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56)辺境での日常に


◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇




 丘の上の朝は早い。


日の出とともに使用人たちが動き出し、各部屋の住人の支度を整えてゆく。


朝食を済ませた伯爵一家が各自の予定で出掛けたあとに、城内での細かな予定を打ち合わせて家令が各使用人に指示を出す。


指示を出す立場の家令だが、ただ一人だけ彼の方からお伺いを立てるように予定を尋ねる人物が居る。


第一執事のベルモンドだ。


老執事は家令の師匠でもあるので、頭が上がるわけがない。


家令は彼に一から仕事や貴族社会の常識を叩き込まれ、辺境ならではの処世術を教えられたのだ。


いまの家令があるのは、ベルモンドの教育の成果ゆえなのである。


家令だけでなく古参の使用人ならば、皆が彼に仕事を教わり一人前になったのだった。


引退して隠居生活を満喫していたはずが、かつて仕えるはずであった五男坊の帰還の知らせに、喜びと忠誠心を(たずさ)え舞い戻ってきた傑物(けつぶつ)……誰もが内心で老執事をそう呼んでいた。





 家令が城内の秩序を担うならば、執事は主人の事業や領地の運営を補助する役割がある。


第一執事(ベルモンド)は自らを引退済みの老いぼれと言い、足腰が達者なうちは五男坊の侍従に徹すると宣言している。


彼に言わせると、五男坊の世話を焼くのが老後の楽しみなのだとか。


そのため、あとを引き継いだ第二執事が繰り上がって辺境伯爵の正式な執事ということになっている。


「私は隠居の身なので、表向きのことは若い方におまかせしますぞ」


これが近ごろの老執事の口ぐせだ。





 打ち合わせと指示出しを済ませた家令がベルモンドに声をかける。


「本日の末若様のご予定は如何でしょう?」


「いつもどおりで変更はございませんな。午前は薬師殿と座学で昼食後は裏庭にて体力づくりの予定ですぞ」


「かしこまりました。昼食はいつもの時間に、夜は追加の灯りを用意いたしますか?」


「手数をかけますがお願いします。毎晩のように遅い時間まで書物や手習いに(いそ)しまれておられるので、そろそろ照明の魔石燃料が足りなくなるかと思われます」


「承知いたしました。では、そのように」


「配慮いただき感謝しますよ」


「いやいや、お安い御用です。他にも何かございましたら申し付けてくださいね」


「ははは、その時は遠慮なく。……ありがとう」


このやり取りも朝の見慣れた風景の一つになった。


城の誰もが一目置いている老執事と、十年ぶりに帰還した末っ子の五男坊。


この二人は、辺境伯爵家の使用人たちにとって(いたわ)りと親愛を寄せる対象となっている。


一人は年長の先達として(うやま)われ、もうひとりはよくぞ無事に帰ってくれたと(いつく)しまれた。


城の伯爵一家だけでなく、使用人や領民たちまで彼らをあたたかく見守っているのだった。





◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇












 俺に家族が居ると判明してから、早いもので半年が経っていた。


オルンさんは辺境に(とど)まって、俺の家庭教師役を務めてくれている。


薬に関すること以外にも、文字の綴方(つづりかた)から基礎計算など学ぶべきことは多岐にわたった。


本来の行商の仕事は辺境を拠点にしつつ近隣の村や町を回るように調整しているのだそうで、遠方は薬師の知り合いに依頼して代わりに回ってもらっているとのこと。


オルンさんが行商で不在なときの俺は、城の書庫で読書三昧に過ごすことが多かった。


仕事に差し障るような依頼を引き受けてもらっていることを申し訳ないと言えば、薬師さんはそんなことはないと首を振る。


「師匠から知らせをもらった時点で、数年は君の面倒を見るつもりだったから問題ないよ。これは君の院長先生、彼女の希望でもあるんだ。魔力循環の障害は思ったよりも改善されていたし、あとは知識と体力をつけてご家族と馴染めるように見守るだけさ」


「あとの仕事に支障がないのなら良いんだけどさ……。家族には良くしてもらっているけれど……おれとしてはオルンさんにずっと一緒に居てほしいくらいなんだよ」


「お、嬉しいことを言ってくれるねぇ。まぁ、基礎的な薬の知識はだいたい教えたし、その対価として薬草採取や選別や下準備なんかの手伝いをしてもらっている。もう少し君と一緒に居られるとは思うけれど、そろそろ実地訓練も必要かな。薬師の修行は奥深くて終わりがないけれど、年齢的に基礎以上の知識を教えるわけにはいかないんだよ。だから、あとは実践あるのみ」


「実地訓練? 実践、ですか?」


「そう。山林や迷宮、森などに薬の材料を採りに行ってみるのさ。あと、それを使って調薬したり、患者さんに処方したりを一通りね。うーん……でも、その前に危険から自分の身を守るためにも武術を身につけなくちゃだねぇ」


彼のそんな提案で、俺の体力づくりを兼ねた武術訓練が始まったのだった。







 田舎村では野山を駆け回り、ときには狩りまでこなしていたが……辺境の狩りとは勝手が違う。


弓矢や罠で獲物を仕留めた経験はあるけれど迷宮(ダンジョン)の魔法生物と対峙する機会はなかったし、山林で山菜や木の実を採ったことはあっても薬草と毒草の区別は自信がない。


オルンさんみたいに薬の原料を求めて危険な場所に立ち入ったりする機会もないし、どこにどんな材料があるのかさえ知らないんだよ。


最終目標として、俺は普通にそういったことを成し遂げられるようにならなければならないと申し渡された。


そのためには、知識とやる気の他に危険に立ち向かえる丈夫な身体と強い心が必要なのだそう。


「オレみたいに単独で迷宮(ダンジョンに)の魔物とやり合っても余裕で生き残れるようにならないとね」


「ええええー、狩りは主に罠を使っていたし……おれは木の棒と弓矢以外まともに武器を扱ったこともないのにさ。そんなの無理じゃないかな」


「ははは。今すぐにって言うわけじゃなくて、最終的にだよ。先ずは走り込みと素振りからだね〜。辺境騎士団の訓練場で混ぜてもらえばどうだろう? 一人でやるより(にぎ)やかで楽しいかもよ?」


「ぅえええー。おれが大人に混じっても邪魔になるだけだよぅ」


「そうかな。意外と歓迎されるかも知れないよ? ちょっと聞いてくるよ……」


颯爽(さっそう)と騎士団に問い合わせたらしいオルンさん。仕事が早い。


そして、ぜひとも明日から訓練いたしましょうとの返事をもぎ取ってきた。


丁重にお断りされるかと思っていたのに、意外にも歓迎されたようである。


なぜならば、フォルティス家の男子は騎士団とともに訓練するのが習わしだから。


成人済みだという四人の兄たちも、子ども時代に騎士団で()みくちゃに(きた)えてもらったらしかった。


どうやら俺も同じめにあうらしい。


気が進まないっていうか……ものすごく嫌だけど。


調べ物や読書は苦にならないどころか楽しめる。


体を動かすのも嫌いじゃない。


だがしかし、戦うとか勝負するとかには馴染めない。


馴染みたいとは思えないのだ。


田舎村では必要にかられて大人たちにも楯突(たてつ)いていたが、好きでやっていたわけじゃないし……狩りだって生活のためだった。


何より、自分がここの屈強な騎士たちと渡り合えるとは思えなかった。





 それとなく、何とか例外的に避けられないものかと騎士団候補生の教官とやらに相談してみた。


「辺境に生きる者としての習わしですからっ」


キリリと凛々しい教官殿は、そう(のたま)った。


「荒野と迷宮に対抗する第一の戦力は己の身体なんですよっ」


「はぁ……大自然と魔物の驚異に立ち向かえるようにしろってことですか。でも、剣なんて使えないし……おれには、ちょっと無理じゃないかな……不安しかないよ……」


「ハッハッハ、ご心配は無用です。貴方のことも、辺境の男として立派に鍛えて差し上げますともっ」


「だから、できれば遠慮したいんだって言ってるのにさ……」


ポソリとこぼれた俺の呟きは、ニッコリ笑顔と聞こえないふりで華麗に(かわ)された。


そんなこんなで、俺の日常に嫌々ながらも武術訓練が追加されたのだった。










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― 新着の感想 ―
[良い点] 「丘の上の朝は早い」 短いけど、情景が目に浮かぶ。 [気になる点] 本格的に始動するようで何より。
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