5)院長先生と薬師の話
読み終わった手紙を丁寧に封筒に戻し、薬師さんに返却する。
辺境伯爵から借りてきた書簡なので持ち主に返す必要があるという。
「……それで、あなたが代理人の薬師さんっていうわけだよね? 院長先生から頼まれたのだろうけれど、先生とはどういった関係なの?」
まず相手の情報っていうか身元を確認するのは常識だろう。
そう思って聞いてみたら、おやおやしっかり者すぎて子どもらしくない子だと苦笑される。
しょうがないじゃないかっ。俺だって好きでこんな可愛気のない性格に育ったわけじゃない。
村人たちとの付き合いで身についた危機管理能力というやつだ。
思わず膨れっ面になった俺の頭をポンポンと撫でながら、向かい側の彼が話し出す。
「さっきも名乗ったけれど、オレは薬の行商を営んでいるオルフェイン=ガイアスという者だよ。身元と言っても、旅から旅へと渡り歩く身の上だからしっかりした身元はないようなものさ。んんと、商売先ではそこそこ名前の通った薬師なんだけれど……あんまりこっちの方面には来ないから、君はオレのことを知らないよなぁ。うう~ん、ここの院長先生はオレの師匠様だったのだけど、思えば二十年以上は会っていなかったのでね。いやぁ……しばらく会わないうちに、こんな事になっているなんて驚いているんだよ……」
まさかこんなに早くに亡くなるなんて思ってなかったと、彼はしんみりと呟いた。
「マーサと名乗っていたオレの師匠は、大昔に治療師としてオレたち兄弟を育ててくれた人なんだ。調薬の基礎も師匠に習った。彼女とは種族が違ったけれど、じつの子どもみたいに面倒を見てもらったんだよ」
そういうわけだから、君とオレとは兄弟みたいなものさと彼は言う。
「えっと、種族? 調薬? 兄弟?」
次から次へと気になる単語が飛び出てくるので、全く理解が追いつかない。
「そう、種族が違ったのさ。彼女は人間族でオレたちは別な種族なのだけれど……秘密保持のために、俺たちは人間族のフリをして生きているんだ。とにかく、種族なんて関係なしに尊敬している親代りの大事な人だったんだよ」
「……っていうことは、あなたも孤児だったの?」
「いや。親はいたけれどロクデナシの頭カチカチ野郎だったから、兄弟で子供のときに家出して、それで遠縁の彼女を頼って面倒を見てもらったというわけさ。彼女は俺たち兄弟が人間族として生きていくための色々なことを教えてくれたんだよ」
「ふうん。じゃぁ、そのときは孤児院はしていなかったんだね?」
「ああ。当時の師匠はエルローゼ=ハヴェルと名乗っていて、辺境で小さな治療院を営んでいたんだ。それは腕利きの治療師だったよ」
「そっか。院長先生は治療師だったのか」
「ああ」
「でも、やっていることは孤児院みたいだね。子どもを拾って育てるなんて……やっぱり、先生らしいや」
「うん、そうだな。困った人を放っておけないお節介な性格は、若い頃からちっとも変わらなかったのかも知れないなぁ」
懐かしそうに薬師が微笑む。
でもな──と、彼が続けた。
「年をとった彼女が孤児院を経営していたのは、隠れ蓑でもあったんだよ」
「どういうこと?」
「辺境伯家のご子息を隠しながら育てるためだよ。木を隠すならば森の中ってね……子どもを、子どもたちの中に紛れ込ませておいたのさ。若かったなら拠点を移すのも逃走するのも簡単だけれど、高齢だった彼女は定住して隠蔽することを選択したのさ」
「でもさ、だって……そもそも、どうしてわざわざ子どもなんか拐ってこなきゃならなかったのかな?」
年をとってから犯罪を犯すなんて気が知れない。
そのために、他にも十数人の孤児を引き取って面倒を見るだなんて──一生を子育てに費やすことになる。
現に、院長先生は亡くなるまで孤児院の運営に奔走していたわけなのだ。
慈善事業じゃないのなら、いったい何がしたかったのか。
何らかの理由があるはずなのだ。
薬師オルフェインは、表情を固くして俺の問いに答えを用意する。
ここから話すことは絶対に誰にも言ってはならないと念を押された。
「わかったよ、だれにも話さないよ」
彼がものすごく真剣な表情で迫ってくるものだから……思わず素直に約束してしまった。
「悪意のある奴に知られたら、オレたちの故郷や辺境伯家が大変なことになるんだ。もちろん君だってただじゃ済まない。下手をしたら命が危険にさらされるか、それよりももっと酷いことになる」
真剣な表情でグイグイ両腕を掴まれて、思わずブンブンと首を何度も縦にふる。
あまりの迫力に、ちょっと怖かったのは内緒だ。
よくわからないが、大事そうな話らしい。