31)商都でのひととき
商都では半日ほどを海辺で過ごした。
「珍しい食べ物とか綺麗な服とか興味はないのかい?」
オルンさんに頻りにたずねられたけど、そんなに沢山は食べられないしオシャレについてはわからない。
「う〜ん。美味しいものは朝夕の食事で十分だし、服も寒かったり見苦しくなければ問題ないかなぁ」
「えー。可愛い盛りの少年が色気も素っ気もないなんて、つまらないなぁ。おまけに食い気もないみたいだし……」
俺が街中の商店に興味を示さないので、薬師さんはなぜかガックリと肩を落とす。
せっかくだから似合いそうな服とか流行の小物を見繕ってあげようと思ってたんだけどってブツブツ小言を言われたが、先ずはじっくりと海を堪能したかったのだ。
昨日から、それは楽しみにしていたのだから。
海辺に連れてきてもらっただけで大満足なのだった。
「それよりも波ってキラキラしていてとっても不思議で、いくら見ていても飽きないんだよ。それにこの水、舐めると塩辛いんだね……びっくりしたよ。しょっぱいのが過ぎると塩辛いっていうのも面白いなぁ」
遠くの方──沖というらしい場所に今朝まで港に停泊していた船が浮いているのを発見して、あんな大きなモノが水に浮いていることを改めて不思議に思った。
「あれっ。あの船って港にあったやつだよね? 船体にあった印が同じだもの、きっとそうだ。ものすごく大きかったはずなのに、あんなに小さく見えるよ……」
そして更に遠く──水平線という海の切れ目の向こう側には、真っ白な綿みたいな雲がモクモクと立ち上がっているのだ。
俺もあの船みたいに大海原へ行ってみたくなる。
そしたら、大きな雲にも手が届くだろうか。
不思議で綺麗で、見ているだけでも満足だった。
だけど、触れてみたら更なる不思議が訪れた。
靴を脱いで裸足で波打ち際をバシャバシャ歩けば、水が引いていくときに足元がさらわれるような摩訶不思議な感覚が。
「ははははっ。ぅわぁーぃ、なんか面白ーいっ!!」
目が回るような感覚も面白く、調子に乗って行ったり来たりはしゃいでしまう。
「ゎっ……ヘブッ!」
ビシャっと砂浜に足を取られてすっ転ぶ。
そこに容赦なくザバリと波が押し寄せて、全身ずぶ濡れの砂だらけ。
「ぅへぇ〜、ビショビショのジャリジャリだぁ〜。はははっ」
あとから追いかけてきたオルンさんが呆れたような声を上げる。
「あ〜あ〜、こりゃひどい有様だ。着替えないと風邪を引くよ。水浴びするには季節外れで寒い時期だもの」
とにかく宿屋に戻り、体を拭いて着替えることに。
気がつけば昼の食事の時間が迫っていたので、丁度良い頃合いだったのだろう。
食堂でパンとスープの軽い食事を食べながら、午後の予定を話し合う。
オルンさんは商都で買い物を済ませておきたいらしかった。
午前中にやりたいことをやらせてもらえて満足な俺は、午後は素直に買物に付き合うことを了承した。
「そういえば、君っていつも茶色の服ばかりだよね」
「うん、手持ちの三着全部が茶色だよ。村で採れる染料が茶色ばかりだったから、茶色の生地が豊富で一番安かったんだ。だから、孤児院の子どもは茶色か生成り色の服しか持ってない」
女の子たちは文句ばかり言っていたけれど、他の色の生地や柄物は贅沢品だったんだよ。
そう言うと、オルンさんが眉をしかめた。
「えっと、服は三着しかないのかい?」
「?? ……そうだけど、何か?」
「さっき濡らしちゃったから、着替えが足りなくなるんじゃないかな? うん、もう少し買い足しておこう」
「ええ!? いや大丈夫だよ。薄いからすぐに乾くし、今まで不自由したことはないし」
「いやいや、薄いのも問題だよ。暑い季節はまだまだずっと先なのに、寒そうだと思っていたんだよ。よし、午後は服屋にも行くことにしょう」
「ええぇ。べつに寒くはないんだけどなぁ」
「辺境伯家から預かっている支度金を使わせてもらうんだから遠慮は無用。それに、そろそろ身なりを整えておいたほうが良さそうだ」
「身なりを整えるって言われても、これ以上どうするのさ。おれ、毎日ちゃんと身支度しているけどなぁ」
起床後は顔を洗って目ヤニや涎のあとなんかつけておかないし、ちゃんと爪も頭髪も短くして清潔を心がけている。
「いや、そういうんじゃなくてだね……」
言いにくそうに話すオルンさんの説明によれば、今の俺の服装は庶民でも貧民並な装いなのだそうで。
「それは……だって孤児だもの、仕方がないじゃない」
「でも、これからの君はそうじゃない」
「うん?」
「オレと君とが一緒にいるのを見た人は、たぶん商人と奴隷かなにかだと判断していると思うんだ」
「へぇ。まあ、そう見えるのかもなぁ」
現に孤児仲間たちは奴隷として連れて行かれたのだし、俺だってその一人になっていたのかもしれないし。
やはり仕方がないんじゃないかと言えば、オルンさんは再び眉をしかめてため息を吐き出した。
「でも、そうじゃないだろ?」
「うん?」
「君はオレの従兄弟で、辺境伯爵家の子どもなんだ。今後は、そういった装いが必要ってことなんだよ」
「そういった装いっていうのがよくわからないけど、そうなの?」
「そうなんだよ。今はわからなくてもいいから、午後は買物に同行して服屋にも行くことに決定」
「うん……わかったよ」
必要だと言われれば従うのみ。
世間知らずの子どもは年長の意見を聞き入れるべきだし、年上の従兄弟は俺のために言っているのだから。
こうして午後の予定が決定された。




