14)立つ鳥あとを……
オルンさんが頭を抱える。
「うわぁ。腐りきってるよ……素朴で長閑そうな村なのに、中身はドロドロ……こんなところに師匠はよく十年も暮らしていたものだ」
贈収賄なんて日常茶飯事。
位の高い役人には贈り物をして媚びを売る。
弱いものからは金品を巻き上げ、狡賢い商人とは結託して悪だくみ。
とは言っても小さな村だ。
村人相手に金品なんてたかが知れているから、土地の権利とか作物の売買利益とかが主だったみたいだけれども。
賭け事や脱税に、もしかしたら恐喝とかもやっていたかも知れない。
全員が悪人なわけじゃないけれど、村民たちは見て見ぬ振りが当たり前。
村長に逆らったりしたら、孤児院のように村八分にされることは明白だった。
俺たちは、格好の見せしめとなっていたのだ。
「証拠がないから訴えても無駄骨なんだよ。よそに引っ越すのは費用がかかるし、住み慣れた場所を捨てる勇気はないんだってさ……年寄りたちの茶飲み話で聞いたんだ」
「まったく……子どもに何ていう話を聞かせてるんだよ。君がこんなにヤサグレちゃったのは、ここの住人たちのせいかも知れないな」
「水車番の爺ちゃんは、社会勉強だって言ってたよ?」
「おい水車番、もっとマシなことを教えろよっ」
共有するべき情報は、薬師さんの眉間にシワがよりっぱなしの内容だったらしい。
ドロドロの村内情報を共有したが、悪徳村長の日常が役に立つとは思えない。
だが、とりあえず相手がわりと悪人だということは理解してもらえただろう。
他に何か言っておかなくてはならないことがあるんじゃないかと考え込んでいると、オルンさんが先ずは孤児仲間たちを何とかしようと言い出した。
「孤児たちの名前と行き先がわかるようなものはあるかな?」
「それなら、たしか若先生の机に仕舞ってあったはず。皆の行き先が決まって用が済んだからと処分したかも知れないけれど、確認してみるよ」
院長先生の隣の部屋へ入り込み、机の引き出しをゴソゴソ探る。
金目のものはないけれど、幸いにも書類や帳簿などは残されていた。
その中の新しそうな書類を手にとってパラパラめくる。
よし、これだ。
「うん……俺以外の十五人、全員分の引取先が記されている。行き先は全部で四箇所か」
ジョングリズリーズの欄に、クロウと俺の名前が書かれていたが斜線で削除されていた。
「どれどれ見せてごらん。……うーん、やはり四箇所とも孤児院じゃないみたいだ。王国内の娼館や奴隷商会だな。」
「王都のジョングリズリーズ会館と南の会館支店、西のリーベリルの家、商都にあるジェミルの館……どこの孤児院も、わりと似たような名前で呼ばれたりするからややこしいんだよ……」
商売をしていて屋号に館とか園とか〇〇の家なんてつけているのは、たいがいは人を扱う奴隷商か子どもに言えないような方法で客をもてなす商売をしている娼館というところだとオルンさんは言う。
「娼館は大人になったら行ってみればいい。綺麗なお姉さんが沢山いるところだよ」
いや、そんなムダ知識いらないから。
まったく、十歳の子どもに何てことを教えてるんだよ。
チロリと睨めば、おませな君なら問題ないさと軽く肩を叩かれた。
俺は可愛気がないとは言われるが、マセガキと言われたことはない。
ないはずだ。たぶん。
オルンさんが顎に手を当ててへの字口になっている。
件の書類を読みながら目を細め、何やら考えているようだ。
「さっきは若先生も騙されているんじゃないかって言ったけれど、これは前言撤回だな。この書類の文面だと、女の子を優先してくれとか読み書きができる子どもを回してくれとかの要望に応えている。彼女は自分の教え子たちを、行き先が奴隷商や娼館だとわかっていながら送り出したんだよ」
たしかに相手側からの手紙が挟まれていて、照らし合わせると娼館らしい場所に連れて行かれたのは女子ばかりだ。
都会の商会には読み書きが達者なやつが行っているし、南の開拓地へは体力のあるやつが連れて行かれている。
やはり、これは孤児のことを知り尽くしている若先生による振り分けなのだろう。
俺は、自分の気持ちを手繰り寄せるように瞼を閉じた。
「……そっか」
色々と吐き出したいのに……グルグル廻った末に出たのは、この一言だけだった。
オルンさんは再びポンポンと俺の肩を叩いてから、励ますように明るい声を出した。
「孤児たちのことならば、大丈夫。行商人仲間に介入してもらえると思う。小鳩便の手紙で孤児たちの救出を依頼するから、安心するといい。彼らならば、きっと悪いようにはしないから」
「小鳩便? 行商人仲間?」
「うん。取り扱う品物も種族も考え方も違うけれど、オレには仲の良い商人の知り合いが何人も居るのさ。今すぐに連絡をとって動いてもらおう」
居間に戻ってきて、黒鞄から筆記用具を取り出した薬師さん。
簡素な便箋に達筆な文字をはしらせる。
あっという間に五通の文書が出来上がった。
四通は、各方面の商会近くに居るであろう行商人仲間への依頼書。
内容は、これこれこういう怪しげな場所に何も知らない孤児が連れて行かれているので救援を頼むといったもの。
孤児の名前、年齢、特徴なども細かく記載され、今回の詳しい経緯も記されている。
あとの一通は、王都のとある大店に宛てたものなのだという。
「知り合いの商人が王都に居てね、彼ならば孤児たちをちゃんとした養い先に手配してくれると思うんだ。十五人の行き先を探してもらえるように頼んでみるよ」
「……良かった。オルンさん、ありがとうございますっ……」
兄弟とも言える孤児仲間たちを助けてもらえると聞いて、感極まって泣きそうになる。
「いや、君がここを巣立つのに後悔や心残りがないようにね……出来るだけのことはさせてもらうよ」
「こんなに色々……俺のために。……どうやって恩を返したらいいのやら……」
「いやいや、元々はオレの師匠がちゃんと後を任せられるような人材を育てられなかったのが原因だからね。だから、この件で君が恩を感じることはないんだよ。師匠の不始末を弟子であるオレがケリをつけるだけなのさ」
「でも……」
「そう思ってくれるのなら、元気にここを旅立ってくれたらそれで良いのさ」
「……はい」
薬師さんは三度ポンポンとオレの方を叩いて、黒鞄の中から何かの巻物を取り出したのだった。
若先生のことは、これきりだ。
孤児たちの行く先は記録として残されていたけれど、彼女はどこへ行ったかわからなかった。
一応は探したけれど、手がかりらしいものも見つからなかった。
それにね……俺たちと違って、若先生は大人だ。
若いけど、ある程度は自分のことを自分で決めることができたはず。
彼女は騙されたわけじゃなく、自分でその道を選んで行ったのだろうから。
だからね……きっと。
もう、これきり彼女を話題にすることはないだろう。




