45)王城での更なる出会いと帰りの馬車での会話
国王陛下からは、難しい単語がずらりと並んだ“沢山食べて大きくなれよ”的なお言葉を賜った。
────ぅわぁん。ありがたいことなのだろうけど、ちっとも嬉しくねえ。
……身長も筋肉も不足していることは重々承知なんだけど、優しさで言ってくれているのだろうけれど、ちょっと心を抉られたんだよ。
難しい言い回しで半分くらいしか理解できなかったのは、救いだったかも知れないな。
ぐぬぬぅ。これから筋肉盛りモリな大男になってやるっ。
大丈夫……成長期はこれからさ。
国王陛下が直々に大きくなれよって言ったんだもの。
このまま貧弱なままで終わるものかっ。
十歳の俺は密かに決意した。
悔しいが、王様に向かって悪態をつくほど無鉄砲にはなれそうもない。
両親であるところの辺境伯爵夫妻にも多大な迷惑がかかることだろうし。
不敬罪でお縄になって処刑コースまっしぐらとかはいただけないし。
そういうわけで、己の葛藤は一先ず平常心という仮面で覆っておくべきだろう。
平常心、平常心だ。
心を表に出さず、優雅な立ち居振る舞いを。
気づかれないように常時ゆっくりと、深い呼吸を繰り返すのがコツらしい。
エリゼ流マナー講習の成果である。
そして模範的な良いお返事で「ハイッ」と元気に乗り切った。
もちろん模範的な良い笑顔もワンセット。
あの場に彼女が居たならば、大変良くできましたと褒めてくれたんじゃなかろうか。
我ながらよく頑張ったと思うのだ。
俺の良いお返事に陛下はウムと肯いて、謁見は無難にお開きとなったのだった。
やれやれと安心したその後に、別室で陛下の右側にいた人物と話をする時間が設けられた。
その人はなんと宰相閣下だった。
そういえば、謁見のときに筆頭魔術師の爺ちゃんがそんなことを言っていたような気がするな。
宰相っていうのがどんな役割をする人なのかは知らないが、きっと偉い人なのだろう。
そして、その人はなんと辺境伯閣下のお父上なのだそうで……要するに俺のお祖父様ということなのだそうな。
お祖父様っていうのがどんな役割の人なのかは、世間知らずの俺だってさすがに知っているさ。
お祖父様っていうのはさ、父上のそのまた父上をやってる人なんだよ。うん。
……なんか更に偉そうだな。
そんな凄い人が俺の頭をワシャワシャ掻き回して、ほっぺたをぷにぷに摘んでニコニコするものだから驚いた。
さっきのお堅い雰囲気は何処へやら。
優しく、よくぞ帰ってきてくれたと抱きしめてくれたんだ。
そっか。お祖父様は優しいんだってことがわかったよ。
あとでゆっくり話そうと、手を握って約束してくれたんだ。
こうして俺の王城での任務はつつがなく終了したのだった。
帰りがけの大階段前で、立派な貴族服の大男とすれ違う。
辺境伯爵夫妻である両親が頭を下げて道を譲ることから、その人が自分たちよりも更に高貴な身分にあるのだと理解する。
両親に倣って礼を尽くした姿勢をとり、目立たないよう咄嗟に夫人の影に位置取った。
──────それなのに。
大男は目ざとく俺を見つけたらしい。
「ほほぅ。見かけないチビが混じっているな? 第八王女よ、どこから拾ってきたのやら?」
酷薄そうな双眸で、両親……とくに夫人を睨みつけた。
「兄上様、この子は十年ぶりに見つかった我が家の末の双子の、その片方にございます。……どうぞお見知りおきを」
気丈に俺を紹介してくれる夫人に、そいつはフンと鼻を鳴らす。
「市井あがりのお前ごときに兄と呼ばれる筋合いはない。生まれながらの王族である私が名ばかりの王女であるお前に兄妹の情などありえんのだ。己の立場をわきまえよ」
「も、申し訳ございません」
「ふん。……辺境の田舎貴族に子どもが何人増えようが興味はないな。辺鄙な領地で、物好きな亭主殿とせいぜい仲良く暮らすことだ」
「はい。……ありがとう存じます、王弟殿下」
言いたい放題な悪態をつかれたというのに、夫人は静かに礼を言った。
辺境伯閣下も無言でそれを見守るだけだった。
大男は我が物顔で大階段を進んでいったし、俺たちは全員で一礼したあとは無言で城外の馬車へと向かう。
エリゼ流貴族作法講座によれば、身分が上の者に対しては尋ねられない限り自己紹介っていうか名を名乗るのはマナー違反なのだそうで……要するに、俺はあの大男に名乗る機会を与えてもらえなかったっていうことなのだろう。興味ないって言ってたし。
夫人は彼を兄と呼んだ。
たとえ血縁関係で兄と妹だとしても、そういう仲っていうことなのだ。
夫人の兄であり王様の弟なのだから偉そうなのは当然なのかも知れないけど……はっきり言って嫌な奴だと俺は思った。
思っただけで賢明にも口には出さないけどね。
この場の皆が、たぶん俺と似たり寄ったりな心情なんじゃないだろうか。
向こうがそういう態度なら仕方がない。
こちらも寄らず触らずでってことなのだろうな。
うん。俺達にとって、できるだけ出会わずに過ごしたい人物だと記憶しておこう。
城に来たときと同様に、執事さんとオルンさんと三人で辺境伯爵家の馬車に揺られて城を出た。
待ち時間中を昼寝に費やしたというオルンさんは、お天気もよく熟睡できたと満足気だ。
御者さんが馬車の点検や馬たちの世話をするのを手伝ったあとは、二人で仲良く芝生で雑魚寝をしていたらしい。
城内の荘厳な庭園で二人して何て大胆なことを……警備隊の人たちに侵入者と間違えられて成敗されなくて良かったよ。
老執事さんの説明によれば、辺境伯夫妻は別の馬車に乗っているとのことだった。
俺たちを乗せた馬車の前をゆく、同じような意匠の馬車がそうらしい。
こんなに立派な馬車を二台も持っているなんて貴族はすごい金持ちなんだなって思っていたら、もう少し小さめで普段使いのやつならば領地に十数台は保有しているという。
俺が育った田舎村なんてさ、村全体でボロい荷馬車が十台くらいしかなかったんだよ。
半数以上が村長の所有で、村人に有償で貸し出していたっけ。
費用がバカ高いから滅多に借りないって年寄り爺さんがボヤいていたなぁ。
そんなことを話したら、執事さんが慈愛の表情で辺鄙なところで御苦労なさっておられたのですねぇと涙ぐんでしまった。
いやいや、そうじゃなくって……ただの世間話なんだけどなぁ。
困ったな……田舎村の話をすると同情されるばかりで場がもたないんだよ。
そうかと言って、他に何か話題があるわけでもないし。
オルンさんは何か行商のときの面白話とかないのかなと彼の方に視線を向ければ、薬師さんは座席に座ったまま腕組みの姿勢で寝ていたのだった。
ちょっとそこの薬師さん、アンタさっきまで御者さんと昼寝してたんじゃないのかよ。
まだ寝るのか!?
しんみりしちゃった車内の雰囲気を盛り上げるためにも、ここで一役買ってくれたっていいじゃんか。
ホラホラ、お〜き〜て〜。
ゆっさゆっさと揺すっても、ほっぺたを引っ張っても起きる様子はない。
これは……高確率で寝てるふりだな。薄情者めっ。
途方に暮れる俺と、慈愛の眼差しをたたえる老執事さんと、狸寝入りな薬師さんを乗せて────昼寝でスッキリ爽快な御者さんが操る馬車が王都の通りを軽快に走るのだった。
2023年2月
本文中の表記を……
第二王子殿下 → 王弟殿下
……と直しました。
その関係で、主人公の母親の台詞とその後の文章を一部分修正いたしましたことをご報告させていただきます。
どうぞご了承くださいませ(_ _)☆




