物語の主人公なんて……
これはあくまでも作者個人の意見です。
不快になられた方がいらっしゃいましたら申し訳ございません。
漫画や小説の主人公たちはなにか必ず「取り柄」というものをもっている。
なんの取り柄もないニートの僕が……などという設定があるが、結局は異世界転移で魔法チートがとか異世界転生したから前世の記憶でチートとか、結局は異世界でチートになるだけの才能や知識や技術をもっているのだ。
例えば、なんの取り柄もないひきこもりニートが異世界で生まれかわって前世でやっていたゲームの知識で人生イージーモードだったり、前世で趣味だった料理の知識を生かして革命をおこしたりする物語なんて、みなさんも読んだことあるんじゃないだろうか。
しかし、現実は本当になんの取り柄もない人間なんてたくさんいて、何もかも中途半端なダメ人間のレッテルを貼られるような人間は物語ではすぐに消えてしまう悪役としてすら存在できない、むしろ存在するかどうかすら怪しいモブにしかならないだろう。要はなんの面白味もないから主人公になるのは無理だということだ。
現実にいるなんの取り柄もない人間ほど物語の主人公に憧れていて、天才や秀才と呼ばれる人間ほど平和でいたいと口にする。
情報化社会と呼ばれる現代において、できて当たり前のことは多く存在する。また、製造などの機械化により人間はより高度な技術や知識を求められる。
現代で「ダメ人間」や「取り柄がない」と呼ばれる人々は努力をすることを放棄し忍耐力がない者がほとんどだ。
そんな人が突如異世界に飛ばされたとしよう、現代で努力しなかった者が異世界で知らない人のために自分の時間を犠牲にし、他人に尽くすことができるのか、答えは否だ。
それで、もし尽くすことができたならその人は自己評価が低かっただけでちゃんと取り柄をもっている、またはもつための努力ができる人なのだろう。
こうやって人間の努力と主人公の特性について偉そうに語ってみた訳だが、そんな私も努力していない人間の1人だ。
たいした努力もしてないくせに、結果が悪いと悔しがる。努力した人を羨んで、そのくせその人に近づく努力は放棄する。
その悔しさも次に活かさない。できて当たり前といわれることのほとんどができていない。口先だけで生きているようなものだ。その場しのぎの嘘もつく。自分から提案したこともめんどくさいと言って投げ出した。そんな自分が嫌で変わろうと計画も立ててみたが三日坊主だ。
人間失敗なんてたくさんあるよ、その失敗を次に活かせばいい。
そう口にする人がいる。でも、次も同じ失敗を繰り返し学習しない人もいる。今まで努力してこなかった人間が次に活かそうと行動することなどありえない。もし次に活かすことができたならその人は努力できる人間だったのだろう。
努力しない人間、それは私だ。
でも、努力したいと思う。
ならすればいいじゃないか。そう思っても続かない。
私は弱い。私の覚悟はとても弱い。
だからこそ、できることもあると希望だけ抱く。
そして、今日も私はその希望だけを胸に娯楽に溺れる……
最後まで読んでいただきありがとうございました。