29)旅商人のボヤキ
乗車券を売っていた車掌さんが、大声で馬車の行き先と今後の予定を説明する。
「皆さま、この度は大陸馬車組合所属の当乗合馬車をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この馬車は【東回り商都経由王都行き】でございます。途中、商都の組合本部大規模停車場にて一日間の車体保守点検のお時間をいただきましてから終着点の王都へまいります。二週間ほどの長旅となりますが、どうぞよろしくお願いいたします」
オルンさんの説明によると、乗合馬車には乗り降り自由で町や村の拠点をグルグルと循環するものと、この馬車のように出発点から終点まで一気に運んでくれる長距離移動用のものとがあるという。
前者は料金も安価で近距離の移動に適しているため、近隣の町や村に用事がある人がよく利用するらしい。
後者は今回の俺たちのように目的地へ短時間で移動したい場合に用いられるようだ。
「そうすると、この馬車は途中の町や村には寄らないで真っ直ぐ王都に向かちゃうんだね」
「そうだね。短時間で移動とは言っても距離が半端ないから馬だって疲れるし、乗客や御者さんだって疲れちゃうだろ? だから、夜は各町村の停車場で休んだりするんだよ。乗客は停車場で野営をしたり近くの宿屋を利用して朝になったら集合するんだ」
「そっか、暗くなったら寝なくちゃね。馬たちも休んだり給水だって必要だものな」
「そういうこと。長距離移動用とはいっても、急がずのんびり安全を最優先っていうわけだよ。まあ、途中で魔物とかが出たら護衛役の冒険者たちが対処してくれるはずだから心配ないさ」
万が一のことを考えて、長距離移動の乗合馬車には護衛役が同乗しているのだそうな。
この馬車にも、大陸馬車組合所属の腕利きな冒険者が乗り込んでいるらしい。
車内をぐるりと見渡すが、どの人たちが冒険者さんなのか見た目だけではわからなかった。
商人でもちょっとした護身用の武器を持っていたりするので、それっぽい人が何人も居たんだよ。
「やっぱり魔物が出たりすることがあるの? 怖いけれど、護衛さんが居るのなら大丈夫かな」
「魔物も警戒心はあるらしくて街道には滅多に出てこないけど、用心するに越したことはないからね。一応は心構えだけでもしておいたほうが良いね」
「心構えって……どうしたらいいのかな」
「今回はオレも一緒に居るから大丈夫。だけど、旅に危険はつきものだって覚えていてほしいかな」
「うん。……わかった」
危険の中身が魔物くらいしか思いつかないけど、旅は怖いことが多いと覚えておこう。
危険に対処する方法を身につけないと行商なんて出来ないのだろう。
ってことは……一人旅をしているオルンさんは、かなり強い人なのだろうなぁ。
俺も強くなって一人旅が出来るようになりたい。
まぁ、オルンさんが孤児院に来てくれていなかったら、世間知らずなままで無謀な一人旅を実行に移していたところだったのだけれども。
冷静になって考えれば、十歳の俺がその辺をウロウロしたら魔物に食べてくれと言わんばかりな無防備具合だったことだろう。
運良く魔物に出会わなくても、盗賊や追い剥ぎの格好の餌食っていうのが現実だ。
あのときの俺は若先生に反発するあまり、ちょっとどうかしていたのかも知れないな。
オルンさんみたいに一人で大陸中を渡り歩いている行商人さんたちって、ひょっとしたら只者じゃないのだろうか。
目の前の本人に聞いてみる。
「一人で旅をしている商人さんは強い人ばかりなのかな?」
「普通は商隊っていう団体で沢山の品物を運んだりすることが多いけれど、オレたちみたいな風来坊も珍しくはないさ。常に危険と背中合わせというのは否定しないけど……ある程度は腕に覚えがないとやっていけないからね」
魔物はともかく、盗賊とか追い剥ぎが厄介なのだとか。
「団体で行動すればそれだけ人手が多くなる。防御力も上がるからね。一人だと狙われやすいうえに、撃退できたとしても拘束して連行するにもやりようがないんだよ」
だから、もし盗賊を捕まえても懸賞金は貰えないと、オルンさんが言う。
「いや、命あっての物種で懸賞金どころじゃないでしょうに」
「ははは。まぁそうなんだけど、役所とかに突き出せば結構な金額になるんだよ」
せっかく返り討ちにした盗賊を放置しておくのは勿体ないと、薬師さんは本気か冗談かわからないようなボヤキを漏らす。
えっと、放置って……置いてきちゃうの?
道端に?
「逃げ出せるか野垂れ死にか……盗賊稼業も命がけ。楽じゃないだろうさ」
「悪いことをするのも大変そうだ」
「オレたち行商人だって、旅の途中で消息不明になる奴も大勢いるのさ。旅先で商売から足を洗うこともあるだろうし、志半ばで人知れず命の灯が消える奴もいるのだろう。野獣や魔物とだって、狩るか狩られるか。こちらが奴らの飯になるか、彼奴等がオレたちのスープ鍋の具になるか、毎回真剣勝負なのさ。冒険者の奴らも凄いけど、行商人も中々に野性的な商売だろ?」
オルンさんは不敵にニヤリと嗤ったのだった。
うわぁ、マジですか!?
行商人って、過酷な商売だったんだ。
あとになってオルンさんの行商人仲間に確認したら、そんなヤバイ行動をしているのは野生児変態薬師のアイツだけだと笑われたんだよ。
幼気な十歳に大げさな話をしてからかうのはやめてほしいものだと思ったんだけれど……オルンさんがマジで野生児変態薬師だったことを、少しだけあとになってから思い知ることになる。
先々のそんなことを、このときの暢気な俺はちっとも知らずにいたのだった。




