハリスがレナに視線を送ると、彼女は支えていた手を放す。
リンゴは気付かず、ハリスと話しながら安定して浮き続ける。
作戦の成功に彼は満足げに笑いつつ、質問にもしっかりと答える。
「ある日、俺の住んでいた村にサラマンダーが現れた。大きさはヨルムンガンドと一緒くらいか。それを俺は、牧羊犬と羊を指揮して討伐した」
「巨人に次ぐ危険モンスターを、ただの動物で……?」
驚くのも無理はない。リンゴの言う通り、サラマンダーは小規模な都市を壊滅させた記録もある、凶悪なモンスターである。
モンスターと比べ、体格も魔力量も貧弱な普通の動物に敵う相手ではないはずだったが、ハリスは不可能を可能にしてしまった。
そんな彼の噂を、あるテイマーが聞きつけ、弟子に取りたいと勧誘する。
家族の押しもあり、ハリスはそのテイマーの懇願を受けた……というのが、彼の大まかな過去である。
「複雑な魔術を使ってテイムなどしなくても、異種族と心を通わすことができれば、しっかり力を貸してくれる。羊飼いの頃に学んだ知識だ」
「そういうことだったのですか……だからあんな、シンプルな戦闘を……」
感心した素振りで腕を組み頷くリンゴ。
その光景に、ハリスは微妙な表情をすると、彼女へ尋ねる。
「なあリンゴ、何故その格好で気付かない?」
「…………へ?」
移動を止め、自身の足元と自由な腕を見るリンゴ。
一人で飛行できていることに、ハリスとレナは祝福するように頬を綻ばす。
――だが彼女は、みるみるうちに顔色を悪くし、慌てだす。
「な、ど、どうして私、一人で!?」
「落ち着け、単調な移動だったが、しっかり話しながら飛べていた」
「そうですリンゴ、これまでの練習成果が――」
褒める二人だが、リンゴは照れる事もドヤる事もなく、少しパニックに陥る。
これはまずいと、異様な状況に彼女へ手を伸ばす二人。
だが彼女は自身を制御しきれず、勢いよく空高くへ上昇を始めた。
「た、助けてっ!」
恐怖するリンゴだが、彼女はみるみる地上から遠ざかっていく。
すかさずハリスはリベイルケインを振り上げ、彼女へ伸ばす。
その時同時に、責任感を覚えたレナは、彼へ意を決して告げる。
「ハリス様、再び服を破損させてしまいます事、先にお詫びします」
レナの周囲に薄紫の魔力の光が迸る。
彼女はリンゴの位置を確かめると、目を見開いて呟く。
「『限定解除』……!」
瞬間、メイド服の背中が弾けるように裂け、漆黒の翼が現れる。
スカートの中からは腰から伸びた太い尻尾も出現し、跳躍と同時にそれを地面へ叩きつけ、大きく羽根をはためかせた。
ゴウッ! と風を切りながら、雲近くまで浮かんだリンゴへ、彼女は手を伸ばす。
「リンゴ! こちらに手を!」
「れ、レナさん!」
何度か失敗しながらも、空中で手を取り合う二人。
だが力を解放したとはいえ、魔力不足のレナは全開を出せない。
対してリンゴの莫大な魔力が発動させる飛行魔術は、二人の地上への帰還を拒む。
翼を羽ばたかせ、地上に引き戻そうとするレナ。
そこへ遅れてリベイルケインの先端が届き、彼女が必死にそれを掴むと、地上のハリスが全力で二人を引っ張る。
「――ぁ」
彼等への安心感から、声を漏らして一瞬気絶するリンゴ。
それと同時に二人は落下を開始し、レナは彼女を抱きながら、翼で落下速度を制御する。
地面で手を広げるハリスの上に、勢いよく落ちる彼女たち。
抱き留めた彼は二人ごと地面に倒れ、安心して一呼吸置き、告げる。
「まだ一人は早かったか。すまなかったな、二人とも」
謝罪するハリスの声に、目を覚ますリンゴ。
彼の腕に抱かれるという情景に、顔を真っ赤にした彼女は、跳び起きて距離を取る。
「だ、大丈夫です! それより……」
身体を持ち上げる二人のうち、翼と尻尾を出現させたレナを見る彼女。
ハリス達もそれに気づくと、堪忍したように俯いて言葉を待つ。
すると彼女は頬を膨らませ、レナを強く見つめて告げる。
「酷いです! 私、魔族差別はしませんよっ!」
「「……えっ?」」
予想だにしない言葉に、思わず同じ声を漏らす二人。
だがリンゴは唇をぷりっと尖らせ、尚も彼等に怒ってみせる。
「学園にも魔族はいますし、差別なんて時代遅れです! 確かに未だ心無い人達はいますが、私はそんなことしません!」
「あの、そうではなく、私は」
「オーガにしては角の形が違うと思っていたのです! 大丈夫、秘密にしますから!」
胸を張りウインクし、勘違いしたままリンゴの話は止まらない。
ハリスとレナは視線を交わし、いま誤解を解くのは難しいと考え、彼女の話に乗ることにした――。
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