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プロローグ:始まりの契約

よろしくお願いします!

 少年は瓦礫の山の上に横たわりながら、黒煙が立ち昇る空へと右手を伸ばしていた。


 朝から続く雨が今も尚地上に降り注ぐが、その地上を覆う業火がかき消されることはない。

 天の恵みをものともせず、周囲の炎は尚もその存在を強調し、辺りに惨劇を刻んでいく。


 ――そして、その炎の生みの親は悠然と辺りを闊歩していた。


「魔導、兵器……ッ」


 全長五メートルはあるだろうか。

 全身を構築する材質に魔法術式を刻み込まれ、攻撃力も何もかもが通常の兵器を逸脱したその巨人を見て、少年はか細く呟いた。


 あの化物こそが、この村一帯を破壊し尽くした元凶。

 少年の日常を奪い去った諸悪の根源だ。


 巨人の両肩には、帝国のものであることを意味する三本の騎士剣を交錯させたエンブレムが刻まれている。


 魔導兵器は破壊し尽くした村を見渡し、未だに殺戮の対象を探している。

 だが、家々が破壊し尽くされ、退路を塞ぐように炎が広がるこの村に、少年を除いて生き残りは一人としていない。

 直に少年も魔導兵器に見つかり、惨殺されるだろう。


 だが、少年は逃げることなく瓦礫の山の上に横たわる。――否、逃げることができない。


 少年の右目には瓦礫が突き刺さり、腹部にはさらに大きな瓦礫が深々と抉るようにして生えている。

 誰の目から見ても、少年の命がもう幾ばくも無いことは明らかであった。


 このまま、死ぬ。


 十一になったばかりの少年は、事もなげにその事実を認識した。

 不思議と、怖いとは思わなかった。


 少年は諦めたように全身から力を抜き、空へと伸ばしていた右手を下ろす。

 そうして力なく首を横に向けた。


「――ッ」


 それは仕組まれたことであったのか。あるいは神の悪戯という奴なのか。

 少年が向けた視界の先には――自分を逃がすために家屋の下敷きとなった三人の家族の死体が転がっていた。


 瓦礫に潰され、辺りに鮮血をまき散らしているのは、自分に笑いかけてくれた誰か。

 飛んできた瓦礫に突き刺さり、そのまま炎に焼かれているのは、自分の頭を優しく撫でてくれた誰か。

 そして、瓦礫の隙間から辛うじて見えるのは、いつも自分の後ろを笑いながらついてきていた誰か。


 今朝まで、いつもの取り留めもなく、けれど幸せな毎日を過ごしてきた父と母と妹への理不尽の結果が広がっていた。


 ――ふざ、けるなッ!!


 鼻をつく異臭よりも、親しい者の残酷な最期を見たことよりも、それを上回り、そしてかき消すほどの怒りが少年の中で沸き上がる。

 上体をまるで壊れた機械のようにゆっくりと起こしながら、少年は魔導兵器の肩に刻まれたエンブレムを睨みつける。


 ――帝、国ッ!!


 恨むべき、憎むべき対象を自分の魂に刻み込むかのように、少年は心の中でその名を叫んだ。

 そして、自分を突き動かす衝動を妨げる拘束――腹部を穿つ瓦礫を両手で握った。


「くぁっ、ッッ! ……ぐぁぁああ!!!」


 両手に力を籠めて、瓦礫を腹部から引き抜こうと試みる。

 その反動で肉と臓器が瓦礫に抉られ、堪らず少年は獣の如き叫び声を上げた。


「ッ、うぉぉおおおお!!!!」


 瀕死の状態にありながら、少年は常軌を逸した力を出し、瓦礫を引き抜いた。

 と同時にポッカリと穴の開いた腹部から臓物と赤黒い血が湧き出る。


 ――それが、限界だった。


 瀕死の状態でありながら瓦礫を抜いた少年の精神力は尋常ではないものだったが、臓物をまき散らしながらも立ち上がれたなら、それは化物だ。

 そして少年は化物ではない。今日この日まで、辺境の小さな村で些細な幸せと共に生きてきた普通の少年だ。


 故に、少年は直ぐにその場に力なく倒れ伏した。

 浅くなる呼吸。ぼやける視界。客観的な事実が、少年に死という現実を突きつける。

 だが、それでも、少年は歯を食いしばり、近くを我が物顔で突き進む帝国産の魔導兵器を睨みつける。

 その黒い瞳に、確かな怒りを宿しながら。


 許さない、許さない、潰す、潰す、消す、消す、殺す、殺す!!


 これまでの十一年の人生の中で、抱いたことのないどす黒い負の感情。

 それが少年の今までを塗りつぶしていく。


「――!」


 先ほどまで叫び声を上げていた少年の存在に気付いたのか、一体の魔導兵器が少年の方を向いた。

 顔に当たる部分にある目を模したセンサーが、赤色の光を放つ。

 それは、獲物を見つけた狩人の愉悦のようで。


 ズシン、ズシンと、魔導兵器は一歩一歩地を鳴らしながら少年の下へと歩み寄る。

 強大な存在が自分を殺すために歩み寄る。その事実に、それまで怒りに身を委ねて激情に流されていた少年の頭がスッと冷めていく。

 怒りによって誤魔化していた現実が、恐怖によって舞い戻ってくる。


 少年との間にある瓦礫を踏みつぶしながら、魔導兵器はその歩みを止めない。

 そして、魔導兵器は少年を殺すに足る間合いに踏み込んだ。


 魔導兵器はその足を止めると、右手を少年に翳した。

 直後、右腕が発光し始め、手の先に紫色の魔法陣が浮かび上がる。


 魔導兵器に刻まれた魔法術式を魔力が巡り、固有魔法が行使されていく。

 それが形を為し、現出したが最後。少年の命は闇の中へと消えてゆく。


 だがもう、少年に抗う術などなかった。

 体は動かない。生きようと足掻こうとも、最早瀕死の肉体が彼の意思に応えることはない。


 このまま何もせずにいれば、死ねる。家族も、家も、友人も、何もかもを失い、奪われてしまった。なら、この地獄を生き延びたところで一体何が守れるというのだろうか。

 きっとこの状況では、少年にとっての希望は生きることではなく死ぬことだ。


 ――だが、


「……っけるな、ふざけるなっ! こんなところで死んでたまるかッ!」


 この惨劇を生んだ帝国に、自分から何もかもを奪った帝国に、何もすることなく死んでいいわけがない。

 そんな未来は、自分を助けるために死んだ家族のためにも、認めるわけにはいかない。


 再びそう決意し、鉛のように重たい体に指令を送る。

 脳から発した信号は、神経を伝わり、全身に命令を伝達する。

 けれど、やはり肉体はその命令を遵守する力を残してなどいなかった。


 魔導兵器の術式が完成していく。

 浮かび上がった魔法陣の中心から、炎が噴き出る。それは次第に剣の形となって、魔導兵器の手に収まった。


 ――《象剣(イミード)()灼熱炎纏(レーヴァテイン)


 魔導兵器が扱う中でも尤も一般的な攻撃術式。数メートルにも及ぶ炎の刀身は、一振りするだけで辺りを地獄へと変える。

 それほどの魔法が人一人に向けられている。

 勿論、その刀身に触れたが最後。肉体は焼けるのを通り過ぎ、蒸発して跡形もなくこの世界から消えるだろう。


 魔導兵器は見せつけるように炎の剣を天に掲げ、そして超速で振り下ろす。

 それを躱す術は少年にはない。

 だから、せめてもの抵抗に、少年は最期のその瞬間まで振り下ろされる炎の剣を、それを振り下ろす魔導兵器を、その魔導兵器に刻まれた帝国のエンブレムを、瞬きをすることなく憎しみに満ちた瞳で睨みつけた。


 空気を焼き尽くしながら、業火は迫る。

 周囲の空間が陽炎のように揺らぐ。

 全身を焦がすほどの熱が少年を襲い、知らず目尻に溜まっていた涙が蒸発する。


 そして、少年に最期の理不尽が振り下ろされようとして――


「……!?」


 魔導兵器の巨体が突然爆音を立て、巨人はその反動でバランスを崩し、よろめく。

 結果として、少年に振り下ろされていた炎の剣は再び天へ掲げられた。


 一体何が起きたのか。

 それを理解するよりも先に、更に魔導兵器の全身から爆発が起こる、魔法術式が刻まれた体躯が瓦解していく。

 そこでようやく、魔導兵器は自分が何者かに攻撃されていくことに気付いたらしい。


 赤色の光は再びギィンと光り、少年から視線(センサー)を移す。

 少年も、魔導兵器が向いた方へ首を動かした。


 そこには、数十の黒い外套を羽織った集団が空を飛んでいた。

 彼らがこちらに向ける手の先には、白い魔法陣が浮かんでいる。


 彼らが被る、外套と同じく漆黒の戦闘帽の真ん中には、一対の翼が金色の糸で刺繍されている。


 そのエンブレムは、少年が住む王国を意味するもの。

 そしてすぐに、彼らが何者であるかを理解した。


 ――王国軍。


 帝国に隣接するこの村には、当然近くに国境警備として軍隊が駐留している。

 その一部が、事態の異変に気付いて急行してきたのだろう。


 魔導兵器が彼らに向けて炎の剣を振ろうとしたその瞬間、数十の魔法が一斉に巨人に叩きこまれる。

 その騒動に気付いた他の魔導兵器たちもが王国軍に狙いを向けるが、ぼやける視界の中で見たその戦いは、明らかに王国軍が優勢であった。


 それを見て、安堵したからだろうか。急速に意識が遠のいていく。

 そのまま悔しさを抱きながら意識を手放そうとして――こちらを値踏みするような女性の声が響いた。


「――そのまま死んでしまっていいのかい、少年?」

「……ぁ」


 真っ赤な空から、同じく真っ赤な髪を揺らし、身に纏う白衣を靡かせながら一人の女性が降りてくる。

 金色の瞳は爛々と好奇に揺れ、口元は溢れ出る愉悦を抑え切れずに大きく歪んでいた。


 ふわりと地に降り、女性は少年に語り掛ける。


「王国の領土内である村を壊滅させたのは、帝国の魔導兵器。この事実は、帝国と王国が戦争をするのに十分すぎる理由だ。――さて、少年はどうしたい?」

「――――」


 何を言っているのか。霞んでいく思考の中で、少年は疑問を抱く。

 その様子を見て、女性は肩を竦めた。


「先ほど、魔導兵器に向けていた少年の眼差しに素直になればいい。私ならば、少年の願いを叶えてあげることもできる」

「ッ、俺の、願い……」

「そうとも。さあ、少年の願いはなんだ」


 少年の願い。そんなものは虚ろになる頭の中で、明確なものとして存在している。

 考えるまでもない。


「俺の、願いは――帝国を、滅ぼすことッ」


 生きることではない。少年が口にした願いは、復讐。

 生は今の彼にとっては目的のための手段と化していた。


 少年の願望を聞き届けた女性は、口角を上げて嗤う。

 そして、その契約を口にした。


「いいだろう。私が少年の願いを叶えてあげよう。――だが、勿論願いには代償がつきものだ。少年に命を与え、力を授ける代わりに、少年の全てを私に捧げてもらおう。これは今まで少年が結んできたお遊戯の約束とはわけが違う。結べば最後、どんな理由があっても破ることは許されない。――さあ、少年はどうする?」


 少年を試すように、女性は少年の瞳を覗き込む。

 そして、「契約を結ぶのなら、頷くんだ。それで契約成立だ」と怪しげに囁いた。


 見知らぬ女性に己の全てを捧げる。

 そんなふざけた話があっていいものか。

 しかし彼女の提示は、少年にとっては十分すぎるもので、支払うべき代償はその契約の恩恵と比べると本当に些細なものだ。


「――契約成立だ。今は少し、眠るといい。次に目覚めたとき、君は望むものを手に入れているだろう」


 少年の頷きに彼女は微笑み、そして白衣のポケットに手を突っ込む。

 そして、取り出した注射器を少年の腕に刺した。


「――――」


 急速に意識が遠のいていく。

 先ほどまでのとは違い、今度は目覚めることのできる意識の消失。


 彼女の言葉に少年は安堵し、同時に胸の内にどす黒い感情を宿す。

 目を閉じる。瞼の裏には、先ほどの魔導兵器の姿が映る。


 そうして、少年は地獄の中でようやく意識を手放せた。

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