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9)魔法の話は益々胡散臭かった

 人類の全員が魔法を使えるわけじゃない。


残念ながら自分も魔法を使うことはできない側の一人だった。


それは仕方がないことだと思っていたんだ。


それなのに。





 オルンさんは言う。


「魔法っていうのはね、魔力を(もち)いて作用(さよう)させる現象のことだ。世界のいたるところに存在する魔素を魔力というエネルギーに合成、その力を動力や火や水や光などのあらゆるものに変換するんだ」


それに対して、魔素や魔力に頼らない自然エネルギーを用いて作用させる現象は科学などど呼ばれるらしい。


「魔術と略される魔法技術は、魔法の現象を組み合わせたり応用したりして開発された専門技術の体系なんだよ。単純な魔法ならば知識がなくても使用することができるが、魔法技術は専門家に師事してその技術と知識を身につけなければ使うことができない。いや、自己流で使用する人も居るにはいるが、危険だし効率的とは言えないだろう」


だから、魔術師を志す者は専門の学校で学ぶなどして修行をする必要があるという。


まず、魔法の才能があることが前提なんだけれどもね。






 説明は続く。


「魔法能力、これも魔力と略されるからややこしいが……これは、体内に魔素を取り込んで魔力を合成する力と、力を貯蔵し他の形態のエネルギーに変換し、魔法を発現させる能力とがある。魔力充填力と魔力発現力なんていう言い方もあるんだ」


ううーん……専門用語が多くなってきた。


理解できないほどじゃないけど、ちょっと退屈なんだよ。


ほら、俺は魔法を使えないから他人事みたいに思ってしまうわけなのだ。


そんな俺の気持ちなんかはおかまいなしで、話はどんどん進んでゆくのだけれど。


「エネルギーとしての魔力には、様々な性質や濃度のものがある。それを行使する魔術師も、種族や個体によって貯蔵や発現できる魔法の大きさや質が違うんだ。その違いによって個人が扱える魔法の性質や強さなどに差が出るというわけなんだよ」


よくわからないけれど……要するに、色んな種類のエネルギーがあって、魔法使いや魔術師はピンからキリまで実力差がある……ということなのだろうか。


魔法に結びつく魔力の種類としては、<光><火><風><雷><地>などの性質をもつものが知られているが、他にも未確認のものが沢山あると言われていて偉い学者先生方の研修対象にもなっているらしい。




 オルンさんの話の中で興味深かったのは、種族によって魔法能力の高さに違いがあるということだ。


種族に関係なく抜きん出た魔法能力を発揮するような例外はあるが……獣人種族や海洋種族などは、それぞれの種ごとの身体能力が著しく高性能だが、一般には魔法の才能を持つ者は稀であるらしい。


人間族では数十人にひとりくらいは有能力者が存在するとされているが、扱える魔力量はごく少量で能力そのものは高くないという。


しかし、人間族は特有の高い知能を活かし、工夫をこらして様々な魔法技術を開発してきたのだということだった。






 人間族に比べてエルフは高い魔法能力をもち、ほとんどのエルフは有能力者なのだという。


「それじゃぁ、おれは人間族っていうことだよね」


「いや、それがそうでもないんだよ。極稀に魔法が使えないエルフもいるし、やたらと魔力が高い人間だっていたこともある。……それにね、君は魔法能力が高すぎるから師匠が実家から連れ出す羽目になったんだよ」


「うそだよ、そんなの。色々と試したのに、ウンともスンとも何にもなかったんだから。信じられないね、そんなうさん臭い話」


あまりにも突拍子(とっぴょうし)もない話に、ついムキになって言い返す。


「ははは……胡散臭(うさんくさ)いって言われてもねぇ。信じてもらえないんじゃ、困ったなぁ〜」


オルンさんは、ガシガシと頭を掻きながら小さな溜め息をついた。


「ううーん……なんと説明すればいいかな。君は、人間族の子どもにしては魔法能力が高すぎた。周りからどんどん魔素を取り込んで魔力を溜め込んで……生れてすぐなのに爆発寸前だったらしいんだよ。師匠からの知らせには詳しい説明がなかったのだけど、彼女が誰にも相談無しで即座に行動を起こすくらいには危険な状態だったんだろうね。その一触即発な状態を安定させるのに十年もかかってしまったと手紙に書いてあったよ」


魔素を取り込んで魔力を合成、それを身体に貯蓄したり魔法として発現させたり────そういった一連の流れを魔力循環(まりょくじゅんかん)というのだが……赤ん坊時代の俺は、それが上手くいっていなかったらしかった。





 院長先生がオルンさんに俺のことを(たく)す際に、手紙で簡単な説明があったらしいのだが……大まかに、魔力暴走を起こしそうな赤ん坊を親元から連れ出して面倒を見ていたとしか書かれていなかったという。十歳になったその子を親元に戻してほしいと手紙で依頼されたのだと彼は言った。


「旅先に、いきなり小鳩(こばと)が現れてねぇ。……えっ、小鳩便(こばとびん)を知らないの? ウィンドピジョンっていう鳥の幻獣(げんじゅう)が、どこにでも手紙を届けてくれる便利な仕組みがあるんだよ。……まあ、その話は置いておく。────とにかく、師匠から依頼を受けたオレは事情を説明しようと辺境伯爵家へ行ったんだよ。そしたら先方にもさっき見せた手紙が届いていてね……それを借りて、君を迎えに来たっていうわけなのさ」


オルンさんは鼻息荒く説明を結ぶ。


どうだわかったかと言わんばかりである。




 何となく俺が実家から連れ去られた経緯はわかったが、自分が魔法能力を有しているらしいという話は、どうしても胡散くさいと感じてしまう。


院長先生の書架から魔法の教本を持ち出しては、日々難解で意味不明な呪文を唱えたり、毎日早朝から瞑想の真似事をやってみたりしてた黒歴史を思い出し、やるせない気持ちになったからなのは薬師さんには内緒だ。


「オルンさんがおれを迎えに来てくれた経緯はわかったよ。でも、俺に魔法の資質があるとは思えないな」


「ははは。やっぱり、そう簡単には信じられないかい?」


「……だって、現におれはちっとも魔法が使えないし。院長先生にも、いい加減にあきらめなさいって言われていたし」


そうなのだ。俺を誘拐したっていう院長先生が、人知れず無駄な努力をしていた俺にそう言ったのだ。


書架の魔法教本をこっそり持ち出していたのがバレちゃって、呆れた表情で叱られたのが昨日のことのように思い出され……ちょっと泣きそうになる。


あの日に俺は決めたのだ。


夢を見るのはやめようと。


いつまでも子どものままでは居るまいと。





 そんな俺の胸の内などお構いなしに、話を聞いたオルンさんは愉快そうに笑い出した。


人の決意を笑うなんて失礼だと膨れっ面になってしまう。


「……むう」


それに気がついた薬師さんがゴメンごめんと謝ってきたが、ちっとも誠意が感じられない。


「いやぁ、変なところで意外と素直だなあって思ってね。君が大人の言うことを素直に受け入れるなんてさ」


「今日会ったばかりのあなたに、おれの何がわかるって言うんです? たしかに村の大人たちは信用できない人が多かったけれど、院長先生はあいつらとは違います」


「……たとえ誘拐犯だったとしても?」


「……今は、よくわかりません」


「……ごめん。急に色々聞かされて、やっぱり混乱しているよな。今の言葉は取り消すよ」


意地悪だった薬師さんが、急に気遣うように(うつむ)いた俺の後頭部をポンポンと撫でる。


「……そうかも知れません。ちょっと考えがまとまらないかも……です」


オルンさんの言葉と院長先生の思い出と、村の奴らとの軋轢(あつれき)やら別れた孤児仲間たちのことがまぜこぜになって渦巻いている。


グルグル混ざって、いつの間にか……それが両目から溢れ出していた。


彼はさり気なく鞄から布切れを取り出して渡してくれたので、遠慮なく借りることにする。


「それで、君に魔法の資質があるかどうかっていう話に戻るとね……ちゃんとある。他の人間族よりも多すぎるから魔力暴走の心配があったんだよ」


「……そうなんです? ホントに?」


「ああ。十年かけて師匠は君の魔力循環を安定させたらしい。ただ、残念ながら君は他の魔法使いみたいに魔法を使うことは出来ないんじゃないかな……」


「どういうことです?」


「うん……ちょっと言いにくいんだけれど、さっき簡単に君を視診(ししん)させてもらったら、君の魔法能力は封印されているみたいなんだよね……」


「うぇっ!? 視診って? 封印!? なんで??」


「ごめん、余計に混乱させちゃったかなぁ。……視診っていうのは、患者さんを観察して身体の機能に異常がないかを診察する方法なんだけど……鑑定術(かんていじゅつ)っていう魔法技術を併用すると、色々わかって便利なんだよ。でも君の場合は少々込み入っているから、あとで詳しく診察させてもらわないとはっきりとした結論はわからないな」


どっちにしても、俺が魔法を使えないっていうことだけは確かなことだった。


それだけで、あとの話はどうでもよくなってしまったのも確かなことで。


そんなわけで、泣きっ面に加えて再び膨れっ面になっても仕方ないよね?


大人げないって言われてもさ……だって俺、これでもまだ十歳なんだよ?







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