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第一話:休戦と任務

『人払いはすんだ。――殲滅せよ』


 懐に仕舞っている無線を通じて、上官の命令が伝達される。

 少年は「了解」と小さく返し、鋭い視線を前方に向けた。


 レオニダス王国東部に広がる平原。

 マクダニア帝国と国境を接するこの地には今、戦火が広がっている。

 この辺りで五年前に起きた帝国の魔導兵器による惨劇を機に、両国は戦争状態に突入。以来、二国の国境沿いでは一進一退の激しい戦闘が繰り広げられている。


 そして今、少年の視界に映る平原を、帝国の魔導兵器が地を震わせながら突き進んでいた。


「一、二、三……十機か」


 敵の数を数え、少年は大きく息を吐き出した。

 そして――


「――《解除(リーセル)》」


 瞬間、少年の右目に、紫色の光る六芒星が浮かび上がる。

 同時に少年を起点に周囲に魔力が吹き荒れた。


 その魔力を感知して、帝国の魔導兵器が赤い光(センサー)を少年に向ける。


「またその魔法か。使い勝手がいいのはわかるが、人一人を相手にそれだけ大きな得物はかえって扱いづらいだろう。何より、忌々しい……」


 敵を認識した魔導兵器たちは即座に術式を展開。その手には炎の刀身が握られている。

 殲滅目的にはとても有用な魔法ではあるが、個人を相手には無駄の多すぎる魔法だ。


「《加速(アクレイン)》」


 少年の全身が明るく発光し、身に纏う黒い外套がフワリと靡く。

 直後には、少年はその場から消えていた。


 少年は平原を高速で疾駆する。一番近くにいた魔導兵器との間合いがなくなりかけたところで、更に魔法を行使する。


「《象剣(イミード)()乖離絶界(アンスウェラー)》」


 魔法で創り出した無色の剣を手に、少年は魔導兵器に斬りかかる。

 振り下ろされた炎の剣を躱し、懐へ跳び込む。

 そして――魔導兵器の巨躯を一刀両断した。


「次」


 即座に目標を切り替え、さらに前方にいる魔導兵器に跳びかかる。そんな少年の後ろで、先程斬り伏せた魔導兵器が爆発していた。


「次」


 淡々と、ただ目の前の敵を排除する。

 内側では沸々と怒りと憎しみが湧き上がるが、頭はどこまでも冷静で、敵の場所、攻撃、弱点、間合い。その全てが一瞬にして脳で処理される。


 接敵から五分後には、平原を闊歩していた魔導兵器は残骸となって辺りに転がっていた。


「…………」


 広々とした平原で一人、少年は剣を片手に遠くを見据える。

 そこには、かつて村だった場所があった。

 その光景を脳裏に焼き付けるように見つめる。


「――!」


 感傷に浸っていた少年は、魔力の反応を感知してすぐさま視線を上空へ向ける。


「飛行タイプ、しかも新型。なるほど、本命はこちらというわけか」


 右目が機械の駆動音を発する。

 少年の視界には、普通では見えるはずがない遥か前方の上空を飛来する存在が視えていた。


 飛行術式が埋め込まれた、帝国の魔導兵器。

 少年の右目には、それが今こちらに攻撃を放とうとしているのが視える。


「来た」


 五機の魔導兵器による超遠距離からの狙撃。五つの爆炎は空を飛翔し、真っ直ぐに少年に向かう。

 それを少年は何もせず――受け入れた。


 直後、爆音が辺りに響き渡り、平原を燃やし尽くす。

 膨大な熱量を帯びた爆炎は辺りの一切を灰に帰す。


 その業火の中で、少年は一人悠然と立っていた。


 火傷はおろか、身に纏うもの一切を焦げさせることなく。


「こちらに近付いてこないということは、有人か。……あそこは帝国領の上空、こちらに被害が及ぶことはない。幸い、力はわけてもらったことだし手加減はいらないな」


 周囲に広がる炎に目もくれず、少年は何キロも離れた場所に浮かぶ魔導兵器を見据える。

 そして、照準を合わせるようにそちらに右手を突き出し、魔力を放出する。


 右目の六芒星の魔法陣が回転を始め、術式が構築されていく。

 右手の先に、何枚もの魔法陣が浮かび上がる。


 右目に宿る魔方陣が回転を終えて、少年は憎しみに満ちた声で呟いた。


「――《灰燼爆裂弾(アミュクレウス)》」


 右手の先に展開された魔法陣が輝き、その先に真っ白に光る小さな球体が現出する。

 そして、少年が示した場所へと放たれる。


 流れ星のように宙を移動し、そして遥か前方に浮かぶ魔導兵器に触れたその瞬間に、新たな太陽が生まれた。


 直径数百メートルにも及ぶ真っ赤な炎は帝国の魔導兵器が待機していた空を焼き尽くし、雲を呑み込む。

 その衝撃はその真下にまで及んでいる。


 五機の魔導兵器は塵すら残らず焼き尽くされる。どころか、地上の街までもがその業火の余波を受けている。


 少年は右目でその光景を視て、少しも胸を痛めることなく現状を整理する。


「これでこちら側の守りは薄くなった。地上も混乱している、今の間に前線を押し上げれば――」

『ロイド中尉、作戦は終了だ。帰還したまえ』

「ッ、……俺はこのまま前線を押し上げ、東部戦線における優位を確保すべきだと考えますが」

『事情が変わった。これよりどのような理由があれ戦闘行為は禁止となる。我々も、そして帝国もだ』

「……どういうことですか」


 帝国領に侵攻しようと足を踏み出したところで、上官からの無線が届く。

 ロイドの進言を受けて、しかし上官はそれ以上の戦闘を認めない。


 今ならば圧倒的優位を築けるというのに。


 納得できないと苛立ちを含ませながらのロイドの問いに、上官は答えた。


『――休戦だ』


 ◆ ◆


「一体どういうことですか。休戦など……上層部は何を考えているのかッ」


 東部戦線司令本部に戻ったロイドは真っ先に己の上官の下へと向かい、不満と怒りをぶつける。


 ロイドのその態度に、壮年の上官は疲れたように目頭を押さえる。


「上が決定したことだ。……五年にも及ぶ戦争で、帝国も王国も戦争存続は厳しいということだろう。これ以上国力が衰えば周りの国も黙っていないだろうしな」

「だからって、休戦など……俺一人でも戦えます! 帝国を滅ぼせと命令してさえくれれば、単騎で突撃を――」

「――ロイド中尉!」

「……ッ」


 強い語気で名を呼ばれ、ロイドは口を噤む。

 上官はロイドを睨みながら呟く。


「確かに貴官の力があれば、帝国を滅ぼすことは可能かもしれん」

「なら……」

「だが、それをすれば我々は貴官を殺さなければならん。……ロイド中尉、昔ならばいざ知らず、今の世の戦争において英雄はいらんのだよ」

「――――」


 それまで座していた上官は立ち上がり、ロイドに詰め寄る。


「この戦争に置いて、大義は我々にある。だが、それとこれとは別だ。貴官の力一つで戦争が終結などという事態はさけねばならん。もしそうなれば、例えこちらが正義でも他国は黙っておらん。――我々の計画を公にするわけにはいかんのだ。そうなればたちまち、我々が悪となる」

「……アモス大佐は」

「ん?」


 アモスの言葉を受けて、ロイドは絞り出すように声を出す。


「アモス大佐は、それでも俺は帝国を滅ぼしたいと言えば、どう思われますか」

「今の話を聞いた上で、か」

「はい」


 アモスは険しい表情を浮かべながら木製の重厚な机の上に腰を乗せ、鋭い視線をロイドに向ける。


「貴官が死ぬことはかまわぬと」

「生きるために、生きているわけではありません」

「……貴官一人の身勝手な行動で王国を危険に晒してもかまわぬと」

「勝手ながら、俺は王国に愛着も執着も、ましてや忠誠など抱いていません。俺が戦う理由に、王国は含まれてないのだから、そのことに意味などありません」

「……他の場所では言わぬことだ」


 己の命への執着は、とうの昔に捨てた。王国がどうなろうとも、しったことではない。

 帝国を滅ぼすことへの障害が他にないのならば、ロイドは今すぐにでも帝国に侵攻する決意がある。

 例え休戦協定を破り、その死後万人から罵られようとも。

 例え王国が国際的に孤立し、非難され、滅びの道を歩もうとも。


 帝国を滅ぼす。ロイドにとってはその目的を果たせるのならば些細な問題だ。


 大きく息を吐き、アモスは天井を見上げる。

 その瞳には哀しみの色が宿っていた。


「これは休戦だ。停戦でも、終戦でもない。戦力が増強すれば、またすぐに戦争は再開されるだろう。これは戦いだよ、ロイド中尉。どちらがより早く、より多く、戦力を調えるかの。確かに貴官の力は脅威だ。だが、どこまでいっても貴官はただの一魔導士。一国と比べればできることに限りがある。より帝国を滅ぼしたいのならば、やはり貴官は命令に従うべきだ」

「――これは?」


 言いながら、アモスはロイドに一枚の紙を渡す。

 それを受け取りながらロイドは問いを投げた。


「軍からの新たな命令だ。休戦の間も、貴官には戦い続けてもらう。――王国の勝利、いや、帝国を滅ぼすために」

「――――」


 アモスの言葉を背景に、ロイドは指令書の文面に目を通す。

 帝国を滅ぼすための命令ならば、例えどのようなものであれやり遂げてみせるという決意と共に。

 そして、命令を読み終えてロイドは目を見開いた。


「この命令は……」


 驚きと共に零れ出たロイドの呟きに、アモスは頷く。

 そして改めて、上官の口から命令が発せられる。


「ロイド中尉。休戦の間、貴官にはレオニダス魔法学院にてその職務にあたってもらう」

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