55)辺境の五男坊と老執事の思いがけない共通点?
辺境伯爵家で迎えるはじめての朝。
昨夜は大食堂で一族が揃っての夕食のあと、長旅で疲れているだろうからと早々に部屋に案内され就寝することになったのだった。
道中のどの宿屋にあった寝台もフカフカで寝心地が良かったが、我が部屋だと言われて案内されたこの場所には、更に大きく寝心地の良い寝台と静かで過ごしやすい環境が整えられていた。
執事さんがカーテンを開けてくれるまで、俺はフカフカの寝具に包まれて熟睡を堪能することに。
朝日の光を感知してうっすら開けた視界には、着替えの準備を持ったベルモンドさんが待機していて、ささお召し替えをなんて言うものだから慌てふためいた。
彼が言うには今日から正式に俺の専属侍従となったので、思う存分お世話いたしますってことらしい。
もちろん自分で着替えますからと辞退の意思表示をしたんだよ。
「ご兄弟は皆さま従者に身の回りの世話を任せておられますのに……ですから、ぜひとも私にもお任せいただきたいのでございますが……」
「いやいや、申し訳ないんだけど普段の着替えは自分でやらせてほしいんだよ。こういうのは慣れなくってさ……礼服とか正装っていうの? ああいう難しいやつは着方もわからなくって無理そうだからお願いしたいけど」
「さようでございますか。……仕方がありませんね、ではそのように。身支度を整えられましたら朝食ですので、食堂にご案内いたしますね」
「はい。すぐに着替えますから、ちょっと待っててくださいね」
「……かしこまりました」
王都のタウンハウスで滞在していた客間もそうだったけれど、自室として案内された場所は寝室と応接セットが置いてある居間との続き部屋である。
自分一人でこんなに広い場所は必要ないんだけどね。
寝台とちょっとした読み書きができる小机がある手狭な部屋で十分なんだと言えば、部屋は有り余るほど沢山あるので遠慮はいらないと苦笑いをされた。
今まで男女別に別れて雑魚寝に近い状態だったので、自分の部屋なんてなかったわけで。
「なんか落ち着かないなぁ……」
「ははは。そのうち慣れますよ」
「そうかなぁ。狭いほうが落ち着くような気がするんだよ、おれは」
「お子さま方の部屋は、あれでも小さめなんですよ? 旦那様や大旦那様は寝室の他に書斎やコレクションルームなどもお持ちですし」
「えええ。もしかして、何かやるごとに一々部屋を移ってるの? 面倒じゃないのかな?」
「いやいや、さすがに仕事をする場所と寝る場所は分けておきませんと」
「うーん……まぁ、そうかもね……院長先生の部屋は寝台のところに衝立てを置いて目隠ししていたから、仕事の場所と区別していたのかも知れないな……」
「ええ、きっと区別なさっておいでだったのでしょうね。ですから普段お過ごしになる居間と寝室は別になっているのでございますよ」
ベルモンドさんと二人で、そんな話をしながら通路を進み階段を降りた。
一階の大食堂は家族全員が揃うときに使われる。
朝は揃って食べるわけではないようで、別の小さな食堂に案内された。
聞けば、食堂だけでも大中小と三つもあるっていうんだから驚きだよ。
小さい食堂とは言っても、十人くらいで使うようなテーブルが置いてある。
使用人さんたちが末若様おはようございますとにこやかに挨拶をしてくれるのに、おはようございますと返事を返して、老執事さんが椅子を引いてくれた席についた。
向かい側の席に居たのは妹のユリアナで、彼女の背後ではファルンさんが軽く会釈をしてくれる。
「お兄様、おはようございます」
「おはよう、ユリアナ。えっと、他の人たちは?」
母さんや四人の兄たちは既に朝食を済ませて仕事や学業に。
義父さんとお祖父様は領の経営について家臣たちと会議をしているとのことだった。
「それじゃあ、オルンさんは?」
「薬師殿はまだぐっすりとお休み中のようでしたよ。……きっと長旅でお疲れだったのでしょう」
これにはベルモンドさんが背後から説明してくれた話に納得した。
でもね、長旅は関係なく、オルンさんは夜ふかしで朝寝坊なんだよ。
「ささ、スープが温かいうちに召し上がれ」
手際よく給仕されて、ちょっと色々と戸惑いながらも美味しい朝ごはんを堪能する。
ふわふわの白パンにサラダ。
根菜と茸を野牛の乳で煮込んだという具だくさんなスープは熱々だった。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「若、男子たるもの腹拵えが基本ですぞ。腹が減っては戦はできぬと、どこぞの賢者も書物に記しておるようですし。もう少しだけ召し上がっては? スープの追加は如何ですかな?」
食卓に用意されたものを何とか完食して席を立とうとすれば、老執事に窘められる。
王都で大きな男に成長するんだと決意を固めた俺だったが、あれから一週間ほどの日にちがたったばかりだ。
いきなり食べられる量が増えるはずもなく、したがって体格が劇的に変わるはずもなく、依然として年頃よりは小柄なままである。
孤児院に居たときよりも贅沢な食事事情に恵まれて、なりゆき自分ではかなり沢山食べているつもりなのだが……むしろ贅沢をしすぎるのは如何なものかとさえ思っているのだが、周囲からはもっと食べろと言われることが日常に。
「いや、賢者の冊子には腹八分目とも書かれていたよ? あと、過ぎたるは及ばざるが如し……だっけ? これ以上食べ過ぎると腹拵えどころか気分が悪くなるかも知れないし、今朝はこのくらいでやめておくよ」
「さようでございますか。……それにしても、若も諺に詳しいとは意外です。私は友人のすすめで定期的に取り寄せて読んでいたのですが、近ごろは続刊が中々出ないんですよ。発行停止などという噂も聞きますが、賢者様もお忙しいのかも知れませんな」
「えっ、ベルモンドさんも読んでるのアレ。おれは、たまたま院長先生の部屋にあったやつを暇つぶしに読んでいるうちに中身を覚えちゃっただけなんだよ。そっか、それじゃあ新しい冊子は出ていないんだね」
「残念ながら」
「そっか。本や冊子も高価なものだから気軽に買うっていうわけにもいかなくて、続きがあるならばいつか読みたいって思ってたんだ。そもそも新しいのが出回っていないんじゃ諦めるしかないのかな……面白い読み物なんだけどなぁ」
「たしかに。仕方がないので手持ちの冊子を読み返して楽しんでおりますよ」
「そうだね、そうするしかないもんね……」
「賢者様が続きを書いてくださるのを気長に待つしかないですね」
「うん……偉い人なんだよね、賢者って。きっと色々と用事があるんだろうなぁ。おれが大人になって自分で本を買えるようになるまでには続きを書いてくれると良いのだけれど」
「そうでございますね……」
お互いに意外な共通点が明らかになり、嬉しくも残念な心持ちで食堂をあとにした。
ユリアナも食事を終えたらしく、城内を案内してくれると張り切っている。
「それではお兄様、後ほどお部屋に迎えに行きますわね」
辺境での生活は、先ず自分の家であるこの場所に慣れることからになりそうだ。




