21)闖入者たち
お腹が破裂しそうなほどに満腹なのだが、不思議と果実水は別な場所に吸収されるように飲めるのだ。
オルンさんが一人前と半分を完食しつつ大きな木のカップに注がれたエールを飲み干すまで、俺は白葡萄のやさしい甘さを味わうことにした。
宿の一階に併設された食堂は通りに面した場所にあり、窓越しに表通りのようすを窺う事ができた。
果実水を飲みながら通りのようすを眺めていると、店の前に二台の大きな箱馬車が止まった。
しばらくすると、中からドヤドヤと十数人ほどの男たちが降りてくる。
先頭の男が食堂の入り口を乱暴に開けて、ずいぶん繁盛しているじゃねえかと言葉を漏らす。
「宿の部屋は満室だって断られたが、せめて晩飯くらいは旨いもんが食いてえ。十四人ほどなんだが、何とかならねえか?」
男が強面店主の親父さんに向かってたずねたが、親父さんは首を振る。
「見てのとおりで満席だ。悪いが他をあたってくれ」
きっぱりと断られたというのに、男は不躾に店内を見回した。
諦めが悪いなぁ。
「へぇ、野牛の肉か。なかなか旨そうなモノを出しているじゃないか。俺たちゃ今日は森向こうの隣村で一寸ばかり嫌なことがあったんで、旨いもんでも食って憂さ晴らしがしたいんだよ。親父、そこを何とかならねえか?」
「……他をあたれって言ったはずだが?」
「そんなツレナイことを言わずに、なんとか頼むよ。隣村の村長のやつが家を見晴らしの良い場所に新築するっていうから、大口の仕事だと思って飛びついたんだが……今朝になっていきなり契約が反故になっちまったんだよ。得体のしれない厄介な草が生えてきて、家を立てるどころじゃなくなったんだとよ」
見に覚えがありすぎる俺は、ドキドキしながら話を聞いた。
これって……もしかして孤児院を解体して村長の家を建てるために雇われていた大工さんたちだろうか。
俺たちの仕業だってバレたら拙いので、とにかく知らんぷりでやり過ごす。
もちろん隣の薬師さんも、涼しい顔でエールをガバガバ飲んでいる。
俺も果実水で真似しようとしたが、カップは飲みきって空だった。
気にしないキニシナイ……飲んだふりノンダフリっと。
宿屋の親父さんが、根気強く肉が品切れになったから無理だと伝えている。
「なんだと? 品切れならば肉は諦めるが、他になにか作れるだろう? 何とかしろよ!!」
納得行かないと言いたげに、大工の男がしつこく言いつのる。
「見ての通りで満席なんだ。何度も言わせるな!!」
うわぁ、ヤメテ。
親父さんの額に青筋が。
これは、きっと怒ってるっていうか苛ついてるよ。
お構いなしに男が続ける。
ちょっと、ヤバイですって。
「俺たちゃ商都の腕利きの大工なんだよ。商都のビルズ商会傘下の大工を敵に回すと良いことないぜ?」
「ぁあん? 知らねえなぁ。テメエらが何様でも、こちとら客商売だ。道理をわきまえねえ奴は客じゃねえ。とっとと失せな!」
「何だと〜!? 飯屋ふぜいが生意気な。俺たちのバックにゃ商都の領主がついているんだぜ。業務不良で営業停止を喰らいたくなければ、丁重にもてなせよ!!」
「はぁ!? 巫山戯んな。どんなに脅されたって無理なもんは無理だ!!」
オーガの三白眼がギロリと光る。
持っている包丁もキラリと光る。
一触即発。
お願いだ……怖いから諦めて他所へ行ってくれよ。
ヒヤヒヤしながら見守る俺と、ノンキにモシャモシャ食事中なオルンさん。
薬師さんはグビグビっと追加のエールも飲み干した。
「プッハーっ!! めちゃくちゃ美味かった! 親父さん、ごちそうさま〜」
ええっ!? もう食べ終わったの? いつの間に!?
っていうか、空気読もうよ。
食堂中が緊張に包まれて沈黙しているっていうのに。
薬師さんの明るい声が、やたらと場内に響き渡ってしまったのだ。
「おう。兄ちゃん、良い食いっぷりと飲みっぷりだったな……」
「明日の朝ごはんも楽しみにしているよ〜」
「おう、任せておけ」
殺気立っていたはずの親父さんが毒気を抜かれたように答えを返す。
ゴネていた大工の男は呆気にとられて停止中。
それからオルンさんは何気なく親父さんにたずねた。
「何やら揉め事みたいだね?」
「まあな」
「ちょっと、オレに任せてくれるかな?」
「んあ? かまわないが、大丈夫なのか兄ちゃん……」
「うん、たぶん何とかなると思うよ」
「慝いな……」
「美味しい晩ごはんのお礼だから、気にしないで大丈夫さ」
「ガハハ、それじゃあ頼んだ。朝飯も期待しておいてくれ……」
「ははは、了解っ」
目の前で小声で早口のやりとりが交わされる。
何だか、ちょっと格好いいかも。
大工の男たちは入口付近で悪態をついている。
ここまでくると完全に営業妨害だ。
オルンさんはそこまでズカズカ歩いていって、先頭の男の腕をとって捻り上げた。
「はいはい〜、楽しくお食事中のお客さんに迷惑だから、ちょっと外へ行こっか〜」
「なっ、何だお前はっ! イテテテててっ!! 放せっ、痛いだろがっ!!」
一人をグイグイ押し出しながら、他の数人からの攻撃をヒラヒラ躱す。
器用に足で蹴飛ばして仕返しまでこなしているのだ。
入り口の扉が閉まり、店内に静けさが戻る。
そっと窓から外を覗くと、オルンさんが襲いかかった数人を殴り倒しているところだった。
すげえ……強いな。
大人の返り討ちって、ああやるのか。
何だか、すごく格好いいかも。
あれでちょっとした怪我人くらいは出ただろうが、そのあとは何やら穏便に話をしているようすだった。
少しすると、怯えたような男たちを乗せて馬車は静かに走り去っていった。
同時に、店内にはホッとした空気が漂った。
ヤレヤレ。
しかしオルンさん、彼らに一体何を言ったのだろう。
店内に戻ってきた薬師さんに親父さんが不思議そうにたずねると、オルンさんはニカッっと笑って答えた。
「何てことはないよ、奴らよりも強力な後ろ盾が居るって教えてやっただけさ。これでも大陸中で商売をしている身だからね、色々と偉い人ともお知り合いなんだよ」
どんな知り合いがいるかは内緒なのだと彼は言う。
「信用は商売の要だからね、お客さまの秘密は厳守っていうことで」
誰にも教えるつもりはないようだ。
気にはなるけど仕方がないよね。
気にはなるけど。




