50)王様家業は大変そうだから全然興味ないですよ?
名付け親であり先代辺境伯爵でもあるお祖父様が仰った。
「とにかく、赤子の双子たちは何方も可愛い女の子にしか見えなかったんだよ。……いっそのこと、本当にお前が女の子だったら何の問題もなかったのだがなぁ」
「えっ。俺が男だと、何か問題があるのですか?」
名前と実際の性別がちがうと罰せられるとか……辺境には、そんな掟でもあるのだろうかと心配になる。
それならば、何が何でも改名したい。
「いやな、男子であるお前には、王位継承権がついてくるんだよ。末の第八王女の子息で継承順位は二十四位と下の方だが、それでも王家に連なる男子として扱われる。望まぬ争いごとに巻き込まれぬように細心の注意が必要なんだよ。我が国では、女の子として生まれた王女が女王として王位につくことは王国の法により定められておらんのだ。今後はわからんが、今までに王国を女王が治めたことはない。王族から生まれた男子にのみ、国王となる資格が認められておるのだよ。…………だがな、お前は王家の子どもではなく辺境の子だ。誰に何と言われようとも、お前はうちの子なんだからな。忘れるんじゃないぞ? 確りと覚えておくように」
お祖父様の“うちの子”発言に嬉しくなって、目が潤む。
ちょっとだけ実感できたんだ。
ああ、俺に家族が……家ができたんだって思えたんだよ。
うっかり泣かないようにと、つい話をそらしてしまう。
「何やらとても面倒くさそうですね。そんな権利に興味はないので対象から外していただきたいのですが……」
お祖父様も俺のそんな素振りには触れずに、そらした話題に答えてくれる。
「うむ、そうだな。継承権を放棄すると意思表明をしておくのも、ひとつの術ではあるのだが……いざ、王位争いなどという不測の事態になれば、あまり効力はないかもしれぬ。過去の歴史を紐解けば、本人の意志とは無関係に貴族の奴らが事を大げさにかき混ぜて巻き込み、担ぎ上げたのだ……そして多くの権力に興味のない王族たちが儚くなった。大体の貴族が王族のためと語るが、国益ではなく己の利益を追求しておるからして、人の欲望とは始末に負えんな」
「……貴族って、怖いんですね。誰が何を考えているのかなんて、わからないからよけいに怖いです」
「油断は禁物だが、儂らは腹の探り合いには慣れておる。貴族なんぞ、それが仕事みたいなものだからなぁ。お前の場合は、今更そういう技術を習得するのは難しいのかもしれないが。うーむ……もしかしたら、却って玉座の上で胡座をかく方が気楽かもしれないぞ?」
「うぇぇ……それは嫌だなぁ。豪勢な場所に座って威張っているように見えたけれど、王様ってそれだけじゃなさそうだもの。威張るためにはそれだけ尊敬されてるってことだろうから……体裁をたもつために、きっと色々と画策しているんだよ。だってさ、俺の育った田舎村の村長は、めちゃめちゃ威張り散らしていたんだけど……そのためには威厳が必要で、だから大きな家や立派な家財道具や大勢の使用人が要るんだっていってたもん。それをたもつためには金が幾らあっても足りないって、賄賂やら脱税やらなりふり構わずにやってたよ。小さな村の村長ですらそんな感じだったのだから、一国の王様だったらもっと大変なんじゃないのかな……」
「おいおい何だ、そのさり気ない不正やら贈収賄の告発話は。しかし、いったい……どんな酷い場所で育ったのだ、お前は……」
いくら田舎でも酷すぎると、お祖父様は言う。
「どんな田舎の極小な村であっても、“長”と名乗るならば不正行為など言語道断。オルン殿、あとで詳しい話を聞かせてもらいたい。儂が宰相職にあるうちは、そのような悪事が蔓延っておると知ったならば放置するわけにはいかんのだ。関係者全員を洗いざらい摘発し処罰しなくてはならん。他の者に示しがつかないからな」
王都から離れれば離れるほどに役人の不正が増えるのは仕方がないと、水車番の爺ちゃんが言っていた。
村人たちはそんな風に考えて、諦めていたんだよ。
いくら王国中央の有能な宰相閣下だって、国境近くの見向きもされないような寂れた村の内政までは把握しきれないさ。
そんなことは俺だってわかっているつもりだよ。
それでもお祖父様の言葉は嬉しかったんだ。
村長たちはアレだけど、村の人たちには世話になっていたんだもの。
親切に色々と教えてもらったり助けてもらった人たちが少しでも楽な暮らしができるようになるのなら、俺としてもありがたい。
そんなことを考えていたら、オルンさんが気まずそうに返事をしたんだ。
「いや、えっと……たぶん村は一時的に閉鎖でしょうねぇ。あまりにも胸糞が悪かったもので、ちょっとした悪戯を仕掛けましてね、当分の間は村に住み続けるどころか近づけないかと思いますよ」
「ほほぅ、……ずいぶんと面白そうな話じゃないか。詳しく聞かせてくれ給え」
「はい、実はですね……カクカクシカジカこういうわけでして……。で、おそらく今後は、こんな見通しなのですよ…………」
「ほぅほぅ……魔蔦とな? そんな危険な植物は聞いたことがない。それで、数年後にはちゃんと繁殖がおさまるのだろうね? 放置しても問題ないと?」
「はい。希少なものなので入手方法は明かせませんが、食用にも薬用にも使われる魔法生物ですよ。まぁ、無理に駆除しようとすれば多少の怪我人くらいは出てしまうかもしれませんが……ちょっかいを出さなければ滅多に攻撃的にならない植物ですから、ご安心を」
大人二人が仲良く田舎村の顛末などを話し合うのを聞きながら、ユリアナが呆れたように呟いた。
「まぁ。薬師様とお兄様ったら、なんて楽しそうなことをなさっていたの。今度悪戯をするときには、私も混ぜていただきたいですわ。……それと、お兄様がお育ちになった場所を、一度見に行ってみたいです」
「……お嬢様、お転婆もほどほどになさってくださいまし」
それを聞き咎めたファルンさんにピシャリと制止され、彼女は口を尖らせるのだった。
どうやら我が妹は、好奇心が旺盛で行動派なタイプらしい。
今すぐに行こうとでも言いそうに目を輝かせるユリアナに、俺は改めて現状を説明する。
「孤児院はすっかり緑の蔦に囲まれてしまったんだ。だから、出入りはおろか近づくこともできないと思う。じきに村全体が同じように魔蔦に飲み込まれるらしいから、しばらくは無理かな。田舎村は遠いし、見物できるような目立つものもないし、行っても面白味はないと思う」
「ええ、心配はいりませんわ。私、これでも辺境育ちですのよ。辺境も田舎も似たようなもの。何にもないことには慣れております。きっと、王都の西側か東側かくらいの差しかございませんわ」
そう言って諦めない彼女。
なかなか手強いな。
ファルンさんも加勢してくれる。
「お嬢様……辺境とお坊ちゃまの育った村とでは、王国の端と端どうしでございます。気軽に遊びに行くような距離ではございませんよ」
お祖父様も。
「うむ。ユリアナよ、今は家族全員で領地に帰らねばならん。お前の兄に、少しでも早く生まれ故郷を見せてやろうじゃないか」
その言葉に、大きく肯いてくれたユリアナ。
うん。ちょっとお転婆みたいだけれど、きっと素直な良い子なんだよな。




