15)……あとを濁さずっていうか
オルンさんは黒鞄から取り出した小さな巻物をテーブルに広げた。
そこには見たこともないような模様と文字の列。
薬師さんが巻物の中央部に指を触れて、何かの文句を唱え始めた。
指先からホワリとやわらかい光が溢れ、それが模様に吸い込まれる。
「召喚**□□□**権限*****我、友を求め友愛を示す者**速達*要請*****要至急**」
テーブル上の空間がわずかに揺れた。
そしていきなり現れたのが、純白の丸っこい羽毛の塊だった。
「クルッ、クルッポゥ」
わぁっ、何!? 鳩!?
いや、鳩にしてはかなり小さい。
片手にちょこんとのっかるくらいの大きさだ。
現れた羽毛に目を奪われ、唖然と見つめる。
クリクリの紅い瞳と目があった。
コテッと首をかしげている仕草がほほえましい。
小さくて丸くて、とにかく可愛い鳥だった。
ウインドピジョン────自由自在に風を操り、気ままな場所に現れる小さな鳩。
鳩とはいっても、その辺にひょこひょこ歩いている野生の鳥とは別物である。
幻獣と呼ばれる魔法生物の上位種で、知能が高く人との意思疎通が可能なのだとか。
たった今、全部オルンさんから教わったばかりのことだけど。
幻獣なんて存在を初めて知ったし、初めて見たよ。
魔法生物、いわゆる魔物と呼ばれる生き物は見たことがある。
村外れの森の奥に少しだけ魔素が濃い場所があるらしく、ときどきプルプルの粘液でできた水溜りのような奴らが這いつくばっていることがあるのだ。
スライムモドキと呼ばれている、森の中で狩りや作業をする者ならば誰もが知っている身近な魔物である。
臆病な生き物で、向こうから襲いかかってくることは滅多にない。
攻撃されても酸っぱい匂いの液体を吐き出してくるだけなので、大繁殖でもしない限りは基本的に放置されている。
この村付近の魔物は、そんな存在が多いのだ。
熊とか猪とか、むしろ野生動物のほうが恐ろしい。
俺の数少ない魔物知識はそんなものだった。
だけど、もっと魔素の多い場所の魔物は脅威なのだと聞いたことがある。
魔法を操り攻撃性も高い。
魔獣とも呼ばれ、人知を超えた能力を持つ獣なのである。
彼らは野生動物が濃厚な魔素の影響を受けた為に魔力を多く持つようになり魔法生物と化したもので、魔獣は魔素を取り込みすぎると自我をなくして狂暴化する事が多いという学説がある。
そういった対象は頻繁に討伐対象に挙げられる。
こちらは院長先生の蔵書から得た知識だ。
オルンさんの話によれば幻獣も人知を超えた能力を持つ獣で、知能が高く人との意思疎通が可能ならしいが、存在自体が珍しく滅多に人前には姿を現さないという。
……そんな珍しい存在が目の前にいるなんてと感動しつつ観察させてもらうことにした。
じっと見ていると、目の前の小鳩がフルフルと震えた。
何ごとだろう思ったら、ころころっと白い羽毛が四個に別れた。
皆が同じような白い羽根に紅い瞳。
「ぅえっ!? 分裂した!?」
「ははは。元から四羽がくっついて現れたのさ。この子たちは同じ巣で育った四つ子でね、とても仲が良いんだよ」
オルンさんはそう言いながら、白い小鳥たちに一通ずつ手紙を託す。
「宛名の人物に急いで配達してほしい。頼んだよ」
「「「「クルッポゥー!!」」」」
ちゃんと依頼の内容を理解したらしい。
元気な返事とともに、四羽ともが空間の揺らぎの中へと姿を消していった。
「これで、四箇所に連れて行かれた孤児たちの救出依頼は完了だ」
すぐに良い返事がもらえるだろうと彼は言う。
それからもう一つ同じような巻物を取り出して、同じような手順を踏んだ。
次に現れたのは、先ほどよりもひとまわり大きな灰色の小鳩。
「クルルッ」
茶色の瞳をくりくりさせて、御用はなあにとでも言いたげに小首をかしげる。
オルンさんは残りの手紙をこの小鳩に託した。
「これをルカート商会の相談役に頼むよ。彼は王都の支店に滞在しているはずだから、折返し返信を預かってきてほしい」
「クッ、クルッポー」
任せろと言わんばかりに胸を張って、灰色の小鳩も空間の向こう側へと消えていった。
あとに残されたのはテーブルの上の巻物二つと、未だに目にした光景が信じられなくてゴシゴシ両目をこする俺。
それから、ニヤリと得意そうな表情のオルンさん。
わずか数分間の出来事だったが、夢か幻を見たような変な感じだ。
水を出すとか火をおこすとかの簡単な魔法ならば見たことがある。
魔法の資質を持たない人も、魔具や魔道具でそういう魔法現象を利用することができるのだから。
でも、こんな不思議な現象は見たことがない。
明らかに魔法以上の特別な方法だった。
「これって、魔術?」
思わず疑問として口から漏れた言葉に、薬師さんが頷いた。
「ご明答。召喚術っていう、魔法技術さ。馴染みの小鳩を魔法陣でここに呼んだんだよ」
「すごい……こんなの初めて見たよ……」
「ははは。君の院長先生は見せてくれなかったのかい?」
「先生が魔法や魔術を使えるなんて、ちっとも知らなかったです」
「そうなのかい」
「はい」
「もしかしたら師匠もこの村の人間には気を許していなかったのだろうね。魔術が使えるって知れると素性を問われたり面倒だと考えたのかも知れないね」
「そうかも知れません。とにかく、オルンさんの魔術がおれの見た初めてですよ」
「ふふ、君が見た初めての魔術か……それは光栄だね」
とりあえず君の心配事を減らせて良かったと、オルンさんが言った。
そっか……これで孤児仲間たちはオルンさんのお仲間に助け出してもらえるってことか。
そう思ったら、ちょっと体の力がぬけてヘナヘナと崩れて座り込んでしまった。
「おいおい。大丈夫かい!?」
「うん、大丈夫。……安心したら、ちょっと気が抜けちゃったみたい」
慌てて腕を伸ばし助け起こしてくれる薬師さんに、改めて感謝の言葉を伝える。
「オルンさん、おれの仲間たちを助けてくれてありがとう。あなたがここに来てくれなかったら、仲間たちが酷い目にあっていることにも気がつけなかった。もし気がついたとしても、子どものおれにはどうすることも出来なかっただろうし……」
「行商人仲間からの返事がくるまでは状況がわからないが、出来ることはさせてもらったよ。だから、その件についてはどういたしまして、だな。でも、これは師匠の尻拭いの一環だから気にするな。」
「でも、おれたちのために動いてくれたんだもの、感謝だよ。オルンさんの行商人仲間にも何かお礼がしたいなぁ……おれに出来ることなんて、ちょっと考えつかないけれど……」
「まったく子どもらしくないっていうか、君は変な風に律儀だなあ。うーん、それならば……行商人仲間にはお礼の手紙でも一筆書いてもらおうかな。商売っ気ばかりの連中だから大きくなったらご贔屓にって言ってくると思うけど、君ならば良いお客になってくれそうだ」
そういうことで宜しく頼むよと、薬師さんは良い笑顔で言ったのだった。




