53. 魂は体を求めている
真っ暗なトンネルを通り抜ける。
意識が覚めるとエレベーターは二十年前のものと同じ形状になっていた。扉が開き俺たちは外へと出た。
「グランドゴールデンマジシャンね」そこはあのホテルであった。
時間は朝っぱらで小鳥のさえずり声が聞こえている。一階のロビーのようである。
「ちょっと待ってて、コーヒー飲んでくる」姉さんは新聞紙を片手に奥の喫茶室へと向かって行った。
俺とサクラはしばらくエレベーター前で待っていることになった。サクラが俺の手を軽く握っている。パーティー会場から出てきてそのまま過去に着たのでお互い派手な格好でいた。
「アンドー君、ちょっと緊張してるでしょ?」
「まあ、わりかしな」
「ふふ、アンドー君は救世主なんだからね?もっと堂々としてなよ」
「俺は二十年前、世界を救うことができなかった、救世主なんかじゃないんだ」
「でもね、アンドー君。あなたは今、過去に戻って世界を救おうとしている。のんびり屋さんの救世主じゃない」サクラが俺の手を握る力を強くする。「アンドー君にはなんだってできるんだよ?私はそう思ってる」
「サクラにとって俺はすごい人間なんだな。でも俺としての自己評価はただの一人の平凡な男だよ。ステファニーやイヴみたいにセカイを作ることなんて出来ないし、ましてや救うことだって俺には出来ないかもしれないんだ」
「できるよ」サクラはそう言って俺の瞳を覗き込む。その瞳は抽象的な愛という表情を兆していた。
姉さんが戻ってきた。
「この時代の安パイ君と話してきた。それでセカイにはどうやって向かう?」
「あのエレベーターでセカイのある研究所まで飛べないんですか?」
「それは名案、じゃあ行きましょうか」そう言うと姉さんはまたエレベーターの中に入る。そして俺とサクラも中に入り、エレベーターは転送を始める。
今度はエレベーターは研究所のものとなった。ガチャンと音を立てて扉が開く。
エレベーターから降りるとステファニーとイヴがいた場所へと俺たちは歩いて行った。
その扉の前にたどり着くと姉さんは一度呼吸を整えてから扉を開ける。
イヴが磔にされていて、ステファニーは湯気が立ち上るコーヒーを飲んでいた。
「あら、もしかしてスカーレット先生と、サクラと安パイ君?」ステファニーが気づいて聞いてくる。
「そうだよ、ステファニー。俺は世界を救いに来た」
「それは、それはご苦労なことね、でもね過去の世界は壊れることになってるの。この地球という星の終わり、新しい星は、ほらそこイヴの体内にある魂の中にある」
「俺達はそれを知っています。未来から来たんです。ちょうど二十年後の今日、その日から来ました」
ステファニーはデニムのスカートのポケットからタバコの箱を取り出すとそれを一本口にくわえて、ゴールドのライターで火をつけた。それを虚ろな眼差しで見つめながら煙を吐き出す。「この煙と同じようにね、魂もいつも蒸発していくものなの。魂はいわば煙で変幻自在なのよ。今までの世界、その世界に住んでいる人たちも徐々に魂が消えていって、いつかは地球という星になる。私達はまた始めるのよ。ループした世界での永遠を」
「なんとか上手にこの世界ともう一つのセカイを別離させることは出来ないの?」「いる?」「ああ、タバコもらうわ」と言って姉さんはタバコを一本ステファニーからもらう。
「あのね、世界は人の数だけあるように思えてその実、一つなのよ。だから共存は出来ない。そのための学園でしょ?」
「ちょっと待ってください、学園とは一体なんですか?」
「学園はね、世界を旅する舟なのよ。いい?安パイ君、宇宙を世界だと思って、その宇宙を旅する飛行船が学園なの」
「じゃあ、学園は世界じゃないんですか?」
「違うわね、学園はあくまで舟、あなたはどうやって学園に来たか覚えてる?」
「俺は船に乗ってこの国に来て、それから姉さんの車に乗って行きましたよ」
「あなた自身は本当は別の世界から来たのよ。私達はそれらの世界を壊すの。全ての世界を壊して新しいセカイを始める。それが目的」
「新しいセカイを始めることがそんなに大事ですか?」
「あなたも未来から来たなら一度、イヴのセカイに入ったことがあるでしょう。どうだった?」
「・・・。前にいた世界がどうしようもなく終わっていたと入った時感じました」
「それが結論よ。もう全ての世界は終わりなの」そう言ってステファニーはタバコを床に捨てて足で火種を消す。
もう俺にはどうしようもなかった。しかしなんとかしてこの世界の人々を救いたかった。切実に。
「全ての作品、物語、音楽、詩、喜劇、悲劇、通り角、トンネル、時間、あらゆるものに世界が存在する。私達はそれを全て新しくするの」
「人の命をなんだと思ってるんですか・・・」
「ねぇ、安パイ君。あなたがいる世界をノンフィクションの『作品』だと思って。その中にいる人達をまた新しくするにはどうすれば良い?生まれ変わりをさせるのよ」
「入学儀礼?」サクラがそう言う。
「その通り。新しい体に魂を入れる。魂は体を求めている。魂は体を求めている。魂は体を求めている。ねぇ、そうでしょう?」
「ここに住む人達はそれじゃあ新しいセカイで生まれ変わるんですか?」
「そういうことになるわね」
「アンドー君、小説を書くって言ってたわよね?出番だよ」とサクラが言った。




