22)宿の部屋にて
闖入者を撃退するという、思わぬ出来事はあったものの……美味しいごはんでお腹がいっぱいな俺と、エールをおかわりでほろ酔い気分なオルンさんは無事に二階の部屋へと引き上げてきた。
二階の一番奥の部屋。
年季の入った木製扉を開けると、壁際にオルンさんの黒鞄がドンと鎮座している。
その隣には細長い布の包が立て掛けてあった。
「ちょっとオルンさん、大事な鞄をこんなふうに無造作に置きっぱなしで大丈夫なの?」
旅慣れた薬師さんが無防備に荷物を放置するとは思わないが……見た目は古ぼけた鞄だが、じつは不思議な魔術付与具だと知っているので、思わず心配になってたずねてしまう。
「ああ、問題ないさ。持ち主のオレ以外は、開けることも動かすこともできないんだよ」
「え、そうなの? ……本当だ。おれには持ち上げられないし、中身を取り出すこともできないや……」
俺が押しても引いても移動は無理だった。
もちろん鞄の口はビクともしない。
さすがは魔具だ。
泥棒対策も完璧だった。
一緒にあった細長い布包も気になっていた。
「オルンさんの鞄って、大きなものでも何でも入れられるんだよね? ……この細長いものは持ち運びが大変そうなのに、どうして鞄に入れないで別に持ち歩いているの?」
これが何なのかも聞いてみたいが、わざわざ背負って持ち歩く理由も聞きたかったのだ。
彼は、俺の疑問に悪戯っぽく笑って答えてくれた。
「これかい? こいつは鞄に入りたがらないんだよ。だから背負って持ち歩いているのさ」
「ええっ!? 荷物が鞄に入りたがらないって……どういうこと!?」
「ははは。やっぱり、そういう反応だよねぇ」
オルンさんの表情が苦笑に変わる。
「これはオレたちの一族に代々伝わる、誇り高き伝説の剣っていうやつなんだけど……オレはこいつに持ち主として認めてもらえてないんだよ」
「ええぇっ!? 剣が持ち主を選ぶの? ……そんなこと、あるの?」
「ああ。現にこうして、持ち主じゃないお前の鞄には入りたくないって拒否られているんだよ」
オルンさんが布包をグイグイと鞄に入れようとしても、半分ほど入れたあたりでボヨンっと勝手に飛び出てくるのだ。
「ええええ。剣が嫌がっているなんて信じられないけれど、……これはホントに入りたくないみたいだね」
「まあ、そういうこと」
「伝説の剣って言ったよね? どんな剣なの?」
「……聞きたいかい?」
「……うん」
本物の剣を見るのも初めてなのに、やたらと凄そうな伝説の剣が目の前に。
興味がわかないわけがない。
俺は前のめりに頷いた。
オルンさんはちょっと考えてから、君ならばもしかしたらこいつに認められるかもしれないと呟いた。
いやいや、それはないって。
吟遊詩人が語るような英雄譚だったなら、そんなこともありえるのだろう。
数年前の自分だったら、目をキラキラさせて……そうなったらどうしようとか、無用な心配をして浮かれたりしたのかも知れない。
でも、今の俺はそうじゃない。
院長先生が言うに……ここ数年ですっかり可愛げがなくなったらしい俺は、夢や希望よりも現実的な思考回路に偏りつつあったわけで。
要するにひねくれ者の屁理屈野郎と化していた。
「いやいや、面倒くさそうだから。おれは遠慮したいな……」
野次馬根性的な興味は大きい。
だけど、剣をもって戦いに身を投じる気はないのだ。
だから、関わり合うのは危険だという結論に至る。
もちろん、それはオルンさんが期待していた答えであるはずがなく。
「えええ〜。予想以上に反応が薄かった。君って勇者選定とかの英雄譚を知らなかったりするのかな? 封印されし聖なる剣の話とか、知ってるかい?」
巷で有名な、選ばれし勇者が封印された聖剣を手に入れて悪を滅ぼすという物語を引き合いに出してきた。
「村の収穫祭とかで旅役者が上演したりしてたから知ってるよ。でも、おれは勇者じゃないもの」
「うわぁ。まだ十歳なのに……夢も希望も枯れ果てているんだよ」
俺のいたって現実的な意見に、こんなにやさぐれちゃって可哀想にと茶化してくる。
いや、そんなんじゃないんだよ。
子どもな俺でも、自分の実力と臆病さを自覚しているっていう話。
「おれが勇者だったら逃げ出しているかも知れないよ。……だって、おれは戦えない。……怖いもの。孤児院を出たあとには、地道にどこかで農作業の手伝いとかをして生きていくつもりだったんだよ」
これは人を傷つけるのが目的の戦うための武器なのだ。
興味はあれど、同時にとても怖いと思う。
そういうことなのだ。
ワシャワシャと頭を撫でられる。
今からそんなに難しく考えなくても良いじゃないかと従兄弟は言った。
「難しいも何も、簡単なことだよ。おれは臆病者だから、認められるわけがない……ありえないよ」
「でもさ……こいつは元々、君の父親であるオレの叔父さんのものだったんだよ。彼の息子の君ならば、ひょっとしたらっていうだけのことさ……」
「オルンさんだって甥っ子なのだから、血筋とかはあんまり関係ないんじゃないかな?」
「うーん……オレのことは気に入らないが、次の持ち主が現れるまでは持ち歩きくらいはさせてやるぜっていう感じなんだよねぇ」
「それって、その剣が話をしたり意思表示をするの?」
「いや、ちがうよ? 何となくだけれど、そんなふうに感じるだけさ。こいつの態度っていうか反応で、オレが勝手に推測しているだけなんだけどね……」
詳しい説明によると────剣が拒否する場合は、その場に居座って梃子でも動かなくなるのだとか。
オルンさんが背負って持ち運び出来るということは、剣が彼のことをソコソコは認めているということらしい。
「まあ、実物を見てからのお楽しみ。とにかくご対面っていうことで〜」
「ええ〜、なんか知らないけど軽い感じで始まった!?」
一族に代々伝わる誇り高き伝説の剣だっていうのに、なんだか友人を紹介するようなお気楽さ。
もうちょっと真面目にやろうよ。




