49)古の女王陛下と烏……じゃなくて異界の女神って何さ!?
辺境伯爵家のタウンハウスには三日間滞在した。
四日目の朝早く、辺境伯爵一家全員が領地へ向けて旅立つことに。
両親と四人の兄たちと俺たち双子に薬師のオルンさん、それから老執事のベルモンドさんに侍従さんと侍女さんたちの集団と……何だかんだで大型馬車八台の大所帯。
あっ、それから宰相閣下も休暇をもぎ取って同行することになったんだ。
俺とオルンさん、ユリアナとファルンさん、それから宰相閣下が何故か一緒の馬車に乗り込んだ。
宰相補佐官っていう眼鏡のおじさんが強引に一緒に乗ろうとしたんだけれど、孫たちと水入らずで過ごしたいからと乗車拒否されていた。
お供をするのも私の役目なのにって途方に暮れてしょげていたが、侍従さんたちに後ろの馬車に連れて行かれたみたいだ。
上司の休暇にまで同行しなくちゃならないなんて、補佐官さんのお役目って大変なんだなって言ったら、宰相閣下はため息をついて儂の方が大変なんだがなとボヤいた。
「せっかく家族と過ごそうと休暇を取ったというのに、あの仕事中毒のクソ真面目に付きまとわれちゃ敵わんよ。休み中くらいは仕事から開放されたいものだ」
それを聞いたオルンさんが、ウンウンと頷く。
「本来ならば、上司が不在でも恙無く現場を回すのが補佐の役割でしょうに」
「そろそろ儂も引退を考えとるというのに、一番の右腕がいつまでも金魚のフンでは困るんだがなぁ」
「宰相閣下と補佐官殿が抜けてしまって、職場である王城の方は大丈夫なんですか?」
「ああ、問題ないさ。一番の右腕……とは言っても、表向きの話だ。補佐官は奴だけじゃないからな。あとを任せられる奴らがちゃんと仕事を回しておるよ」
「あの補佐官殿は見込みがないと?」
「いや、そこまでは言わん。だが、今後も変わりがなければわからんな……」
「なるほど……」
二人の会話を聞きながら、大人って大変そうだなぁってボンヤリと考えていた俺だった。
いよいよ前の馬車が動き出したなって見ていたら、やがて自分たちの馬車もその後を追うように動き出した。
そっと窓の外を覗いたら、タウンハウスの屋敷前では留守役の使用人たちが手を振って見送ってくれていたのだった。
彼らから自分が見えているかは不明だが、俺も小さく手を振り返しておいた。
車内では、いつの間にかオルンさんと侍女のファルンさんが昼ごはんの弁当は何が入っているかという話題で盛り上がっていた。
ファルンさんが知り合いの料理人さんにサンドイッチをリクエストしたと言っていて、オルンさんもそれは楽しみだと同意している。
他にもサラダやデザートの焼き菓子の情報まで仕入れている彼女は、使用人の仲間内ではけっこう顔が広いのかも知れない。
いや、単に食い意地が張ってるだけかもだけど。
もう一方では、宰相閣下であるお祖父様と双子の妹が何やら真剣な表情で話し込んでいる。
「お祖父様、前々からお尋ねしたかったのですけれども……」
「おや、ユリアナが改まって何の質問だね?」
「えっと、お母様から聞いてはいたのですが……私達の名前をつけてくださったのがお祖父様というのは本当ですの?」
「ああ、名前のことかね? ……そう、君たち双子の名前をつけたのは儂だ。辺境伯爵家の子どもになるなら祖父であり先代当主でもある儂に是非とも名付け親になって欲しいと、そんなふうに君たちの母上に頼まれてな……これは是非とも良い名前を考えねばならぬと、あのときは赤子が生まれる何ヶ月も前から悩みに悩んでおったなぁ」
「そんなに真剣に考えてくださっていたのですか。そうすると、私とお兄様の名前には何かの由来があるのですか?」
「ん? ……ああ、儂も自力で色々と考えたんだが、これといった良い名前が浮かばなくてな。伝説や英雄譚やら古代の賢者が記した文献やらを、片っ端から漁ったんだよ……」
「まぁ、そうでしたの?」
「うむ」
お祖父様が広い額を撫でながら、当時は禿げるほど調べたり考えたりしたのだと懐かしそうに語るのを、自分も関係者だとばかりに聞き耳を立てた。
「……それで、“ユリアナ”は古に栄えた古王国の賢き女王陛下から、“アイシス”は異界渡りの賢者が書いた物語に出てくる豊穣の女神から、それぞれ手がかりをもらってつけた名前なんだよ」
「まあ、素敵……」
「うむ……そうかの?」
「ええ。嬉しいですわ」
ユリアナは目を輝かせて感激している。
彼女の様子に、お祖父様もまんざらでもなさそうにしている。
でも、……でもね、ちょっと待ってほしいんだ。
「……あの、あのっ……、どうして、どっちも女の子の名前なの??」
思わず、吃りながらも会話に割り込んでしまった俺だった。
だって、大事なことだもの。
前から疑問に思っていたんだよ。
いきなり声を上げた俺。
車内の注目を集めてしまう。
「……だって、おれ。……えっと、……男なのに・・・?」
自分の不満な思いを上手く言えなくて言葉尻をゴニョゴニョ濁し、しまいには尻窄みどころか、上目遣いで疑問形だ。
それでも何とか、言いたいことは伝わったらしい。
お祖父様は、少しきまりが悪そうに苦笑した。
「ああ、そうだな。お前は男の子なのだったよな……」
「……はい」
「いや、……なぁ。生まれたばかりの赤ん坊たちが、あまりにも可愛らしくてなぁ……てっきり二人とも女児だと思ったんだよ。あとになって片方が男児だと説明されても信じられんくらいに二人ともが美人だったものだから、そんな筈はないと言い張って引っ込みがつかなくなってな。一度つけた名前のままに変更を拒み続けていたんだが……まもなくお前は連れ去られてしまって、結局はそのままになっておるのだ」
「…………」
「うぅむ。……申し訳ないが、十年経ってしまっては変更するにも無理だろうから、諦めてもらうより仕方ないな」
すまんな、我慢しておくれとガシガシ頭を撫でられる。
「でもな……たとえ男児であったとしても、名前負けしておらんと思うぞ? 儂としては、渾身の名付けだったのと思うのだがなぁ……」
お祖父様は自分の非を認めるどころか、俺に似合いの名前だとすら思っているらしい。
「…………」
これはもう、諦めるより仕方ない……ホントに。
異界の女神の名前と勝負して負けてないって、何なのさ。
論点が違っているし、たとえ勝っても、ちっとも嬉しくないんだよ。




