51)辺境伯領と迷宮
生まれ育った田舎の村から王都までは一週間ちょっとの旅程だった。
そして、王都から辺境伯領までの道のりも一週間と数日。
執事のベルモンドさんに地図を見せてもらったのだけれど、俺とオルンさんは王国の国土を西の端から東の果てまで横断したということらしい。
あの小さな村から一歩も出たことがなかった世間知らずが、ずいぶんと遠くまで来てしまったなぁ。
ボンヤリと車窓を眺める。
窓の外は、どこまでも枯れ草色が広がっていた。
色どころか枯れ草そのものなんだけど。
青い空と枯れた草原。
辺境への旅で最初に出会った変化がこの二つなのだった。
執事のベルモントさん曰く、無駄に広い領地と迷宮が辺境の名物なのだとか。
王都近郊から離れるにつれ賑やかな街道がしだいに寂れていったことに気がついてはいたけれど。
田舎に沢山あった森や林などは見当たらず、地の果てまでも閑散とした風景が続いていたのには正直言って驚いた。
山や森に沈む夕日は何度も見たが、地平線の彼方に隠れてゆくのは初めてだったんだ。
今は乾季と呼ばれる季節で枯れ草が広がっているが、芽吹きの時期を過ぎれば一面が見事な新緑の絨毯になるという。
まぁ、どちらにしても土地と空しかないのでございますけれどもね……これもベルモントさんの言葉だ。
何もない、────辺境とはじつに辺鄙な場所なのだった。
そして出くわしたのが目の前の古城跡。
『旧ルミエール城跡迷宮』
馬車の車窓から見たそれは、白い石造りの無骨な外観を枯れ草色の中に悠々と横たえている。
正面の入り口辺りに特徴的な柱や装飾アーチが配されていて、聞けば数百年も昔の貴族が所有していた小規模城砦だったのだとか。
二階建ての建物と砦を兼ねた城壁とで構成された建造物は、王都の城門ほどではないものの中々に大きくて存在感がある。
辺境伯領の手前にあるこの場所は、現在は王国が管理している要警戒迷宮の一つなのだそうで、……ときには辺境伯領にも国から正式に攻略の協力依頼が出されるのだとか。
一般に魔物と略して呼ばれている魔法生物たちは、数が増えすぎると凶暴化や強力な個体の出現などと厄介事になりやすいらしい。
なんでも、常に内部に発生する沢山の魔法生物たちを間引きしておかないと、外に溢れ出てきちゃうらしいのだ。
そういった非常事態は、迷宮崩壊とか魔物暴走などと称される。
この古城跡迷宮でも災害級の大惨事が起こらないように事前に予防するため、厳重に監視・管理体制がしかれているということだった。
「まぁ、この迷宮は難易度がそれほど高くないからね。ただ、湧き出てくる魔法生物が厄介なわりには討伐報酬が少なくてねぇ……魔物討伐の依頼を受ける冒険者たちには人気がないんだ。それで仕方なく王国の騎士団が持ち回りの当番制で内部の魔物を間引きして、災害対策をしているんだよ」
薬師のくせに素材採取で迷宮にまで出入りしていると豪語するオルンさんが、子どもの俺にもわかりやすく解説してくれる。
「オレも魔石目当てで、ココには何度か入った事があるんだけどさ……魔法生物の真っ黒いファントムたちが集団攻撃を仕掛けてくるんだよ。手強い割には小さな魔石しか獲れなくて、ちょっとガッカリした覚えがあるなぁ」
「ファントムって?」
「ああ、ファントムていうのは魔法生物の一種で通常は実体のない黒い靄みたいなのなんだけど……靄状態のときは、こちらからの物理攻撃はすり抜けちゃって無効なんだ。そいつが攻撃するときにだけ実体化して真っ黒な硬い塊に変化して、それで全速力で体当たりをしてくるから厄介でね。奴らはじつに面倒くさい獲物なんだよ〜」
「ふぅーん、不思議な魔物だね。そいつはオルンさんでも手こずる厄介者なんだね」
「なにせ数が多いからねぇ。あまりにも沢山居たもんだから王国騎士団がちゃんと仕事をしているのかって、つい疑がっちゃったよ〜」
オルンさんと俺の会話に、お祖父様が口を挟む。
「ううむ。この迷宮の件ならば、時々は儂のところにも報告が上がってくるが……報告書によれば、実体を現した一瞬で攻撃を当てるのは至難の業らしい。我が国の騎士たちも日々頑張ってはいるようだが、成果は思わしくないな。いっそのこと強力な浄化の魔術を大規模展開でもできれば一気に片がつくんだが……そんな魔法技術が存在するなら苦労はせんわい」
「浄化って、汚れをキレイにするんですよね。えっと、それって魔物がダンジョンの中を汚すからキレイに掃除したいってことですか? それならば騎士団よりも掃除夫さんを雇った
ほうが良いんじゃないのかな」
つい、お祖父様の浄化ってう言葉に反応を返す。
「いやいや。この場合の浄化っていうのはな、たんに清潔にするだけじゃなくてだね……うぅーん、澱みや穢れをキレイにだな……」
お祖父様の話を聞くに、よくわからないけど掃除じゃ駄目ってことだろうな。
澱みってなんだろう。
穢れって、汚れとどうちがうんだろう。
ゴシゴシ擦ったり拭いただけじゃキレイにならないみたいだな。
俺とお祖父様の会話を聞いて、オルンさんがお腹を抱えて笑いだした。
そんなに愉快そうにされると、ちょっと腹立たしいんだよ。
だってさ、浄化と聞いて掃除だと考えたのには俺なりにワケがあるんだってば。
数年前に、村外れに住んでた牛飼いのオッサンが嫁さんに愛想尽かされてやさぐれちゃってさ、荒れ放題の家と牛舎が放置された出来事を思い出したんだ。
そのとき村長が掃除夫として俺と舎弟たち三人と数人の村人を派遣したんだけど、めちゃくちゃ安い賃金だったなぁ。半分は奉仕作業みたいなものだった。
家の中は埃まみれで、オッサンの食べ散らかしや溜め込んでた洗濯物でヒドイ有り様だったし、牛舎の牛たちは満足に餌も貰えず痩せちゃってて糞尿まみれで可哀想なことになっていたんだよ。
派遣仲間の村人のオバチャンが、まったく爛れた生活してからにしょうもないって、プリプリ小言を言っていた。
牛舎のカビが生えた敷き藁や悪臭が染み付いた牛たちを見て、こんな場所を子どもたちに掃除させる村長も村長だと憤ってくれたっけ。
うん、アイツは常に屑村長だったから今更だったんだけどもね。
そのときに、消毒しなくっちゃ駄目だとか浄化が必要よとか大騒ぎだったんだよ。
もちろん、その場には魔術なんて使える人は居なかったから、全部が手作業で大変だった。
水で洗い流したり、なんか知らない草を燃やした灰を消毒剤として撒いてみたり、牛が病気にならないように餌に薬草を混ぜて食べさせたりしたんだよね。
それを思い出して、カビだらけ魔物の糞尿まみれな迷宮内部を想像しちゃったわけなんだと説明すれば、オルンさんもお祖父様も迷宮内はそんな風にはならないよって声を揃えて言ってきたんだよ。
ファントムは実体が靄なのだから排泄物は出さないらしい。
もし出したとしても、迷宮内では状態保存の法則性っていう不思議現象が働いていて、そういったものは迷宮の資源として吸収されちゃうらしいんだって。
ゴミとか忘れ物なんかも、一定の時間放置しておくと何時の間にか消失してしまうのだとか。
魔物や迷宮内で亡くなった人の死体なんかも。
ヤダ、何ソレ。
清潔で便利だけど怖いじゃないか。
万が一死んじゃって放置されたら、迷宮に取り込まれて影も形もなくなるなんて。
それにさ……財布とか弁当とか、大事なものを置き忘れたら……後悔してもしきれない。
とにかく迷宮は恐ろしいってことと、忘れ物は厳禁ってことを俺は心に刻んだのだった。
ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございます。
ちょうど書き貯め文書が底をついたので、このあとは少しの間お休みをいただきたいと思います(^^ゞ
8月中はオバチャン家業が忙しくなるので、9月再開辺りを目標にチマチマ書き進めていきたいです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします(_ _)♪




