モンスターテイマー、魔法少女をデレさせる
激戦を終えた三人は、弾け飛んだヨルムンガンドの中から、鎧の残骸等の更なる証拠を回収する。
その頃には日も登りきり、樹上からは遥か遠くまで見渡せる絶景が広がる。
戦闘の疲れもあり、景色に瞳を煌めかせるリンゴ。
すると彼女の背後から、ハリスとレナが彼女を労いに歩み寄る。
「お疲れ様、よくやったな」
「……ありがとうございます」
褒められたリンゴは、それよりも自分の未熟な行いを恥じたのか、帽子を目深に被って返事をする。
だがそんな彼女を、ハリスは帽子の上から再び撫でる。
温かく大きく思える彼の手に、満更でもない表情で頬を染めるリンゴ。
ハリスは彼女を撫でながら、真剣な顔でレナと話す。
「元凶らしき存在は倒したが、昨日リンゴが倒した蛇はアレの子供だと思われる。まだまだ潜んでいるかもしれない」
「それが正しければ、帰路も油断はできませんね」
同じ懸念を抱き、考え込む二人。
数秒思考を巡らせたハリスは、ふとリンゴに尋ねる。
「魔術学園では飛行魔術は基礎として教えるらしいが、それで戻れないか?」
「それが……私、飛行魔術が大の苦手で……」
申し訳なさそうに呟き、再び表情を陰らせるリンゴ。
そんな彼女に、ハリスは呆れたような優しい笑みを浮かべると、撫でる手を少し乱雑にしてみせる。
「つ、強いです! 撫でるならもう少し優しく!」
「ああ、すまんすまん」
少し鬱陶しそうなリンゴの声に、軽快な声で謝るハリス。
彼は撫でる手を穏やかに、ムスッとした表情の彼女へ告げる。
「苦手な事なんて誰にでもある。それにリンゴには、代わりに物凄い威力の光魔術があるじゃないか」
ハリスが伝え終えると、リンゴは不満げな表情を解き、口元に小さな笑みを称え「はい」と素直に答える。
威勢のいい彼女の声に、ハリスは満足な顔をして、二人に告げる。
「歩いて帰るしかないな、危険な道中になるかもしれない。気を引き締めてくれ」
「かしこまりました」
「はいっ!」
二人が返事をすると、ハリスが先頭に立ち、帰路に就いた。
*
数時間後。朝から歩き続けた彼等は、夕方には無事に酒場へ戻ってきた。
帰還したハリスが、マスターに樹上で得た証拠を提示すると、彼は目の前の残骸に悲しげな表情を浮かべる。
「よくやってくれた。残る大蛇の掃討は他の冒険者にも手伝ってもらえるよう、掲示板にも載せておく」
労いの言葉を語りつつ、鉄塊を見つめるマスター。
しかしハリスの瞳は、未だ鋭いままだった。
「蛇だけが残された課題ではない」
「……それはどういう事かね?」
彼が尋ねると、ハリスの左右に立つ仲間も首を傾げる。
ハリスはマスターに紙と羽ペンを借り、ヨルムンガンドの精巧な絵を書くと、それをトントンと差しながら告げる。
「ヨルムンガンドは本来野生に存在しない。巨人族が様々な大蛇系モンスターを交配させて誕生した、ペットのようなものだ」
「……そうなのか?」
明かされた情報に、一つの知識として驚くマスター。
巨人族とは世界にその名の通り、通常の人間よりも遥かに大きな肉体を持つ、人間とモンスターの中間のような種族である。
生存数は数体と少ないが、彼等のパワーは一個体で小国を蹂躙できるほど。
それを踏まえ、何故ヨルムンガンドのみが世界樹にいたのか、深まる謎にハリスは尋ねる。
「この辺りに巨人の目撃情報は?」
「ここ数年は一切無い。野生化した個体という可能性は」
「聞いたことが無いな……恐らく記録も存在しない」
互いに質問を投げ合う二人だが、答えに近づけるようなものはない。
窓から差す夕日が強くなる中、リンゴは突然呟く。
「……蛇は巨人がここに来る前の、偵察役だったりしませんかね」
不穏な言葉に、三人は一斉にリンゴを見る。
視線に気まずくなった彼女は、帽子を目深に被り、顔をそっぽに向けた。
だがマスターとハリスは、世界樹を中心に起こる数々の異変を踏まえ、リンゴの言葉を胸にしまう。
そうして意見交換を終え、ハリス達に報酬を手渡すマスター。
気分転換に背伸びした彼は、表情を崩してハリスに告げる。
「何より今日はありがとう。ゆっくり体を休めてくれ……メイド服の替えを買うなりしてね」
ちらりとレナを見た彼は、そう言って酒場の準備を開始する。
ヨルムンガンド戦で裂けた胸元から、今にも零れそうになるたわわを、マスターの指摘で隠すレナ。
少し羞恥して顔を赤らめる彼女に、ハリスは気まずそうに口を開く。
「……戻ってくる前に、買っておいたほうが良かったかもな」
ハリスの言葉にレナは頷き、揃って酒場を出ようとする。
日が沈む中、閉まる前に装備屋へ向かおうとする彼等だが、そこに背後からリンゴの声が響く。
「あのっ!」
場の扉から差す夕日を背に、リンゴへ振り返る二人。
対する彼女は顔を上げて胸を張り、強気な視線で彼等を瞳に焼き付ける。
「今回はありがとうございました! 私なんかの力で良ければ、また冒険に同行させてくださいっ!」
深々と頭を下げ、大きな帽子を地面に落としながら、感謝を告げるリンゴ。
たった一日で成長した彼女は、別れの涙を堪え、礼を続ける。
そんな彼女の様子に、ハリス達は顔を見合わせ、微笑む。
するとハリスは引き返し、リンゴの帽子を拾い上げると、彼女に被せて尋ねる。
「リンゴはいつ、学園に戻る予定だ?」
予想だにしない質問に、頭を上げるリンゴ。
夕陽で影になる二人を眺め、少し瞼を腫らした彼女は答える。
「何ヶ月か後の予定、ですけど」
「そうか……なら」
考える素振りを見せたハリスは、彼女の肩に手を置いて告げる。
「今回のクエストだけと言わず、戻るまでパーティを継続しないか?」
「……いいの、ですか?」
戸惑いながら後ずさりし、ハリスに疑問を投げかけるリンゴ。
彼は震える少女の肩に、落ち着けるよう促しながら、彼女の不安に答える。
「実力なら十分だ。ヨルムンガンドとの戦いは、リンゴがいたからすぐに決着をつけられた。まだまだ伸び代もありそうだしな」
力を認められ、褒められたリンゴは、口元を緩めて目を逸らす。
更にハリスは、追撃とばかりに言葉を重ねる。
「俺達に、力を貸してくれないか?」
心をくすぐる問いかけに、少し顔を伏せるリンゴ。
次の瞬間、彼女は小さく笑いだし、ハリスの顔を見上げた。
そして彼女は、とてもうれしそうな表情で、彼に答える。
「しょうがないですね。そこまで言うなら、お手伝いしてあげます」
素直ではない言葉で返答し、リンゴはにっこりと笑う。
ハリスはそれに微笑み返すと、彼女と共に入り口で待つレナの服を買うため、酒場の外へ歩きだした。
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