8)続いた話は胡散臭い内容だった
それから、彼は真面目な表情になる。
そして、この話は誰にも言ってはいけないと前置きをした。
「君は、森の民と呼ばれるエルフ族を知っているかい?」
「?? 大昔の言い伝えとか、英雄譚とかを吟遊詩人が語っていたのを聞いたことがあるかな。あと、ドラゴンとか小人とかが出てくる物語を院長先生が話してくれたことがあって、そこには弓が得意なエルフも出てきたっけ……それが何か?」
遠い国には尻尾が生えたりヒゲが生えたりした獣人族という人たちが住んでいるのは知っているけれど、エルフや小人は物語の中の住人だったはず。
「うん。そのエルフ族とか小人族とかって、実在するんだよ」
「えええっ!? そんなの聞いたことないよ。おれ、人間族にしか会ったことないし……獣人の人だって見たことないのに。冗談でしょ? 信じられないよ」
「ははは……そうだろうね。信じても信じなくても君の自由だよ。でも、オレの亡くなった叔父さん……君たち双子の父親なんだけれど、その彼はエルフ族だった。人間族の王国にとある仕事でやって来て、そこの王女様と恋に落ちた……そして生まれたのが君たちってことだ」
「ええ〜……どこのおとぎばなしです? それ」
村の収穫祭で吟遊詩人がうたっていた創作活劇じゃあるまいし。
「うん、気持ちはわからなくもないけれど……とにかく真面目に最後まで話を聞いてよ。ええと……王女とはいっても、君たちの母君は先代の国王陛下が出来心で侍女に手をつけた結果に生まれた娘で、領地も持たない下級貴族令嬢の私生児として育ったんだ。王都で司書として働いていたときに叔父と出会ったらしい。駆け落ち同然で国を出て、エルフの森で少しの間は幸せに暮らしていたのだけれど……種族内の諍いに巻き込まれた叔父が急に亡くなってしまったんだ」
「ちょっと待って、エルフの森って伝説のグリセラ大森林のこと?」
「はいはい、真剣に聞いてね? そう、グリセラの森。場所は内緒……エルフの一族と招かれた客人しか入れない深秘の森だからね。……それで、未亡人になってしまった母君は実家に返されることになったんだよ。秘匿されるべき森の記憶を消されて王国に帰った母君は、実家に帰ることを許されず辺境伯爵家の後妻として王家から嫁ぐことになったんだ。王家から王女として辺境に降嫁させることで王家は辺境を縛り付けておきたかったらしいんだよ。まあ、これは政治的な話で君には難しいかな。とにかく、君たちの母君は政治の駒として辺境伯爵家の奥方に収まったということさ。そして辺境で君たち双子を産んで十年、居なくなってしまった我が子を今も待ち続けているんだよ」
「おれの母だという人の話も、亡くなってしまった父親だという人がエルフ族だったということもわかったよ。でも、それが理由じゃないんだよね?」
「ううん、エルフの血縁だということが理由といえば理由かな」
「会ったことはないけれど、双子の妹だって同じなんでしょう? 俺と彼女に何かちがいがあったっていうの?」
「そうだね、双子なのだから条件はほぼ同じだったはず。それなのに、兄である君の方に父親の特性が色濃く出てしまったんだ」
「ええと、そうすると……俺ってじつはエルフなの?」
「それが……よくわからないんだよ」
「わからない? どうして?」
説明をしてもらっているのに、ちっとも疑問が解明しない。
むしろますますわからない事が増えてしまった。
混乱する俺に、オルンさんが更に難解なことを言ってきた。
「君が生れてすぐに師匠は何らかの処置をしてしまったために、君が何者なのか判別することが難しくなってしまったんだ」
えええ。
院長先生のせいなの?
「いや、何をしたのかは見当がついているんだけどねぇ……」
言いにくいことなのだろうか……オルンさんが口ごもる。
気になるので、先を促すべく見つめる。
「……おそらくだけれど、耳の形を変えたんじゃないかなと思っている」
ああ、なるほど。
納得しながらも、思わず自分の耳を触る。
「……えっと、……それって、元に戻らないのかな?」
だって、自分の耳が本来どんなだったのか……ちょっと気になるじゃないか。
そう思って聞いてみたら、オルンさんは呆れたように答えてくれた。
「おいおい。はじめに気にすることがソレなのかい。……まあ、いいか。ちょっと君の耳を拝見───。…………ああ、やっぱり変形と隠蔽と何だろう……わかんない術式も混ざっているなぁ。……う〜ん、これは今すぐには無理そうだ。エルフでいうところの成人、百歳くらいで解除されるようになっているけれど……かなり強力な術式だから、師匠以上の魔術師じゃないと途中解除はできないだろうね」
君が人間だとしたら一生その形の耳でいられるから、年をとって耳が長く伸びる心配はいらないよと説明される。
ははは。途中で耳が伸び始めたら慌てるだろうなぁ。
その点は安心しても良さそうだ。
でも、それって元の形はわからないっていうことだよね。
ちょっとがっかりしたのは仕方がないよね。
残念そうにする俺に、絶対に内緒だぞって念を押して……なんと、オルンさんが自分の耳の形を変えて見せてくれたのだ。
下側はは俺と変わらないけれど、上の部分がシュッと伸びて格好いい。
前もってエルフの話をされていなければ思いっきり驚いてしまうが、驚きよりも見惚れてしまった俺だった。
そして、ここに来てやっと納得する。
「エルフって、本当にいたんだね……」
テーブルの向こう側でがっくりしている薬師さんは、すぐに耳の形をもとに戻してしまった。
耳の形が他の人たちと違っていたらしいことは理解した。
「他にも何かあるんだよね? 院長先生が十年も俺を手元に置かなくてはならなかった理由が」
「ああ、そうだね。耳の形だけだったなら簡単だっただろう。問題は魔力なんだよ」
「魔力って、あの魔力? 火をおこすときや明かりを灯すときに使う魔石に入っているやつのこと?」
「うん、大まかにはそうなんだけど。オレが言いたいのは魔法を行使する能力としての魔法能力の方だな」
「魔法を行使? 魔法使いとか魔術師とかが持っている特別な力みたいなものかな……」
「うん……、簡単に言うと、まぁそんなとこ」
「言っておくけれど、おれは魔法は使えないよ? これは間違いない」
だって、色々と試してみたんだもの。
誰だって魔法を使えたらと憧れるものじゃないだろうか。
村内にちょっとした魔法を使える人が何人かいたから、簡単な火起こしや怪力などの魔法を見たことはあったのだ。
もし使えたら、狩りや水汲みが楽になるかなって考えて。
狩りと言っても十歳の俺がやるのは、簡単な罠を使った野兎や野鳥狩りだ。
ときどき横取りされたりもしたが、孤児院の貴重な栄養源だった。
水汲みは、朝一番に子どもたち全員で共同井戸まで汲みに行っていたのだ。
あれがもう少し楽にできれば、小さい子たちにまで負担をし要らなくてもよくなるかなって思ってしまった。
そう、こっそり書架の本を盗み見て……あれこれ試行錯誤したのは記憶に新しかったりする。
全部無駄だったのだけれども。
そういった過去の黒歴史を打ち明けると、オルンさんは面白そうに言ってきた。
「理由はともかく……魔法に憧れるなんて、君もちゃんと子どもっぽかったんだなって……ちょっと安心したよ」
ちょっと、いまププって吹き出さなかった?
俺は真剣に打ち明けたのに、ちょっとひどいと思うんだ。
膨れっ面になった俺を軽く宥めつつ、オルンさんの話が続く。
「君が魔法を使うことができないのは、師匠が魔力を封じているからなんだよ」
「ええっ。院長先生が?」
「うん……」
どうして? と、聞かずにはいられないよね……これは。




