47)ちょっと休憩なハズだったのに
心地よい風を感じて目が覚めた。
辺りを見回すと見慣れない部屋。
半開きになった窓の外はすっかり夕暮れである。
フカフカなソファの居心地が良すぎて、不覚にもウトウトどころかグッスリと眠り込んでいた。
身体には、いつの間にか軽い毛布のような布が掛けられていて、おかげで快適な昼寝時間を過ごせたようだ。
どんな場所でもたいがいはよく眠れるし風邪を引くことも滅多にないが、お屋敷の使用人さんの心遣いが嬉しいな。
ボンヤリと隣の部屋に居るはずのオルンさんに会いに行こうかと考えていると、静かに扉を叩く音がした。
「……失礼いたします。窓の戸締まりに参りました……」
「はい。……どうぞ」
入室の許可を返すと、濃紺色のワンピースドレスに真っ白なフリルエプロン姿の女の子が遠慮がちに入ってきた。
「申し訳ございません。起こしてしまいましたか」
「ううん、大丈夫。ちょっと前に起きたところです」
へニョリと眉を下げこちらを窺う姿は可愛らしい感じだが、ひょっとしたら自分より二つ三つくらいは年上だろうか。
俺と同じような黒髪だけど、瞳は薄茶っていうか艶のある蜂蜜の色。
再び失礼しますと言ってから、その人は室内を進み窓辺へ。
パタリパタリと窓を閉め施錠してから、手際よくカーテンを引き室内の明かりを灯してくれた。
手早く仕事を終えた彼女は、それでは失礼いたしますと扉の向こう側に……行こうとして、何やら思いとどまってから引き返してきた。
「あのぅ……」
「はい、何でしょう?」
「えっと、……じつはお嬢様が、貴方様とお話がしたいと先程からお目覚めになるのをお待ちだったのです。お疲れのところ、大変申し訳無いのでございますが……もし、よろしかったら夕食前にお嬢様と会っていただけますでしょうか……」
「ぅん? ……お嬢様って、さっき会った人たちの中の女の子……だよね? たしか俺と双子だっていう……」
「さようでございます。やっと会えた兄上様と一刻も早くお話がしたいと、先程から廊下をウロウロなさっておいででして。……全くもって淑女にあるまじきお行儀の悪さなのでございますが」
「えっ!? すぐそこに居るの?」
「はい。すぐそこにいらっしゃってます……」
「もしかして、ずっと待たせちゃっていたのかな……それならば申し訳ないことをした。……起こしてくれても大丈夫だったのに」
「いえいえっ、そんなことは出来ません。旦那さまと奥様が、お二人は慣れない王城で過ごされてお疲れだろうとお休みの邪魔をするなとお命じになりましたから。何よりも休養が最優先事項でございます」
いやいや。オルンさんは御者さんと昼寝を満喫したって言ってたから、問題ないとは思うんだけどな。
俺は熟睡していたけれども。
「ははは……気疲れしちゃったみたいで,すっかり眠り込んじゃいました。お陰様でゆっくり出来ましたから、俺は大丈夫ですよ。ええと、妹……に、俺も会って話がしたいです」
面会の希望を言ってみると、彼女は嬉しそうに瞳を輝かせる。
「本当でございますかっ……良かったぁ〜。では早速、お嬢様をっ」
バタバタと扉の向こうへ行ったかと思えば、部屋の直前で声を張り上げた。
「お嬢様〜! 兄上様が、お相手をしてくださるそうですよ〜〜!」
すると間髪入れずに扉の向こう側からヒラリと侵入してきた人影が、いきなりソファに座っていた俺に纏わりついてきて驚いた。
「ぅわっ。……何!?」
「うふふふふ。やっとお話が出来ますわっ」
ドレス姿のご令嬢がニコニコ笑顔で言ったので、ソウデスカ……と無難に応じる。
咄嗟に逆らわないほうが身のためだという直感が働いたし、よくわからないがこのお嬢様に何らかの執念を感じたんだよ。
俺の顔面が多少引きつっていたとしても、そこはご容赦を願いたい。
それからすぐに、お互いに名前さえ知らなかったことが判明したのだった。
「私は、ユリアナ。貴方の双子の妹で、フォルティス兄妹の紅一点よ」
「ユリアナお嬢様の侍女をさせていただいております、ファルン=エアナと申します。どうぞよろしくおねがいいたします」
侍女だというファルンさんが、俺の部屋にワゴンを持ち込んでお茶の用意を揃えてくれた。
熱々の紅茶を受け取ったお嬢様……ユリアナは、小皿に取り分けた焼き菓子を手渡してくれる。
小皿を受け取った俺は、二人に見つめられて戸惑いを隠せない。
これ、俺にも名を名乗れっていうことだよね。
孤児院出身だって言っても良いものかどうなのか、少しだけ迷った。
しかし、兄妹ならば今後は一緒に過ごしてゆくのだろうから、遅かれ早かれ粗忽な自分のボロが出るだろうし、取り繕っても隠し通せないだろうとも思う。
なので……ここで開き直っておいて問題はないだろうと結論を出した。
「えっと、俺は……つい最近までクロウって呼ばれていたんだけど、どうやら違う名前を持っていたみたい。今の名前はアイシスです。十歳までは田舎の孤児院で育ったんだよ……だから、礼儀作法とかはイマイチわからなくって。言葉遣いとか乱暴だし、お茶のマナーとかも違っていたらごめんよ?」
「まぁ。そんなこと気になさらないで」
「そうですわ。お嬢様なんて、礼儀作法は知っていても無視なさるので家庭教師の先生が手を焼いておられます」
「あら、お茶は楽しく美味しくいただくのが一番の礼儀なのですわよ」
彼女たち二人で軽口を言い合って、場を和ませてくれたのだった。
つい先日までの付け焼き刃な礼儀作法講座が、走馬灯のように俺の脳内を過る。
エリゼ流お茶会のマナー講座はスパルタ過ぎて、緊張の連続だったんだよ。
頭の上に本を乗っけて座ったままで落とさないように茶器を口元に運べとか、ズズズーって音を立てたらほっぺたを抓られるとか、微笑の表情を崩すなとか、過ぎ去った暗黒の時間は封印しておきたい人生の一幕なのである。
この場では無作法でも大丈夫らしいと安心できた俺は、内心ホッと安堵のため息を吐き出した。
こうして夕食の時間まで、妹と侍女さんと三人で楽しく語り合うことになったのだった。




