25)空間魔法? 収納魔術?
朝がきた。
曇り空は引き続き太陽を覆い隠し、街にどんよりと眠たそうな空気を漂わせている。
あいにくな天気などお構いなしに、外では道を行き交う人々や屋根の上で囀る鳥たちが賑やかだ。
窓の外から視線を剥がし振り返った先には、未だにオルンさんが寝台の上にでろんと転がっている。
「オルンさん、朝だよ。起きて〜」
ゆっさゆっさと揺さぶってみる。
「……ぅ〜ん、もうちょっと寝かせてよ……」
「すぐに朝ごはんの時間になっちゃうよ。その前に話をしようって言ってたじゃないか」
「……んんぅ。……先に食べててよぅ……」
「ええええ〜」
結局、時間になっても寝台から出てこない薬師さんは放置した。
俺はひとりで食堂に降りていき、親父さんに連れはどうしたと聞かれる羽目になったのだった。
「だって、いくら揺さぶって起こしても眠いからって起きないんだもん。待っていたら朝ごはんを食べそこねちゃうし」
膨れっ面で、目玉焼きをモグモグ咀嚼する。
産みたて卵がとっても素敵なプルプル具合。
昨日食べそこなった黒パンはモチモチな歯ごたえがクセになりそうだし、付け合せのサラダはシャッキシャキ。
今朝のスープは具だくさんのミルク風味で食べごたえがある。
うん、ほっぺたが落ちそうだ。
こんなに美味しいものを食べないなんてもったいない。
寝坊なんてするもんじゃないんだよ。
寝坊助オルンさんは大損したっていうことだ。
親父さんがグリグリと俺の髪の毛をかき混ぜる。
でっかい手が脳ミソまでも揺さぶってくるので結構なダメージだ。
ちょっと、剥げたら嫌なんだよ。
チョ、、、ヤメロー。
……怖いからされるがままで、心のなかで叫んでる。
眉間に思いきりシワが寄っているのは否めないが、親父さんは気づかない。
「ガッハッハ。坊主にはまだわからんだろうが、若いうちは眠いもんなんだ」
「……そっかなぁ。おれの方が若いけど……」
ぽそっと反論を試みると、頭グリグリが背中バンバンに変わった。
グッフ。
せっかく食べた朝ごはんが逆戻りしちゃうじゃないか。
「子どもは別枠だろうが。おまえさんも生業をもって働くようになればわかるさ」
「そういうものです?」
「そういうもんだろ」
ガハハハっと豪快に笑いながら、親父さんは厨房に入っていった。
トレーに朝食セットを分けてもらって部屋に戻る。
寝坊助薬師さんは、やっと起き出して身支度中だった。
ちょっと居心地悪そうに挨拶をくれた。
「やぁ、おはよう」
「おはよう、お寝坊薬師さん」
小机にトレーをのせると、オルンさんは美味しそうだと目を輝かせる。
ふふん、感謝するのだ。
親父さんが気を利かせて持たせてくれたのさ。
俺は窓際に椅子を運んで、彼が美味しそうに朝食を平らげるのを眺めることにした。
「んっまーい。黄身がトロトロ〜」
うんうん、存分に味わって食べたまえ。
そして、食後のお茶まで部屋でいただくことに。
ついでとばかりに、今更件の剣の話になった。
「俺は朝一番に話してほしかったのにさ」
膨れっ面の続きとばかりに苦情を言っても許されると思うんだ。
「ははは……ごめん、ごめん。機嫌を直してよ」
「……むう」
「気絶した君のことが心配で深夜まで付き添っていたから、ちょっと起きるのが辛かったんだよ」
昨夜は面倒をかけてしまったようだ。
……そう言われると、いつまでもゴネているわけにはいかなくなった。
グビグビっと喉に冷めたお茶を一気に流し込んで、オルンさんが言った。
「結論からいうと、君はあの剣に滅茶苦茶気に入られちゃったようだね」
アッサリと言い切ったオルンさん。
今朝のお茶はちょいと茶葉を入れすぎちゃったようだ……みたいに、いたって気軽な感じである。
「は!? ナニソレ。……そんなわけないじゃんか」
俺は即座に否定する。
こんなのおかしい。
受け入れられるわけがない。
「だって、ねえ。現に剣が勝手に君に収納されちゃったし」
「なっ!? 収納? 勝手にっ!? ナニソレ……」
「え? あのとき、剣が君に吸い込まれたんだよ。アレが自ら収納されるなんて前代未聞の珍事件で、オレも驚いたのなんのって……それはもうビックリさ」
「すっ!? 吸込まれ……?」
「うん。ピカッと光って、スイっと吸い込まれた。で、君が気絶したっていうわけさ」
「えええええっ!? ナニソレ!!!」
もしかして、俺の身体の中に入っちゃってるわけ!?
やだやだ。あんなヤバそうなのと四六時中一緒にくっついているなんて、ありえない。
「いや……空間魔法で君に収納されただけだから、そんなに驚くことでもないでしょ」
俺に収納空間が増設されたっていうのか!? どうやって?? 無理でしょうが。
「おれ、そんな魔術使えないっていうか聞いたこともない。知らないんだから、ありえない」
「おやおや、アレだ。おそらくだが、剣のやつが勝手に君に魔術を使わせたんだな」
「だから、そんなの出来っこないってば」
「出来ちゃってるんだもの、仕方がないだろ? 便利だぞ、空間魔法術。滅多にないけれど……ある日突然に使えるようになる魔術だってあるんだよ」
そんなの嘘だろって言ったら、迷宮で獲得できる不思議アイテムでも稀に同様の事案が起こるらしいと説明された。
「いやいや、その話も胡散臭いんだよ」
「そう言わずに、とりあえず試してみればいいのさ」
「試すって?」
「んんと、“呼び出し”てみればわかるのさ」
「何を??」
「昨日見たあの剣を、強く思い出してごらんよ」
「怖いから嫌だし、ちょっと見ただけで気絶したからよく覚えてないし……」
逃げ回るのに必死だったから、じっくりと観察なんかしている暇はなかったんだよ。
「えええ……仕方がないなぁ。それじゃあ、頭の中で“グラウィス”と呼びかけてみて」
「?? グラウィス……?」
間髪入れずに目の前が輝いた。
「ぅぎゃ!!!」
情けない俺の叫び。
眩しくて、思わず両目をぎゅっと瞑る。
「おおぉ!」
感慨深げなオルンさん。
やっぱりそうだったと言いながら、うんうんと頷いている。
そろりと目を開けてみれば、視線の先に古風な剣が堂々と浮遊していた。
「ぅわぁ。……でたぁ~!!」
逃げようとする俺を、薬師さんがバシッと止める。
「大丈夫だよ。別に取って食われるわけじゃないし、ちょっと落ち着きなさいってば」
「ぅえぇ……でも、でもっ……」
「落ち着いて、頭の中で“収納”って唱えてみなよ」
「え? 収納?」
すると、シュルリと目の前の存在がかき消えた。
何事もなかったかのように静かな室内。
オルンさんは感心したように呟いた。
「なるほど。歴代の剣の持ち主が収納魔術を使えたのには、こんな秘密があったのかぁ」
「ええっ!? 何か知ってて助言してくれてるんじゃなかったの!?」
「いや? とくには何も。……何となく、そうなんじゃないのかなっては思っていたけどね」
「ちょっと! 違っていたらどうするつもりだったんだよっ!!」
「ははは。問題ないさ、君が剣に選ばれたことに変わりはないもの」
「ねえ、それって俺にも選んだり拒否ったりする権利があるんだよね?」
「うう〜ん、どうだろうね? そこのところはわからないかな」
新たな謎として研究しても良いかも知れないと、薬師さんは暢気に言った。
謎が解き明かされたようで何よりだが、更に次の謎が深まったらしい。
とにかくこんな事になってしまって困ってしまう。
怪しい剣と一心同体っぽいのだ。
いきなり知らない魔法技術を取得したらしい。
俺は、いったいどうしたら良いんだろうか。




