48)赤ちゃんはどうやってやって来るのか……という話??
「 ────私ね、お母様のお腹に居たときのことを少しだけ覚えているの。
それでね、赤ちゃんはね、猫ちゃんが運んできてくれるのよ──── 」
茶会の出端から、いきなり爆弾発言を投入してきたユリアナ嬢。
あの、……ちょっと問いたいんだが、兄妹で初めてじっくり会話する話題がそれってどうなんだ。
「ぇえ!? 何それ」
俺は間抜けな応答を返すのみ。
「そういえば……お嬢様は、お小さい頃からそんな話をなさっておいででしたねぇ。詳しい内容は聞かせていただいたことがありませんでしたけれど……それって、生まれる前のことっていうワケですよね?」
侍女のファルンさんが、またですかとでも言うように呆れ混じりに聞き返すと、ユリアナは大きく肯いた。
「もちろんそうよ。はじめはね……私は、お母様のお腹の中で一人プカプカ浮かんでいたのよ」
そして続く話は、まさかの一人っ子だった宣言だった。
ぇえ!? マジで何それ。
間髪入れずにファルンさんの突っ込みが入る。
ついでに俺も入れる。
「おや? それでは兄上様とは本当のご兄妹ではなかったということでございますか?」
これはファルンさんの反応。
「もしかして、俺はあとからお腹の中に来るのかな? 君のほうが先に母上のお腹に居たのならば、俺は兄じゃなくって弟になるんじゃないの?」
こっちは俺。
リリアナは、俺たちの反応に対して不服そうに両頬をプクッと膨らませた。
「ううん、そんなわけないじゃない。もうっ、二人とも慌てん坊ねぇ。私達は一緒にお母様から生まれたの。お兄様が先に生まれたことも双子であることも、証人がいるから間違いないのよ。でもね、この話には重大な続きがあるのだから、私はそこをちゃんと聞いてほしいのだけどよろしいかしら?」
「はいはい、かしこまりました」
「……うん、わかったよ」
どうやらご立腹らしいお嬢様のご機嫌を取るべく、二人揃って素直に了承することに。
話の腰を折られるのは、たしかに良い気持ちではないものね。
そして彼女の話は続く。
「それでね、お母様のお腹の中はフワフワで暖かくて、とっても気持ちが良かったの」
リリアナの話の続きをウンウンと頷きながら、ファルンさんと二人で聞く。
ちゃんと聞いてますよっていうアピールも、お茶会における紳士の嗜みなのである。
ついでに言うと侍女さんのお仕事の一環でもあるようだ。
「ウトウトとお昼寝をしていたら、キラキラお目々の猫ちゃんがやって来てね、私のところにお兄さんを連れてきてくれたって言ったのよ」
「あら、まぁ……いきなり奥様のお腹の中に、でございますか?」
「へぇ〜……」
俺よりは聞き上手な侍女さんが、それで? それからどうなったのでしょう? とかって話の続きを促してくれる。
「それでね……猫ちゃんが、不思議な魔法でお兄様をお腹の中にポンって出してくれたのよ……すごいでしょ!!」
「あら、まぁ」
「ほぇ〜」
おとぎ話や夢物語のような突拍子もない話だったので、俺もファルンさんもどういった反応をしたら良いのやら困ってしまった。
「う〜ん。残念ながら、俺には生まれる前どころか生まれたあとの記憶もないなぁ。孤児院の院長先生が、ずっと前に絵本を読んでくれたんだけど、その本には大きな鳥が運んで来るって書いてあったよ」
「ああ、その絵本なら知ってますよ。私も幼少の頃に読みました。親切で仲の良い夫婦のところに鳥たちが赤ちゃんを配達する話ですよね。忙しい鳥たちが配達先を間違えそうになったりして、子ども心にハラハラしながら読んだものです」
「そうそう、それ。タイトルを忘れちゃったけれど、孤児仲間では人気の話だったんだよ。院長先生の本棚からは何時の間にかなくなってて残念だったなぁ」
「たしか『コゥノートリの配達便』だったかと。懐かしいですねぇ」
「そうそう、それそれ。うん、そんな題名だった」
二人で懐かしんでいると、お嬢様から反論が。
「……ちがうもんっ。赤ちゃんを配達するのは、鳥さんじゃなくって猫ちゃんだもんっ」
先程よりも更にほっぺを膨らませるユリアナ。
だって、私ホントに猫ちゃんに会ったんだもんと、またしてもご立腹である。
これは……もしかしたら、赤ちゃんのユリアナが見ていた夢の話なのかも知れないな。
彼女自身が生まれる前に見ていたらしい夢を、十歳になった今でも覚えているってスゴイとは思うけど。
それよりも、それによると俺ってニャンコの魔法で出現したらしいんだよ。
うん。……スゴイ発想力だな、我が妹よ。
彼女は頑としてホントだもんっ夢じゃないってばと主張していたが、兄と侍女はハイハイそうなんだねって温かい目で見守ることにしたのだった。
ここで対立しても水掛け論だろうし、俺はニャンコにも鳥にも会ったことがないし。
真実は謎に包まれたままなのだから。
それならばリリアナの話にも説得力があるわけで。
何より夢があって良いじゃないかと思うのだ。
彼女の言う猫ちゃんは、濃い灰色と純白の毛並みを纏い月のように輝く瞳の、とても綺麗な猫だったらしい。
全身が濃灰で、胸元と足先と尻尾の先が輝くような白だったそうな。
リリアナが気がついたときには猫は消えていて、赤ん坊の俺だけが残されていたのだとか。
「猫ちゃんに、ふたりで仲良くねって言われたの。だから、私たちずっとお腹の中で仲良しだったのに。それなのに、お兄様はどこかに居なくなっちゃって、私だってとってもさみしかったのよ……」
そっか。君にはさみしい思いをさせてしまっていたんだね。
俺は、つい最近まで自分に妹がいるなんて知らなかったし、孤児仲間が兄弟代わりで賑やかだったものだから……そんな気持ちも知らずにいたんだ。
「お母様だって、いつもさみしそうだったの。お父様もお兄様たちも皆がお兄様を探して、待っていたのよ……」
うん。オルンさんから聞いてはいたけれど、ちゃんとわかっていなかった。
ああ。俺は、この子にこんな悲しそうな顔をさせてしまっていたんだね。
「……だからね、もう何処にもいかないで? ずっと私と仲良しでいてほしいの」
上目遣いで泣きそうな瞳を揺らす彼女に、返す答えは他にない。
俺はリリアナの栗色の髪をそっと撫でた。
「……うん」
ポロリと零れた滴を、俺の指先がすくい取る。
「もちろんさ。誰よりも仲良くしよう。正直に言うとまだ実感がわかないんだけれど、でもね、……君と会えて、家族と会えて良かったよ」
「……えぇ、私も。会えて良かったわ」
ずびっ……っと鼻をすする物音に、二人で顔を見合わせた。
ふと見れば、侍女さんが白いハンカチを口元に当ててえぐえぐと号泣している。
「ゔぁ〜ん……よゔございまじだっ。ぼんどでぃよゔございまじだっ」
普段は真面目ですまし顔だろう侍女さんの思いがけない豹変に、呆気にとられ────再びユリアナと顔を見合わせて、そしてブホッと吹き出した。
それは、辛気臭くなってしまったお茶会に笑顔が戻った瞬間だった。




