33)王都到着
霧が立ち込める早朝の商都は、起きてもなお夢の中にいるような眺めだった。
宿屋の隣の大きな停車場には、整備を終えた沢山の乗合馬車が集まっている。
俺は、そのうちの見覚えのある一台にオルンさんと二人で乗り込んだ。
停車場に乗客たちが次々と集まって来て、車掌さんが全員揃っているか確認する。
「乗客の皆さま、おはようございます。全員が集まりましたので、予定の時間前ですが出発いたします」
引き馬を交代させて車両の点検を済ませた馬車がゆっくりと走り出し、やがて速度を上げていった。
港と海と、商都の町並みがどんどん後ろへと流れていく。
「王都までは更に日数がかかりますが、その間もどうぞよろしくお願いいたします」
車掌さんの短めな挨拶が車内に響く。
馬車の旅も後半に差し掛かり、国の中心部へと向かう街道は広く平らに整えられて快適な道行となったのだった。
商都を出発して更に数日……乗客の誰もが腰と尻を労りながら、そのまた更に数日をかけて──────やっと終点に辿り着いた。
途中で盗賊や魔物に襲われることもなく、乗合馬車は無事に王都までやって来たのだった。
王都と呼ばれる国の中枢都市は、石造りの頑丈そうな外壁に囲まれていた。
高さは五m以上はありそうで、よじ登って忍び込むのは無理そうだった。
壁の途切れ目っていうか門なのだけれど、アーチ状に組まれた石に金属の大きくて重そうな扉がついている。
馬車はその門の遥か手前で停車すると俺たち乗客を降ろして、王都周辺部にあるらしい整備用の停車場へと帰還していった。
王都の入り口は全部で五箇所ほどあるらしい。
ここは東側の門で、主に商人や一般の人たちが出入りする場所なのだとか。
同じような一般用の門が北と南にあと二箇所あり、残りは役人や貴族専用門が東西に一箇所ずつあるという。
ってことは東側には一般人用と貴族用の二箇所の入り口があるということになるのかな。
どの入り口も金属の大扉で仕切られており、門番さんたちが毎回数人がかりで朝晩の開閉作業を行うらしい。
日中のこの時間は、門番さんたちが出入りする人々を検問する作業に追われている。
出入り口にずらりと並んだ人たちを、一人ひとり確認して中へと通すのだ。
もちろん俺とオルンさんも並んで順番を待っているわけで、前の方の検問作業をこっそりと覗き見ていたりする。
「よし、通って良いぞ。……はい、次の人。身分証明証を見せるんだ……ふむ、冒険者協会の職員か……出張ご苦労さん。通っていいぞ……」
いちいち身分証明証を確認して、怪しい者じゃないかと確かめているようだ。
「うん? 身分を証明するものがない?……それならば銀貨二枚の入都手数料がかかる。手数料を納めると入都許可証が発行されて、この用紙を持って二日以内に役所に届け出れば不法侵入にならずに王都に滞在できるようになる。王都に移住を希望するのなら、役所で金貨五枚の住民税を支払えば居住権が保証されるんだ」
えええっ、滞在するのに銀貨二枚もかかるのか。
住み着く場合は金貨五枚だなんて、ありえない。
自慢じゃないけど、ごく最近まで金貨も銀貨も見たことすらなかったんだよ。
あまりの高額な入場手数料に呆気にとられているうちに、とうとう自分たちの順番が回ってきてしまった。
オルンさんが入り口の検問所で何やら木札のようなものを見せると、それを門番さんが確認する。
「はい、次……んん……これは、行商人組合の会員証だな。ええと、薬師か……隣の小僧はアンタの連れかい? ほほう、助手なのかい……ちっこいのに兄ちゃんの手伝いなんて、大したもんだ。しっかり頑張るんだぞ〜」
どうやら俺たちは薬師の兄弟として王都に入場する方針らしい。
勝手がわからない俺は、黙ってオルンさんの影にコソッと隠れるように立っていた。
無愛想で怖いと思っていた門番さんが、ワシワシっと俺の髪の毛をかき混ぜてニコリと笑う。
案外と子ども好きな人だったようだ。
「っ、はい……」
引きつった笑顔を返しながら、俺たちは問題なく王都に入ることができたのだった。
俺が負担するわけじゃないのだけれど……銀貨を払わなくて済んで、ちょっとホッとしたのは黙っていよう。
連れがいたり身元がしっかりしていれば、子どもには意外と寛容なのかも知れないな。
王都の東門を通り抜けると、ちょっとした石畳の広場に出た。
広場内は都の内部を循環する乗合馬車が乗客を集めていたり、宿屋の案内人がお客を呼び込もうと大声を張り上げていたりと、中々に活気あふれるようすだった。
そこから北南西方面の三方に向かって大通りが伸びていて、道沿いには大小様々な建物が隙間なくビッシリと立ち並んでいる。
中心部へ行くほど高台になっていて、一段ごとに石造りの壁で仕切られているようだった。
見上げれば、はるか向こうに大きくて真っ白な建物がそびえ立っている。
わざわざ教えてもらわなくても理解する……きっとあれが王城なのだろう。
それはそれは荘厳華麗な建物だった。
オルンさんに連れられて、大通りを西へ向かう。
通りの真ん中を馬車や馬が行き、その両端を徒歩の人々が闊歩する。
商都よりも更に人が多くて、全体的にとても賑わっている印象だ。
商都もそうだったが、王都でもほとんどの建物が石や煉瓦で出来ていた。
すれ違う人たちの身なりや店先の何だかわからないけどきれいな箱とか、道端に立っている看板等など、じつに様々なものたちが視界に映る。
田舎の村には小さな木造の建物しかなかったものだから、見るものすべてが目新しく見えてしまうのだ。
キョロキョロと挙動不審な子どもが迷子にならないように、オルンさんはしっかり目を光らせて街中を進まなければならないほどだった。
しまいにはガッシリと手を掴まれて歩く羽目に。
うん、ゴメン……わかった、ちゃんと前を向いて歩くってば。




