13)紹介状と若先生と……無知で無力な烏
夜が明けた。
寝室の窓から朝日が差し込んで、眩しさに思わず薄目を開けて辺りを見回す。
隣に寝ていたはずの薬師さんの姿はなくて、居間の方で物音が聞こえる。
オルンさんは、どうやら先に起きているようだ。
井戸水を沸かして白湯くらいは飲みたいと台所に向かえば、居間の方から呼び声がする。
「おーい、おはよう。朝食の支度はできているから、顔を洗ってこっちへおいで。お湯もたっぷり沸かしてあるし、ちょっと美味しい野草茶をごちそうするよ」
それはありがたい。
お茶なんていう贅沢品は何年ぶりだろうか……野草って、煮出して飲める草のことだろうか。
何だかわからないけれどちょっと嬉しい。
「はーい、ありがとうございます。今行きます〜」
顔を洗ってスッキリすると、身支度を整えて居間に直行した。
扉の向こう側には、青臭いような香ばしいような良い香りがたちこめていたのだった。
フチの欠けたカップに琥珀色の液体を注いでもらって、スンスンと香りを楽しむ。
「おや、お子さまのくせにずいぶんと年寄りくさい仕草だね。そんなに珍しい匂がするかい?」
「えっと、香ばしい良い香りです」
「ははは、そうかい? それは良かった。旅の道すがら、あちこちで野草を採っては乾燥させてお茶にして楽しんでいるんだよ。良かったら、おかわりもどうぞ」
「はい、いただきます。美味しいし温まります」
植物に詳しいらしい薬師さんがブレンドした特製野草茶は、香ばしくてほんのり甘味があった。
少しだけ草の香りも残っていて後味は爽やか。
季節や土地で採れる野草も変わるので、その時々の風味を楽しむ面白みがあるのだとか。
勧められるままに二杯目も飲み干して、満足の息をつく。
そのようすを見ていたらしいオルンさんは得意そうにニコリと笑う。
「気に入ってもらえたようで、嬉しいよ」
「はい。これは好きな味かも」
「そうかい、君とは好みが合いそうだ」
好きな味だと伝えると、オルンさんは機嫌良さげにそう言った。
昨夜と同様で朝食にも薬師さんの保存食をご馳走になり、手早く出発のための荷造りをする。
荷造りと言うほどの荷物はないし昨日の今日のことなので、忘れ物がないかと再点検するくらいで終了だ。
その際に、食堂のテーブルに置き去りにされたままの皺くちゃな封筒を、オルンさんに発見されてしまった。
若先生が俺に押し付けていった村長の紹介状である。
「何だいこれは?」
彼が中身の文面を読んで呆れ返っている。
王都の孤児院への紹介状だと思っていたが、どうやら違うらしかった。
「若先生とやらは王都の孤児院って言っていたんだよね? ううーん……これって、どう見ても有名な奴隷商会の名前だ。君、これは突っぱねて正解だったよ」
オルンさんが言う。
「このジョングリズリーズ会館っていうのは、名前は学校や孤児院みたいだけれど王国全土に幅を利かせている奴隷を扱う商会なんだよ。王国には何軒かの奴隷商会があるのだけれど、この商会はあまり良い噂を聞かないな」
その怪しげな名前の施設からは、遥々と王都の本店から迎えが来たりもしたのだが、俺は捕まらないようにその都度上手く逃げ回っていたので難を逃れたらしい。
奴らは仕方なく年下の三人の孤児たちだけを連れて行ったのだ。
その後になっても、空きがあるから今からでも王都に来なさいと再三に渡って連絡をよこしていた。……もちろん全て無視である。
ついていった子たちは、商品として引き取られていった。
つまり、……そういうことだよな。
俺も、商品として誘われていたということだ。
「いやぁ、君が連れて行かれていたら滅茶苦茶面倒なことになっていたよ。探すのにも骨が折れただろうし。────それにしても……これは人身売買っていうか、奴隷制度の取り決めをハッキリと犯しているから、世間に知られると奴らは拙い事になるだろうなぁ〜。」
事情を察したらしいオルンさんは、悪い顔でニヤリと笑った。
ちょっとだけ怖かった。
それよりも、心配なのは孤児仲間たちだ。
「もし、そのジョン何とかっていうのが孤児院じゃないのなら……俺の元兄弟たちは今頃は奴隷にされているんだよね。何とか助けることはできないのかな?」
あの意地悪村長のことだ、他の紹介先も碌なところではないのかも知れない。
元気でやれよと送り出した仲間たちのことが、今頃になってとても心配になってきた。
「若先生は知っていたのだろうか。もしかして……知っていて孤児たちを売り渡したのだろうか」
疑いだしてしまうと、何もかもが信じられなくなりそうだ。
「いや、その人も騙されたんじゃないのかな。師匠の孫娘だと言っていたらしいが、オレの師匠は未婚だったはずだよ。親戚を頼って出ていったそうだけれど、師匠に人間族の親戚がいるなんて聞いたこともない。」
「どういうことです?」
「孤児院の院長には実の子どもも孫もいない。彼女は、将来的に孤児院を任せるための養子か何かだったんだろうと思う。師匠も年をとって先々のことを考えていたのだろうね」
「もしかして、若先生も俺たちと同じだったのかな」
「師匠……君たちの院長先生は、君たちと同じような身寄りのない年頃の女の子を引き取ったのかも知れないね」
「でも、若先生は親戚を頼って出ていったはず」
「うーん。そもそも、いないはずの親戚が現れたのが怪しいね。そいつらも村長の息がかかったロクデナシどもかも知れない」
院長先生や若先生に頼れるような親戚がいたならば、今までこんなに苦労はしていなかったはずだよと言われて、ストンと腑に落ちてしまった俺。
こんな風に納得したくはないのだが、それもそうかと言うほかはない。
「そんな……。都合よく今頃になって親戚がいたなんて言う話は、たしかに怪しすぎるけれど……じゃぁ、若先生はどうなっちゃうの?」
思わず、すがるようにオルンさんに問う。
しかし、彼は静かに首を横にふるだけだった。
そんな顔をするなと薬師さんに指摘されなくても、今の自分の表情が情けないという自覚はあった。
「……そんな。嘘でしょ……若先生まで……」
だって俺、何にも知らなくて何にもできない。
若先生が騙されていて、もしかしたら酷い目にあっているかも知れないのに。
一緒に育った孤児仲間たちが、奴隷として売られていったというのに。
俯いて、涙をこらえるしかできないんだ。
ワシワシと頭をかき混ぜられる。
「ほらほら、そんなにションボリしなさんな。できることは限られるが、このまま知らんぷりっていうのも寝覚めが悪いじゃないか」
手遅れかも知れないが、諦めるのは違うだろとバシバシ背中を叩かれた。
「相手が村長じゃぁ、訴えでたところで揉み消されそうだしなぁ……さて、どうしたものか」
泣きそうな俺と何やら考えがありそうなオルンさんとが顔を見合わせて、コクリと頷きあった。
後悔はしたくない。
何ができるかわからない。
とにかく諦めたくない。
俺ひとりではどうにもならなかっただろう。
しかし、どうやら薬師さんが協力してくれそうなのだ。
これは是非ともお願いしたい。
「オルンさん、おれが知っていることを全部話すので……どうしたらいいのか一緒に考えてくれませんか? えっと、おれ……何もできないから……力を貸してくれませんか?」
ドギマギしながらお願いしてみると、彼は今更何を言っているんだいと返してきた。
「もちろんさ。オレも、これはちょっと酷いと思うし……知ってしまったならば放ってはおけないよ」
「……ありがとう。……よろしくおねがいします」
ならば、先ずは情報共有が必要だ。
知っていること考えうることを、ここで全部洗いざらい吐き出してしまおうじゃないか。




