19)宿屋にて
怖い親父さんがぶっきらぼうにたずねてきた。
低くて凄みのある声に、思わず薬師さんの後ろに隠れる。
「あんたら泊まりかい?」
オルンさんが答える。
「二人部屋を一泊たのむよ」
情けないことに俺の方は……他の宿屋にしようよっていう言葉が、喉の奥に突っ掛かって出てこない。
なんてこった。
村にはこんなに恐ろしい存在はいなかった。
背丈は俺の倍以上で筋骨隆々。
目から殺気が迸っている。
その様は、まるで物語で語られる大鬼のよう。
奴らは力が強く、人間の村を襲っては食料にしているらしいのだ。
旨そうだとか言って……とって食われたらたまらない。
俺は肉が少ないし背丈もないし、食べるところはないんだよ。
たぶん美味しくはないだろう。
孤児院の切なかった食糧事情を思い出しつつ、無言で従兄のローブをぎゅっと握りしめた。
オルンさんは、そんな俺の頭をポンポン撫でる。
心配いらないっていう合図だろうか。
初っ端から、こんなヤバそうな大人に出くわすなんて……一人じゃなくてよかったと、しょっぱい気持ちでしみじみ思う。
親父さんはカウンター台の上から帳簿を取り出してきた。
「この宿泊名簿に名前を記入してくれ。食事はどうする?」
「おるん……っと、これでいいかな。もちろん食事もつけてほしい。他所に食べに出るのも面倒だしね」
「オルンさんとお子さま一人だな。食事は一階の食堂で日替わりメニューを出しているから、消灯前の好きな時間に食べてくれ。部屋は二階の一番奥で、鍵はコレだ。それと、外出するときには必ず声をかけてくれ」
「わかった。明日の朝まで世話になるよ」
「二名様ご案内〜」
宿屋の親父の掛け声に、奥の方から女将さんらしき女の人がやって来た。
部屋まで案内をしてくれるらしい。
受付は女将さんのほうが繁盛するだろうにという思いが心の中を駆け巡る。
言葉に出すほどじゃないけれど、内心で突っ込まずにはいられなかった。
俺のしょっぱい内心に関係なく事態は進む。
つつがなく宿泊手続きが終わったようだ。
恐るおそる親父さんの顔を覗い見ると、相手はニコリと白い歯を見せた。
「おう坊主。疲れただろうから、ゆっくり休めよ〜」
「……っ、っはい……」
「ガハハ。ずいぶん大人しそうな子だなぁ」
「……」
大人しくはない自覚はあるが、無駄に敵をつくることはない。
べつに……弱気になってなんかないんだからなっ。
大鬼にケンカを売るほど命知らずではないのである。
ここは良い子のふりで乗り切ろう。
意外にも、彼は子どもの俺にまで言葉をかけて、頭をポンポンしてくれた。
あれっ!? 意外とアレだろうか。
ひとは見かけによらぬもの……っていうアレかも知れない。
そう思った次の瞬間、背後に衝撃が。
「ほれ、シャキっとせんか。男は強くて元気な方がモテるんだそ〜。ガハハハ!」
背中をバシバシ叩かれたのだ。
不覚にもヨロケてしまう。
無理。痛い。
涙目な俺は結論を出した。
親父は見かけ通りに強暴だった。
強暴親父とは違い優しそうな女将さんが部屋まで案内してくれた。
彼女は二階へと階段を登りながら、ご夫婦で宿屋を経営していると話してくれる。
似た者夫婦じゃなくって、対照的なご夫妻だ。
最近になって街の治安が悪くなったので、ああしてご主人が店番を担っているという。
おかげでガラの悪いお客が寄り付かなくなったと言っていた。
一部の善良なお客も逃げ出しているんじゃなかろうかと思ったが、俺の意見は飲み込んでおく。
アンタは一言多いと、よく叱られていたんだよ。
沈黙は金らしいのだ。
二階の奥の部屋に落ち着いた俺とオルンさんは、先ずは荷物を置いて手足を拭いた。
「ずいぶん親父さんを怖がっていたね?」
オルンさんが悪戯っぽい顔で聞いてくる。
「だって大鬼みたいで怖かったんだよ。村ではあんな大きくて怖そうな人は見たことがないよ」
「ははは、大鬼とは傑作だ。物語に出てくる空想上の魔物だね。実際に存在するんじゃないかとも言われているけど……どうだろうねぇ。きっとあんな感じでガッシリと大きいのかも知れないね」
いやさ、大鬼に会ったことはないんだけどね。
楽しそうに笑いながら、薬師さんは荷物の整理に取り掛かる。
黒鞄からは沢山の品物が取り出され、仕分け直され梱包される。
俺の住んでいた村に来る前に彼方此方で採取していた薬の材料や食材などの商品なのだそう。
それを荷造りして、あとで小鳩便で配送する準備をしているのだと教えてもらう。
「小鳩たちは手の平に載るくらいの重量しか運べないからね。荷造りも細かく工夫しないと効率が悪いんだよ」
小さな秤で何かを計ったり薬包紙で包んだり、まとめて封筒に入れたりと手際よく作業が進む。
俺は不貞腐れながら寝台に腰掛けて、彼の手元を興味深く見ていたのだった。




