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18)烏の巣立ちに薬師の道連れ



 隣街(となりまち)までの道をゆく。


そこから乗合馬車を利用する予定なのだ。


村から街へは街道が整備されていて一本道である。


天気は良好で、森を抜け草原の中道を張り切って進む。


前を進む薬師さんに遅れを取らないようにザクザク歩いていると、振り返った彼がごめんと謝ってきた。


意味がわからなくて首をかしげる。


「??」


「いや、つい自分のいつものペースで進んでしまった。もうちょっと君を気遣うべきだったよ」


「え。いや、大丈夫ですよ? 昼過ぎの馬車に間に合うように急いだほうが良いし、これから沢山歩くのだから慣れなくちゃ」


「それでもだよ。無理をすると後でしっぺ返しがくるからね……疲れが出たり足を痛めたりとか、(ろく)なことにはならないんだよ。旅には徐々に慣れていけば良いのだし」


「そういうものですか?」


「うん、そういうものだよ」


俺は今日中に馬車に乗るつもりでいたのだが、オルンさんは隣の街で宿を取り一泊するつもりだったらしい。


「急ぐ旅ではないからね。安全第一で、ゆったりと進もうか」


そんなやりとりのあとに、オルンさんは俺の隣をゆっくりめに歩いてくれる。






 二人並んで会話をしながらの道中だ。


「そういえば、君の名前を教えていなかったね」


「えっ!? おれはクロウですよ。髪と瞳の色が真っ黒で(からす)みたいだからクロウって呼ばれていたんだよ」


不吉(ふきつ)な印象の黒い鳥として(からす)(きら)われ者で、田舎のこの辺りでは(するど)(つめ)を持つカラスのことをクロウと呼ぶのだ。


「いやいや、それは村でそう呼ばれていただけだよね。君には、ちゃんとした正式な名前があるんだよ」


「ええ〜、今更ちがう名前を名乗るのはちょっとイヤだなぁ……もう十年もこの名前だったし、このままで良いんじゃないかな……」


「でも、(からす)のクロウは孤児院を巣立ったんだろう? これは丁度よい切っ掛けだろうに。もう(クロウ)はやめにして、自分の名前を受け入れたら良いと思うよ?」


「ううーん。それはそうなのだけれど……」


「とにかく、君は自分の名前を知っておくべきだ」


「まあ、はい。……そうですね」


そんな話の流れで、俺は本名を知らされることになったのだった。






 オルンさんが真剣な低い声で言う。


「君の名は、アイシス=フォルティスだ」


「アイ、シ……ス? 何だか女の子みたいな感じだなぁ」


「ははは……そう言うと思ったよ。双子の妹君の名前はユリアナ嬢だ。君たちの義理のお祖父様(じいさま)にあたる先代のフォルティス辺境伯爵が名付けたらしいのだが、どうやら二人ともが女の子だと勘違(かんちが)いをしたらしい。あとになって君が男の子だってわかっても、どうしても他の名前がしっくりこないって言い張って、そのままアイシスになったって聞いたよ」


「うえぇ。変更してはもらえないのかな? こう、もうちょっと強そうな名前とかに……」


「王国の貴族名簿に登録されているって言っていたから、たぶん無理じゃないかな。君たちのお祖父様がせっかく考えてくれた名前だし、諦めて受け入れたら良いとおもうけど。慣れれば馴染(なじ)んでくると思うし」


「ううーん、何だか微妙だなぁ。馴染めるものかな?」


「まだ十歳だもの、この先の人生のほうが長いだろう? 何とかなるんじゃないのかな。たぶん?」


「うえぇ……ずっとしっくりこなかったらどうしよう。可愛らしすぎて爺さんになったら余計に馴染まない気がするよ」


「ははは。まぁ、お気のどくさま?」


自分の本名とやらが明らかにされたが、どうにも違和感がありすぎる。


烏は真っ黒同士で親近感があったから、クロウという名は気に入っていたのだけれどなぁ。


会った覚えのないお祖父様とやらに、ちょっと苦情を言いたくなってしまう。


もう赤ん坊じゃないから可愛い名前は似合わないと言い張って、変更してもらえたら良いのだが、どうだろう? 


無理だったら仕方がないけど、変更希望な俺だった。







 隣町には昼過ぎに到着することができた。


砂利道だった街道は敷石の路になり格段に歩きやすくなったので、より周りを気にする余裕ももてる。


村とは違い馬車や人通りも増え、建物が密集して込み入った場所である。


ギリギリ()()みで乗合馬車に乗れたはずなのだが、オルンさんは宿で一泊すると言う。


「宿代とか交通費とか、節約したほうが良いんじゃないですか?」


「ははは。別に高級宿屋に泊まるわけじゃないから問題ないって。お子さまは余計な心配をしなくて良いんだよ」


「だって……おれ、へそくりの小遣いしか持ち合わせがないんだよ。宿屋に一泊したら馬車代が払えないかも知れない……」


「おいおい、君に払ってもらおうとは考えていないから安心しなさい。辺境伯爵家から必要経費が支給されているから大丈夫。お小遣いはあとで菓子でも買ったら良いよ」


「いや、無駄遣(むだづか)いはダメだよ」


「でも、辺境は田舎よりも何もないところだから、買い食いをするなら今のうちだよ?」


「えっ!? そうなの??」


買い食いに興味津々だったりするのだが、こんな風にオルンさんが迎えに来てくれなかったら俺には縁のなかった行為だったんだよなぁ。


それに、孤児仲間たちは未だにひもじい思いをしているかも知れないと考えると、自分だけが贅沢(ぜいたく)をするのは気が引けた。


そういうことで今回は見送ることにした。




 オルンさんに辺境ってどんなところかと質問をすると、彼はとにかく何もないところだと答えた。


孤児院があった村も周囲を森に囲まれて何もなかったが、それよりも何もないらしい。


「王都を通り越して反対側に広がる国境付近が辺境と呼ばれている場所なんだけど、『未開の地』とか『文化果つるところ』とか悪口を言われ放題な、とっても広大な田舎のなかの田舎だね。あるのは森林と荒野だけ。最近は開拓が進んで農地も増えたって言っていたけれど、そんなところだよ」


「へぇ……村よりも田舎な場所があったのか。どんなところか、ちょっと楽しみかも」


「辺境と聞いて楽しみだって言う人も珍しいよ。変わり者だねぇ、君も」


「街もキライじゃないけれど、おれは山とか森の緑が多い場所の方が落ち着くんだよ」


「ふーん、オレもそうだなぁ」


「それなら、オルンさんも変わり者じゃないか」


「ははは。そうかも知れないな〜」


君とは気が合いそうだと薬師さんが笑う。


「君が田舎の古巣を巣立つのだから、従兄(いとこ)のオレとしては道連れとして安全で楽しい旅を提供しようじゃないか」


「従兄?」


「おや? 昨日説明したじゃないか。君の亡くなった父親はオレの叔父なんだ。だからオレたちは従兄弟同士(いとこどうし)ということだよ」


「……そっか。おれたちって親戚(しんせき)なんだね……」


「そう。種族は違うかも知れないが親戚だ」


「おれに親戚がいたなんて、実感わかないけれど……なんか嬉しいな」


「それは良かった。ついでに年齢もものすごくはなれているけれど、問題なしさ」


賢者さまの本に『旅は道連れ世は情け』なんていう言葉が出てきたが、従兄の薬師さんが道連れならば心強い。


内心でホッとしている自分に気がついた。


正直に白状すると、やっぱり心細かったのだ。


うん、一人旅は大人になってからということで。






 そんな話をしながら街なかを歩いているうちに、街の中心部へとやって来た。


通り沿いに進んで行くと大きな木の看板が目についた。


刻まれた店の名前は『金の銀杏(いちょう)亭』。


「この宿屋に世話になろうか」


オルンさんが言って二人で入り口から店内を(のぞ)き込んだら、ギロリとこちらを(にら)む屈強そうな親父(おやじ)さんと目が合ってしまった。


ひえぇ、怖いなぁ。


用心棒とかかも知れないけれど、泊まろうとしたお客が逃げちゃいますよ?


だって、俺も今すぐ逃げたい気持ちでいっぱいだもの。









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