34)ルカート商会王国支店
薬師さんに手をひかれ、見物しながら街中を進む。
オルンさんは諦めたように歩調をゆっくりにしてくれて、俺に合わせて歩いてくれる。
役所だと教えられた場所には三階建てのどっしりとした建物がたっていて、広い出入り口では鞄や書類を手にした人々が真面目な顔で忙しなく行き来していた。
重厚な門構えの前、両脇に銀色に輝く鎧甲がビシッと突っ立っているところは、王国騎士団の詰め所だという。
奥の方から馬に乗ったもっと偉そうな銀色がゾロゾロ出てきて度肝を抜かれた。
騎士っていえば憧れの職業らしいけど、俺にとっては格好良いよりも荒々しくて恐ろしいといった印象だった。
香ばしい匂いに首を向けると、パン屋の入り口からエプロン姿の店主らしき大男が姿を現し大声を張り上げる。
「丸パンが焼きたてだよ〜! 先着三十個だ! さあ、買った買った!!」
すると、買い物かごを持った御婦人や使用人らしき人たちが、待ってましたとばかりに扉の向こうへと吸い込まれていったのだった。
フラフラと俺も吸い寄せられそうになったが、オルンさんの手に軽く阻止される。
「ゴメン。お腹が空いているわけじゃないんだけど、あまりにも良い匂いだったものだから……」
「ははは……たしかに良い香りだね。オレはちょっと腹ペコだけど、たぶんこの先で美味しいものをご馳走してもらえるはずだから、もうちょっとの辛抱さ」
「オルンさん、おれたちは何処へ向かっているの?」
「ああ、まだ言ってなかったね。“ルカート商会”の王都支店だよ」
「ルカート商会?」
「うん。大陸きっての大店で、灰色の小鳩に手紙を託した先だよ。そこが行商人仲間たちとの待ち合わせ場所なんだ。君も、そこで孤児仲間たちと会うことができる」
「ホントに!? それなら余所見をしている場合じゃないよ。ヨシ行こう、スグ行こう!」
そこからは早足でグングン進むことにした。
通行人の間を縫って、薬師と子どもが颯爽と王都の街を歩いてゆく。
大通りはどこまでも……壁の向こう側まで伸びているらしい。
壁というのは、都の内部を仕切っている壁のことである。
王城を中心に二重に堅牢な石の壁が囲っていて、それはもうしっかりと区分けされているのだ。
一枚目の壁の向こうはタウンハウスなどど呼ばれる貴族たちの都での居宅が立ち並んでいるし、そのまた内部の壁の中身は王国政府の重要な施設や機関がぎっしり詰め込まれているらしい。
そして、その中心に城壁に守られた王城がどっかりと鎮座しているといった具合なのだとか。
城下を囲む二枚の壁は戦ともなれば敵をひどく手こずらせるだろうし、出入り口の金属扉は厚く重い。
要するに、やたらと守備特化型な都市の形をとっていた。
ちなみに、王国近隣ではここ数十年は戦らしい戦争は起こっていないという。
とても長生きなさっていた前の王様が国内の安定を重視していたので、ご近所の国とも上手くお付き合いをしていたらしい。
やり手だった宰相閣下の采配もあり国勢も安定していたのだが、前王様が亡くなり宰相閣下も引退なさったそうなので、今後は不安定な雲行きなのだとか。
「あの壁が、役目を果たす機会がなければ良いんだけどねぇ」
オルンさんは、ニヒルな笑顔でそう言ったのだった。
大通りをまだまだ進む。
相変わらず道の両側は建物がミッシリと立ち並び、所々に細い路地の向こう側が垣間見えるが……そちら側も似たようなぎゅうぎゅう詰めな風景だった。
何処もかしこも建物と馬車と人ばかり。
洒落た看板や人々の列をやり過ごし、どんどん進む。
もうすぐ仲間たちに会えるのだから、うっかり誘惑に負けられないのだ。
オルンさんは、やがて大きな建物の前で立ち止まった。
どうやら、ここが目的のなんちゃら商会とやらなのだろう。
他の建物よりも広くて重厚な間口である。
もしかしたら奥行きもそうとうあるんじゃないのかな。
石造りの柱や壁はきれいに磨かれ木製の看板が掲げられていて、大きな扉には見合った大きさの硝子が嵌め込まれていた。
看板には大きな文字で“ルカート商会 王国支店”と記されていて、間違いなく件の商会なのだと確認できたのだった。
扉に取り付けてあるドアノブも、金色にピカピカ輝いて存在感を主張している。
それをグイッと押し開けて、薬師さんが無言でドカドカと無遠慮に入っていった。
コラコラちょっと、勝手に入ったらダメでしょうが。
こんにちはとか、お邪魔しますとか、せめて挨拶くらいは必要なんじゃないのかな。
もちろん手を掴まれている俺も一緒に扉の中へ。
心のなかでは偉そうなことを考えているけど、じつは俺も無言なんだよ。
いきなり立派な店内へ入ることになっちゃったものだから、面食らって言葉もないんだよ。
入り口正面のど真ん中には、ニコニコ笑顔の若い女性が立っていた。
こちらを見て、ようこそお待ちいたしておりましたと礼をする。
オルンさんは、それに片手を上げて軽く応えた。
「やあ、お出迎えご苦労さん。皆は揃っているのかな?」
「はい。皆さま二階の会議室でお待ちかねでございます」
「そう。ご隠居は?」
「うちの大おじいさまは、助けた孤児さんたちをここに預けて直ぐに行商に出かけて行きましたよ。オルン様に宜しく伝えてくれと言付かっております」
「うーん、残念。相変わらず忙しない人だねぇ。まぁ、お元気そうで何よりだよ」
「ふふふ。そうですね……あのお歳で一番の稼ぎ頭ですからね。まだまだ若い者には負けられないと張切っておいでです」
「お会いしたかったけれど仕方がないか。次の機会にでも旨い酒を飲みましょうとお伝えいただけますか?」
「かしこまりました。ちゃんと伝えておきますね」
「頼んだよ」
「はい」
若い女性とオルンさんとは、どうやら顔馴染みのようだ。
彼女に案内されて奥の階段を登る。
床も手摺もピカピカに磨かれていて、うっかり触ったら汚してしまいそうだ。
商会ということは何らかの商売をしているのだろうが、ここが何を売っている場所なのか皆目見当がつかない。
広い廊下を更に奥へと進む。
二階の会議室とやらは、その突き当たりの扉の向こう側にあるらしい。
女性は、ここで一礼して去ってゆく。
「私は店番がございますので、ここで失礼いたします。こちらでは、どうぞ気楽にごゆるりとお過ごしくださいませね」
俺に向かって気遣うような言葉をかけて、しずしずと廊下を引き返していった。
オルンさんがチラリとこちらを伺い見てから、扉の取っ手に手をかける。
「さ、心の準備はいいかい? 皆がここに集まって君を待っている。積もる話もあるだろう……心置きなく沢山話しをしておいで」
「……うん。……ありがとう、オルンさん」
「どういたしまして。オレとは、また後でゆっくり話そう」
「うん……」
従兄弟がグッと扉を開ける。
俺は心の準備など出来ているはずもなく、……ただ、ゆっくりと開かれてゆく視界に気持ちを高ぶらせたのだった。




