第四話:路地裏の結末
グレストが放った炎の玉はロイドの脇をすり抜け、路地裏の地面に激突する。
地面の焦げる音と火の玉が爆ぜる音を聞きながら、ロイドは目を開けた。
「これで、わかっただろ。てめぇは俺には勝てねえ」
今のは威嚇のつもりだったのか。
外部生であるが故に序列が指す意味を正しく理解できないと思ったのか。己の実力を見せつけるために魔法をわざと外したらしい。
(怒り狂っていたにしては、冷静なもんだ。……いや、違うな)
評価を改めようとして、だがグレストの愉悦に歪みきった表情を見てそれをやめる。
彼が今し方魔法を外したのは優しさなどではなく、自己顕示欲を満たすためだけのことであったのだ。
己の実力を見て、恐れ、愕然とするロイドの表情が見たかっただけのこと。
現に、一連の魔法の動きを見て少女は涙目で地面にへたりと座り込んでいた。
魔力放出から術式構築、そして魔法の出力にかける時間とその精度は目を見張るものがある。
相手を傷つけることなく、その威嚇のためにすれすれに向けて放ったことがその正確さを物語っている。
魔導士としては優秀だ、と。ロイドはそう断じた。
グレストの実力を正確にそう評価しながら黙り込んでいると、彼はロイドが怯えていると勘違いしたのか。
笑いながら見下す。
「ようやくわかったみてえだな。自分の愚かさが。本来ならてめえはこのまま焼かれるべきとこだが、無知な外部生に慈悲を与えてやってもいい。――今すぐその場にひざまずき、頭を地面にこすりつけて謝ったら……いや、てめえにも混ざってもらうか。それなら許してやっても――」
「長々としつこいな。やるのかやらないのか、どっちなんだ。こんな些末事で入学初日から遅刻なんて、割に合わないだろ?」
「……人の親切は、素直に受け取るもんだぜ」
「それが本当に親切ならな」
「――ッ、はは、そうかよ。ほんじゃま、せいぜい悔やむんだな」
「そうだな、お前がな」
そう返しながら、ロイドは懐に手を突っ込む。
そして、一本の棒を取り出した。
指揮棒ほどの長さのそれを見て、グレストたちはその棒を指さし、高笑いをあげる。
「ぎゃははっ、てめえ、これだけ大口を叩いておいて杖がないと魔法を使えねえのかよっ! こりゃあ傑作だぜ、ぎゃはははは!!」
「そこまでしてかっこつけたかったのかよ!」
「とんだ茶番だぜ!」
笑いすぎで涙目になりながら腹を押さえるグレストたちに、ロイドは手にした杖を弄ぶ。
魔導兵器同様、杖には魔法術式が刻み込まれている。
その術式に魔力を通すことで魔法を発動する際の術式構築を補助してくれる為、魔法を学び始めたばかりの魔導士は用いている。
が、媒介に魔力を通すことで術式構築までの時間やその威力が格段に落ちるため、ある程度魔法をおさめた魔導士ならば絶対に使うことはない。
それを使わなければならない魔導士は、術式構築にかける演算領域が他者に劣るということの証だ。
「生憎こればっかりはどうしようもないからな。でも悪いことではないさ。少なくとも、お前には負けることはない」
「粋がるのもそのあたりにしておけ。お前は今から無様に地に伏すんだからよぉ! 《緋烈弾》!」
先ほどと同じく、炎の玉が宙を切り裂きながらロイドに迫る。今度は威嚇などではなく、正真正銘ロイド自身を狙って。
だが、ロイドは杖をグレストに向けたまま何もしない。
そして、狙い通りロイドの体に直撃しようとして――炎の玉は唐突に消え失せた。
「は――?」
グレストの口から気の抜けた声がこぼれ落ちる。
彼の横に立つ二人もまた、あんぐりと口を開けていた。
「どうした。魔導士同士の戦いで思考の停滞は大きな敗因になるぞ」
「――ッ、《緋烈弾》!!」
ロイドの指摘に弾かれたようにグレストは再度炎の玉を放つ。しかし、先ほど同様にロイドに当たろうとして突然消失した。
「ムダだ。お前の魔法では俺を傷つけることはできない」
「ッ、てめえ何をしやがった! 魔法を発動した痕跡もなしに……何より、俺よりも早く対抗魔法を構築できるわけがねえ!」
「それを答えるわけがないだろう」
「……ッ、おい、てめえらも魔法を放て! もう重傷を負おうがしったことじゃねえ! ぶっ放せ!」
グレストが声を荒げてそう指示すると、二人はすぐさま魔力を放出し術式を構築する。
そして、同じく炎の玉がグレストを含めて三つ放たれる。
「バカの一つ覚えみたいに同じ魔法を何度も……通じないなら通じないなりに別の魔法を使えばいいものを」
直前で霧散していく炎の玉を見下すように見ながらロイドは杖に魔力を籠める。
「これだけ時間を与えてくれたなら、術式構築には十分だ。《地縛》」
グレストたちの立つ地面に魔法陣が浮かび上がり、直後地面が縄状に変形してグレストたちの体を縛る。
目の前で信じられないものを見せられて意識が完全にロイドに向いていた三人は視界の外――真下からのその拘束から逃れることができなかった。
「さて、これで身動きは封じたわけだが……」
まだやるのかという意味を含んだ視線に二人は俯き、グレストは顔を真っ赤にして憤慨する。
「舐めるなぁ! 《炎纏鎧》ぁぁぁ!!」
叫び声に呼応するように、グレストの全身から炎が噴き出る。炎は全身に巻き付いている拘束を焼き尽くした。
威力に比例して、魔力消費自体も相当なものなのか。拘束から逃れたグレストは肩を上下し、荒々しく息をする。
そして自らの力を誇るように「ヘッ」と不適な笑みを浮かべた。
地面に焼け落ちた己の魔法を見て、ロイドは大したものだと内心で賞賛する。
一歩間違えれば術者まで焼き尽くしてしまう危険な魔法だが、それをこの場面で行使する度胸と、そしてそれを見事に成功させる実力。
やはり、グレストは魔導士としては目を見張るものがある。
(だが、それとこれとは別だ……)
この場で少女に行おうとしていたことを見過ごすわけにはいかない。それはロイドの生き方に反するし、何より今後のグレストの魔導士としての人生においてもよくないことだろう。
「大したものだ。だが、注意が足りないな」
「何? ――うごぁっ!!」
ロイドの言葉に問い返したその直後、グレストの全身に左右から衝撃が走る。
つい今し方拘束されたグレストの仲間二人がグレストに叩きつけられたのだ。
「自分の拘束をといただけで満足し、他の二人への注意が疎かになるのはいただけないな」
土の縄を操作し、拘束した二人を意のままに動かして攻撃の手段としたロイドは、衝撃で意識を失いながら地に伏していくグレストたちを見ながらそうつぶやいた。
「なんとか穏便にすんだな……」
「ど、どこがですか……」
意識を失った三人の首もとに指を添えながらつぶやかれたロイドの言葉に、一部始終を見ていた少女が困惑しながら返す。
「命に別状はないな。このままにしておいても問題ないだろう。……まあ、入学式には遅れるだろうがそれは自業自得だろう。ところで、怪我はないか?」
「は、はい! その、助けていただいてありがとうございます……」
「さっきも言っただろう。別に俺は君を助けようと思ってやったわけじゃ――」
立ち上がり、そう応えながらロイドは少女を見る。そして、目を見開いて固まった。
「……? あの、どうかされましたか?」
「ッ、いや、なんでもない。それよりも行こう。そろそろ行かないと入学式に遅れてしまう」
「は、はい!」
ロイドの言葉に少女は大きく首を縦に頷き、歩き始めたロイドの後を追う。
細道をでる際、ロイドの脳裏に青髪の少女の姿がよぎったが、そこにはもう誰もいなかった。