26)星剣……グラウィス
冷めきったお茶を一気に喉に流し込む。
オルンさんの真似になっちゃうけど、それどころじゃない。
落ち着け、俺。
戸惑っているばかりじゃ埒が明かない。
原因を持ってきたオルンさんに聞くしかないだろう。
こんな事になった責任を取ってもらいたいものだ。
「それで、俺はこれからどうしたら良いのかな?」
言いながら目を細めてギロリと睨んでみるけれど、薬師さんはどこ吹く風だ。
「いや? 別に何もないよ?」
「へ!?」
しれっと返ってきた答えにずっこける。
「どういうこと??」
思わず聞き返す。
あんな仰々しいやつが関係しているのなら、何らかの任務を遂行するとか修行しろとか、何かあるのがお決まりなんじゃないのだろうか。
勇者に選ばれちゃったら強い敵をやっつけに行かなきゃならないって、村の収穫祭のときに吟遊詩人のシワシワ爺ちゃんが言っていたもの。
それなのに、オルンさんの答えが予想外に暢気なものだから困惑するのだ。
「ん? ただ、剣の新しい所有者が決まっただけさ。剣のほうが持ち主を選り好みしてるっていう変な構図ではあるけれど、アレは君のものになったっていうことだよ」
「いやいやいや、あんなの貰っても困るっていうか……使い道がないっていうか。おれは剣を振り回す気はないんだよ。何よりも、十歳の子どもに何て危険なものを持たせるんだよ」
「ははは。持っているから使わなくちゃならないわけじゃない。ともにありたいと、剣が君を選んだだけなのさ。あの剣は持ち主に危害を加えることはないし、君に何らかの義務が生じることもないから安心して大丈夫だよ」
「だってさ、エルフ族の賢者が作ったっていう由緒正しい剣なんだろ? おれみたいな人間族の子どもが持っているって知られたら反感をもたれるだろうし、良いことはないだろうよ」
「ああ〜、多少はそういった意見もあるのかもしれないね。でも、優先されるのは剣の意思なのさ。種族外の持ち主が現れたとしても問題ないよ」
「ううぅ……はっきり言って迷惑なんだよ。他に適任者がいるならそっちへ行って欲しいんだけど」
「ん〜、無理かもねぇ。君の父上も剣に懐かれて、仕方なくっていう感じで持っていたみたいだし……そもそも、アレを欲している奴にアレは靡かないらしいし」
「なびかない?」
「そうみたいだよ? エルフ族にとってあの剣に選ばれることはとっても名誉なことなんだけど、それを求めて剣を手中にしようとしても反発されるだけなのさ。現に、剣はエルフを選ばずに君を選んだ。そういうことさ」
「ぅええええ。なんかエルフに逆恨みされそう。……面倒くさっ」
俺が剣を持っているってことは内緒にしてほしいって言ってみたら、オルンさんは困ったように微笑んだ。
「ははは。仕方がないねぇ」
「もしも奪還されそうになったら……相手にやっつけられる図しか想像できないんだよ。おれがエルフに勝てっこないじゃんか。頼むよ」
「そのうち嫌でもバレるとは思うけれどねぇ。まあ、オレが言いふらすことはないと約束しよう」
「それでいいよ。ありがとう」
俺が黙っていて、オルンさんが内緒にしておいてくれるなら問題はないはず。
このことは絶対に秘密で、誰にも知られるわけにはいかないのだ。
名誉ある剣を狙って、俺にちょっかいを出してくる奴がきっと出てくるにちがいないもの。
剣はともかく、万が一にも命まで取られちゃたまらない。
聞けば、俺の父親亡きあとに何人ものエルフが剣と対面するも、誰ひとりとして正式には認められずに十年もの月日が経っていたという。
オルンさんもそのうちの一人だったらしいのだけれど、中途半端な認められ方で困惑していたのだとか。
それで、ついでというか……面白半分ダメで元々な思いつきで、元の持ち主の息子だという俺も試されたということらしい。
「エルフ族のことに、おれを巻き込まないでほしかったよ」
「いやぁ、もしかしたらって思ったら試してみたくてウズウズしちゃってさ。オレも正式な持ち主に引き継げて、やっと肩の荷が下りたよ〜……アッハッハー」
白々しく笑うオルンさん。
わざとらしいったらありゃしない。
厄介払いできてスッキリっていう態度がまるわかりなんだよ。
宿を出る時間まで、荷造りをしながら剣の話を聞いた。
オルンさんの説明によると、森の賢者が作った剣は全部で七本。
元々がひとつの宝玉だったという兄弟剣たちだ。
星剣 グラウィス ── 星の力、重力を司る長剣
光剣 ルークス ── 光の力を司る長剣
風剣 ウェントゥス ── 風の力を司る短剣
水剣 フルクシオ ── 水の力を司る短剣
地剣 フムス ── 大地の力を司る長鉈
火剣 フランマ ── 火の力を司る大剣
雷剣 トニトゥルス ── 雷の力を司る長斧
これら七本をまとめて、エルフたちの間では“グリセラ七剣”と呼ばれているらしい。
剣じゃない斧とか鉈とか混じってるけど、とにかく七剣というのだそうな。
自ら俺に収納されたアレは、オルンさんが言うには星剣グラウィスということだった。
うん……たしかに、さっき呼びかけちゃった名前だね。
あれは、一番大きな欠片からできた力の大きな剣らしい。
なんでも強すぎる力を持つ故に、他の場所に飛ばさずに賢者の手元に置かれていたと。
星剣以外の六つの武器は、賢者によって大陸の各地へとバラバラに散らされた。
森に残された星剣は、賢者の末裔であるエルフ族に代々伝わってきて……そして、オルンさんを介し俺に引き継がれてしまった。
そういう経緯のようだ。
ことのあらましは大まかに理解したと思うけど、俺にとっては謎だらけで納得できないことだらけ。
とにかく、危険で強くて厄介な預かりものを抱え込んでしまったことだけは間違いない。
強い力だろうが名誉だろうが、それを俺が制御できるとは思えないし。
あんな風にいきなり出てこられると心臓に悪いから、うっかり呼び出したりしないように気をつけよう。
なるべく俺が生きているうちは、しっかりと収納したままでいようと思う。
ぐっと拳を握って決意を表明したら、薬師さんが荷造りの手をとめてどうだかねぇ〜とか言いながらクスクスと笑った。
いやさ、どうもこうもありゃしないんだよっ。
ちなみに、俺は大した持ち物もないので身支度まで終えている。
「ちょっと、これでも真剣に考えて言ってるんだからね。そんなに笑うことないじゃんか」
「ぷっ、くふふふ……ごめんゴメン。べつに馬鹿にしたわけじゃないんだよ。ずいぶんと欲がなくって可愛らしいなぁって思ってね……」
「むぅーー。かわいらしいってさ……それ、ほめてないよね? どっちかって言うと馬鹿にしてるよね?」
「ははは。そんなことないって」
「いやいや、ちょっと頬がヒクついてるもの。なんか含みがありそうだ」
「ないってば〜」
「どうだか〜」
「ええ〜、従兄弟の言うことだもの信じてくれよ〜」
いとこ同士のじゃれ合いは、宿屋を出るまで賑やかに続いたのだった。




