69) 教官たち
訓練場の騒ぎが一段落して、やっと開放された。
そして、俺はそのまま騎士団本部の教官殿に会いに来た。
彼は候補生を指導している教官たちの、そのまた上官にあたる人らしい。
正騎士団の教官で、俺にとっては語尾が特徴的な食えない御仁である。
ファサードさんっていう、けっこう偉い人みたいだよ。
もちろん保護者役の二人とペルタも一緒である。
彼らの補足に助けられながら、今回の件をありのままに報告した。
「はははっ、なんて愉快な話でしょうかっ。若君っ、よくぞやってくださいましたっ」
報告を聞いたあとの、ファサード教官殿の第一声がコレである。
「べつに、やりたくてやったワケではないんだけどね。向こうから突っかかってきたんだものさ」
言い訳じゃないけれど、モゴモゴと言い返す。
とくに狙って改革をしようという意図はなかったんだよ。
訓練場の候補生たちが、行儀よく現状に甘んじているだけならば……きっと、俺は数ヶ月をあの場所で過ごして何事もなく離れたことだろう。
俺は騎士団に入団するのではなく、慣例にならって一時的に訓練を受けるだけのはずなのだから。
いちおうの問題提起はしたのだろうが、もっと穏やかなものになっていただろうと思う。
訓練期間を過ごし終えたあとにでも、こっそりファサード教官に運営の方針を見直したらどうかと提案くらいで済ませたはずだった。
まぁ、やっちまったもんは仕方がないんだけどね。
これで俺の訓練期間も終了になっちゃうのかな。
騎士団としての対応を聞いてみたら、ファサード教官はニッコリ笑顔で頷いた。
「いちおう幹部会議にかけて辺境伯閣下のご意向を伺うことにはなりますが、即時閉鎖もありえますねっ。末のご子息が虚仮にされては、閣下も穏便に済ませたりはなさらないでしょうっ」
「おれが関わらなくても改善は必要だと思いますよ。名前は覚えてないけど、有力な大店の息子が我が物顔でやりたい放題していたみたいですし。真面目に訓練を受けたいという若者たちが、いい迷惑でしょうから」
「まぁ、そうですねっ。元々あの訓練場は、件の大店による土地と運営資金の提供があってはじめた経緯がありましてねっ。はじめこそは地元の活性化を謳った資金提供だけでしたが、次第に運営にまで干渉してくるようになってきたのでっ……正直に言いますと、腹に据えかねていたんですよねっ」
「うわぁ。息子だけじゃなく、親も親みたいだね……」
「近いうちに弱みを握って、確実に店ごと捻り潰してやるつもりだったのですよっ。いやぁ、手間が省けて有り難いことですっ。これで余計な口出しをされなくなりますねっ」
教官殿は相変わらずのニッコリ。
それはもう、良い笑顔で言い切った。
…………そんなこんなで報告を済ませて、訓練場は実質休業。
あれから一週間、俺たちは自主練習に励む日々だった。
その日の午後になって屋敷に訪れた客人は、あのファサード教官殿と訓練場担当の三人の教官たち。
俺に用事があるとのことで、一階の応接室にて面談をすることになった。
ペルタは午前の自主練が終わったら午後は実家の手伝いに帰っているので、室内に居るのは客人たちと俺と保護者役の二人である。
窓側のソファに座るのは俺ひとり。
オルンさんとお祖父様は俺の裏側に立ち並んでいたりする。
向かい側の椅子に座るのはファサード教官殿だけで、他三名は彼の後ろに立っている。
うぅむ、じつに息苦しくてむさ苦しいな。
執事のベルモントが紅茶を淹れてくれて、彼はそのまま退出していった。
こんな状態ではお茶を飲む気にもなれないが、いちおうの体裁は整えなくっちゃいけないみたい。
うちの有能な執事さんの主張なので、そういうものなのだろうね。
さてと。さっさと解散したいので、とっとと要件を済ませてしまおうか。
「ようこそ、ファサード教官殿。ええと、今日はどのようなご用件でしょうか?」
「末若様、事前の約束もなくお訪ねしてしまい申し訳ございませんっ。本日は、先日の騒動の顛末と今後についてのご報告に参りましたっ。本当はご連絡を差し上げてからもう少しあとになってから伺う予定でおりましたが、ここに居る三名が配置移動となりまして……騎士団本部を去る前に、ご挨拶とお詫びをしたいと申すので、急遽こちらに罷り越しましてございますっ」
教官殿が、そう言って背後の三人を振り返る。
「「「末若様、大変申し訳ございませんでした」」」
それで、後ろの奴らがガバリと三人揃って頭を下げた。
「ええと? それは何についての謝罪かな?」
この連中が多少の職務怠慢だったとしても、その件を俺に謝るのは筋違いなんじゃないかと思う。
騎士団の運営が改善されれば、俺としては文句はないし。
そういう意図でファサード教官殿に視線をやれば、彼は少しだけ肩をすくめて笑う。
「いえねっ、どうしても若様にお会いして決意表明をしたいと申して聞かないのでっ……」
仕方がなく引き連れてくる羽目になったのですよっ……だってさ。
「うん? どうゆうこと??」
何の決意を表明するんだか、思わず尋ねてしまったよ。
そうしたら、三人組が真面目な表情で語りだした。
「在籍期間が長く資金提供者の息子でもあった件の商会子息と我々は、じつは日頃から懇意な間柄になっておりまして、結果としてお役目であった訓練場の運営を疎かにしてしまっておりました。奴と商会の意向に沿った運営に傾きがちだったことを自覚しつつも、甘言に惑わされ騎士団の誇りを打ち捨ててしまった。更には、末若様にまでお手数とご迷惑をおかけしてしまいましたこと、今更になってではありますが、後悔し反省しております」
「上層部の判断により、あの訓練場は閉鎖されることになりました。そういうわけで、我々はお役御免となった次第にございます」
「それで、三人とも迷宮攻略先遣隊に志願することにしました。まだまだ現役引退には早いですし、騎士として少しでも辺境のお役に立ちたいと考えたんです。奥地の迷宮に派遣されることが決まりまして、こうしてご挨拶に……」
訓練場の担当でなくなったとしても若い騎士たちの手本となります……三人の教官たち、いや元教官たちは目を輝かせてそう言ったのだった。
なるほど。俺にわざわざ謝罪と報告に来てくれたのなら受け入れるべきなのかな。
騎士団内でどのようなやり取りがあったのかは知らないが、心を入れかえて自らを律してくれたのなら良いことなのだろう。
「そっか。奥地というと、どの迷宮?」
「山間部の岩石迷宮です。三人ともそちらに配属になりまして、明日に出立いたします」
「もしかして鉱山みたいな場所かな? 過酷な場所だと思うし、身体に気をつけて行ってきてね。また領都に帰還したら、元気な顔を見せてほしい」
半分くらい社交辞令だったけど、こんなものだろう。
「「「はい、ぜひに。ありがとうございます」」」
なのに彼らは、感激したように頷いた。
その純粋過ぎる反応に、いささか困惑する。
ええと、もしかして俺が捻くれているのかな?
素直じゃないって、よく言われるんだよね。
ちょっぴり複雑な心境になったんだよ。




