勇者として召喚されたが成り行きで魔王になった
「ぅ……んん?」
眼を覚まそうと思ってベッドの中で身じろぎするが、とてつもなくやわらかなマットレスだということに気づいた。我家は貧乏が具現化したような、絵に描いたような貧乏が取り柄だったので、マットレスとか縁がない者だと思っていた。
今日でさえ、ダンボールを敷いて寝ていたのだから、いきなりフカフカのマットレスに布団が変わっていて、夢でないはずがないと僕は自らの意識をもう一度「無」に仕様と努力するが、それは無駄だった。
「起きましたか、我がご主人」
聞き覚えのない声だった。それに、僕をご主人と呼ぶ人なんて心当たりはない。
声は、すごく近くから聞こえてくる気がしなくもない。
そのはず。声の主は、僕と同じベッドの中にいたのだから。
それを僕は半覚醒の脳で捉えていた。
「んん……。誰だよ」
僕は、あやふやな思考で出てきた言葉がそれだった。
「ええ、私はアリス。アリス・バードリィ・エーシタミア。頭文字を取って、『ABE』と呼んでくれ、我がご主人」
「あべさんね。はいはい、わかったよー……。ふぁぁ」
あくびをすれば、脳が正常に動き始める。ぼやけていた眼がはっきりと見え始める。
正確には、ここは気持ちの良いマットレスではない。そこらのベッドでもない。
天蓋付きの……お姫様とか王様とかが使いそうな、豪華なベッドだった。つまり、僕自身場違い。
「我がご主人。眼が覚めたのなら着替えなければなるまい。早く状態を起こすのだ」
可愛い声。あべさん。綺麗なアニメ声といえば良いのか、高音な、でも聞き取りやすくて、くぎ◯うみたいな声だ。ツンデレか?
「てか、ここどこだよ!?」
「うん、分かったから。我がご主人、手をどかしてください」
抱まくらが左右に苦しそうに身じろぐ。
「うぇぇえ??」
僕が抱きまくらだと思って抱いていたそれが人間だと確認できた瞬間だった。
妙に暖かいなと思っていたけど、人だったとは。でも、なんでこんなところに?
「我がご主人様。お願いだ、どうして? とか、理由を勘ぐる思考を止めて、まず私を離してもらえないだろうか」
いつの間にか、あべさんの顔が胸のあたりにあって、二つの紅玉みたいに透き通っている綺麗な双眸が僕を見つめている。ほんのり潤んでいるオプション付きで。
「!? うぉぉッ。なぜだぁぁ!?!?」
両手を上に上げて、あべさんから離れるように後ずさり、しようとしたがベッドの上なので交代できる距離なんて多寡が知れているというか、仰向けの僕の上にあべさんがいるのに、後退したとろこで距離が変わるはずがないのに。
「ご主人、着替えを……。服を着せますのでベッドから降りましょう」
「ふ……服!?」
確かに、あべさんは服を着せますと云った。着替えさせる云々(うんぬん)とは言わずに。
そして、理解した。
僕は、このベッドに、裸で横になっていたことに。
無論、パンツを履いていない。そう、全裸だった。
その上で、女の娘を抱枕にしていたって、僕はいつからそんなゲスい貴族になったのだ?
ん? 待てよ。このパターンは、僕が『前世の記憶』として覚醒しただけなのか? 僕は死んでいて、魂が第二の人生を歩んでいたところに、突然前世の記憶が思い出された、のか? じゃぁ、今のこの体は、僕の来世……。
いや、待て。そんなはずはない。
僕の記憶は、なんでもない一日が終わって疲れて、ダンボールに紛れて泥のように眠った記憶までしか無い。
その日の内に、家が潰れて眠ったまま僕は死んでいたのか? それとも、泥棒にダンボール屑だと思って踏まれてあえなく死亡したのか? いや、もしかして寒死か? 寒空の下、発泡スチロールを窓代わりにはめ込んでいただけでは寒さはしのげなかったのか?
どれも違うだろう。いや、違うと思いたいだけなのだが、死んで転生のパターンだろう、そうとしか思えなかった。
「ご主人ご主人。何を呆けてますか。着替えましょう?」
「あ……ああ。わかった」
もう、どうとでもなるだろう。
僕は、見ず知らずの世界で生きていかないのかとなると、あのボロ屋敷が恋しくなる。
しかし、ダンボールに紛れて眠らなくて良いのかと思えば少し嬉し……いかも知れないが、これまた、変な気分だ。
「ご主人、ご主人のイチモツは巨大だな」
「…………?」
そのままベッドから降りればそう言われた。
ああ。僕は全裸で寝かされていたのだった。
「ご主人ご主人。わたしは思うのです」
「何を?」
着替えさせられながら、あべさんは言った。
どうしてか、パンツから服まで、サイズはぴったりだった。しかしながら、どれも豪華絢爛な装飾が施されていて、見ているだけで頭が痛くなりそうだ。
値段を考えたくもない。
そんな中に、素っ気なく続きを促すと
「ご主人様の名前を教えてもらっていないので、何とお呼びすれば良いのか……」
少し俯く。
カワイイ。
朱の瞳は、言ったように。彼女は、琥珀色をした髪に、真っ白い肌。これまた作り物かなと思うような、人形じみた顔立ちをしている。途轍もない破壊力を持った美少女。
そんな彼女を抱枕にしていた僕は、何者なのだろうか。
そんな、自分は何者だろうと言うアイディンテティを見失った、中学二年生が陥る厨二病のような思考にたどり着いた。
ああ、厨二病を発症した友達共は、こんな感情なのだったのだなと、誤解しておく。
正直言えば、この状況は「恐怖」でしか無い。
「そう、ご主人の名前を教えていただければ」
「えっ?」
「えぅ、なんでもないです」
「はっ?」
何も聞いていなかったので問い返した「えっ?」だったのだが、どうしてかあべさんは怯えたように笑顔を引きつらせる。
「え……なんだよ、急に。何もしてないし、大丈夫?」
「ご……ご主人様。早くお召になって下さい。後数刻で国王様がお見えになります故」
「国王? はたまた、どうして僕に?」
「はて?」
コクリと首を傾げて、どうして分からないの? と言いたげに
「ご主人は、異界よりお越しになられた勇者様だからではないのですか?」
「僕が……? 勇者?」
「……」
無言で頷くあべさん。
なんだか、無性に撫でくりまわしたくなる。
ああ、そうか。あべさんがとても、拾った猫に似ているのだ。眼の色と、髪色とか。
案外、あべさんにしっぽがあっても驚か無いかもしれないな。
とか、そんなことを思っていた。
「あれ? あべさん。あべさんの名前ってなんだったっけ」
「わたしは、あべで合ってますが、本名ですか?」
「そうだけど」
「すみません、ご主人。わたしに本名は在りません。あるのは、ご主人が付けてくれた名前だけです」
「僕がつけた名前?」
「はい。アリス・バードリィ・エーシタミア。それがわたしの名前であり、全てです」
絶句だった。アリス。それこそ、僕の家で飼っていた拾った猫の名前だ。
それに、良く寒い日に抱きまくらとして、抱いて寝ていたのだった。
イメージと、ピッタリ。
あべさんは、いや、アリスは。
僕の猫だ。
違うだろうけどね。
「えっと、じゃあ。あべさん。僕がこの世界に召喚された勇者なら、この世界について知らないのは普通だよね。教えてくれないかな」
「すみません、ご主人。わたしもこの世界は初めてだから分かりません」
「コイツ、絶対アリスだ」
「え……ええ。わたしはアリスですが」
僕は、あべさんに向かい頭をなでた。フサフサで、髪質がいいのは、瞭然だ。
気持ちよさそうに目を細めた。
「えへへ。ごしゅじーん」
そして、ガバッと、あべさんが僕の腰に手を回してきて、顔を埋める。
アリスも、僕に飛びついてきたなあ。と思い返す。
そして、考えがまとまった。
猫が異世界に転生すると、人間になる。
美少女で良かった。
国王と聞いて、まず最初に思い浮かべる人物像は髭だ。
白ひげを顎に蓄えて、その上、髪も白くもじゃもじゃだ。顔には幾つもの死線を切り抜けたような傷が残っていて、隻眼。そんなイメージ。
これには僕の個人的史観が含まれているので、他の人には適応されないだろうが。
「あべさん。国王様のところには、行くんじゃなくて、来るんだよね」
確か、あべさんはそう言っていた。「もうすぐ国王様がお見えになります故」と。
僕は勇者として召喚されたとしても、わざわざ国王がこちらに顔を見せる理由はない。それとも、この世界にはそうせざるを得ない理由があるのだろうか。
僕は頭を悩ませる。
「ご主人。わたしにも少しだけ知ってることがあるんですよ?」
「何を知ってるんだ?」
「種族についてです。ご主人のベッドに潜り込む前に、メイドさんたちに習いました」
「種族……か。人間じゃない物が居るのか。それまた、ファンタジーだね」
ファンタジー世界。それは、剣と魔法が中心として存在している、地球で言う中世時代くらいのヨーロッパ文化みたいな世界。
貴族制とか、王様とかザラに居る。
国王様がお見えになる、とかいう時点で国の王様が存在している。その王様がどれだけの権力を持っているのかは、今の話からすれば、全く分からない。
それに加えて、種族がいくつかいるとすれば、これは俺得な世界だ。
現代にいる時は、生活が困難だったが、学歴社会といい頭の良さを比べる世界だった。しかし、この世界には、腕っ節だけで成り上がることが可能という。そんな予想だが。
嬉しくない、はずがない。
「そう、ご主人。何種族いると思う?」
「そんな、えっと……。森妖精、土妖精、風妖精、火妖精、水妖精、とかか? 10種類はいてほしいよな」
「はずれ、ご主人はずれ。答えは、魔族と獣人と人間だけ、でした」
「なんか、期待はずれだな。三種族か……。魔族って、人間と対立している人型とか?」
「言ってる意味が分からない、ご主人。後は、王様にでも聞いてよ、ご主人」
「王様?」
ノック音がしていた。
コン、ココン、コン♪ リズムに乗っていた。
「どうぞ」
軽く、あべさんが応えると、ドアが開いた。見かけによらず自動ドアらしかった。
「そう、わたしだ」
蓄えた白ひげを撫でながら、ゆっくりと、従者を連れて部屋に入ってくるのは王様、その人だった。
金色に輝く廊下だった。そんな廊下に比べると、無駄のない最小限の凝り具合のこの部屋は質素といっても良かった。
計、20人。多分、重要人物順に偉い人20人、だろうと考えた。
「最初に君の名前を聞こうか、少年」
王様が、乾いた声で言う。その声には、なんといえばいいのか分からない強制力を感じた。
魔法だろうか? 「自分の言ったことを聞(効)かせる」みたいな。まぁ、魔法は知らない。
それでも、普通に自己紹介は必要だろうと、名乗る。
「一ケ谷恭介です。特技はカエルの鳴きマネです。ニワトリの鳴き声も出来ます。よろしくお願いします」
声真似に自身があるのは確かだ。学芸会のとき、貧乏くじにあたってモノマネをやらされた事があった。その時に、無茶ぶりで鶏の鳴きマネをしろと言われてやったら、自分でも驚きの完成度だった記憶がある。
そのくらいに、自身があった。相手が国王? 知らないな。
「アリス・バードリィ・エーシタミア。ご主人様の従者です。ペット? え、なんだろう」
「あべさんは専属メイドで良いんじゃないかな」
「じゃぁ、そういうことでいいです。専属メイド。よろしくお願いします」
ぐだぐだで二人の紹介を終えて、国王様がもう一度お口をお開きになった。
次は何を仰るのだろう。
「まず、この世界に召喚したことについてお詫びを。この世界には、お気づきだろうが魔法という概念があり、その中に召喚魔法という究極魔法がある。理解できるだろうか」
少し、勇者の扱いに慣れているような気がしなくもないが、理解できるのだから頷くしか無い。
すると、はにかんでから続きを始めた。
「立場無しで何だが、簡単にいえば、召喚魔法は術者と別世界の魂が近い人間がその見を代償に交換される。わかりやすく言えば、ポケ◯ンの通信交換みたいな物の、条件付き版じゃ」
この世界にも、ポ◯モンがあるのか。文化は世界を超える。
というか、そんな魔法がこの世界にあるのかよ。物理法則ネジ曲がってるだろ。そもそも、この世界に質量保存の法則とかあるのか?
思ってたけど、ファンタジーの世界って物理を勉強しても意味ないよな。
作品とかでよく見る、魔法と科学が混同してる奴。僕的に、魔法のほうが一方的に強いと思う。まぁ、どういう原理で魔法が行使されるのか、解析されると終わるけれども。
「大体の勇者様には、こんな説明でわかってもらえるのだが、恭介殿。どうであろうか」
「どう、って言われても。こんな状況だし、わからないほうがおかしいっていうか。てか、僕って王様とタメ口聞いてるし? 大丈夫なの?」
なんだか、地球では自分より地位が上の人を見ると敬語を使ってしまうものなのだが、どうしてもここに居る王様には、敬語を使おうという感情が起こらない。
国王ってこんなものだったっけ? ウィリアム王子とか見てると自然に頭がさがるものだが……。
威厳がない? それとも、本能的に僕が上位だと知っているのか?
よく分からない状態に陥ったものだ。
「皆そうだ。召喚した勇者たち本能でわたし達を見下している。気にしていない」
「あ、そうだ。僕は、勇者って言って呼ばれてるんでしょ。じゃぁ、明確な敵がいるってことだ。何と戦えばいいの?」
それは、その世界に僕がいる存在意義と言っても良い存在。でなければ、こんなところに理由もなく召喚されることはなかっただろう。
「魔王を倒して下され」
ああ、やっぱり来た、王道。
僕は選ばれた人間だと、やっと実感した。地球ではただ人間の一人だった僕が、この世界では勇者だ。
僕は伝説になる。
なんだか、興奮する。
「詳しい話をしましょう、一時間後、謁見の間に来ていただけますかな。食事の準備をさせますので。場所は、アリス殿がしってるであろう」
「はい」
軽く会釈をするあべさんは直ぐに、僕に向かい直るとなにか言いたげに近寄ってきた。
王様達は、そのまま部屋を出て行く。詳しくはしかるべき場所で。いいね、そんなものに憧れていたんだ。
部屋の扉が閉まった瞬間に
「ご主人ご主人。着替えです。脱いで下さい」
「また着替えるの?」
「はい!!」
満面の笑みだった。
正直魔王を倒せと言われても倒し方がわからない。いや、そういう話に憧れていたのはそうだ。
しかし、そういう話によくあるステータス表示の仕方がわからないのはやばい。
たいてい、チート能力を持って召喚されるのに、チート能力が行使できないのなら召喚された峡がないというものだ。
果てさて、左手を上から下に軽く振ってもウィンドウは出てこないし、おでこの辺りに集中してもステータスバーなるものは見えてこない。
どうしたものか。
「ご主人、ばんざーいです」
等の僕は、あべさんに着替えさせられる始末。先程から着せ替え人形のように着ては脱がされの繰り返しだった。
その間、僕は表示の仕方について悩んでいたわけだが。
「よし、ご主人。この服が良いでしょう」
試着させられて、はや20数着め。決定したそれは、貴族が着るような服などではなく、地球で着ていたようなつぎはぎだらけのボロい服だった。
いや、正確には今庶民で流行っているダメージ系のパンク服だという。
僕は最先端の人間だった。
「ていうか、あべさん。……そうか、この世界については何も知らないんだったね」
「そうです。すみません、ご主人」
「いやいや、謝ることでもないよ。あと、試してないことは…………」
なんだろうか。姿見で僕の全身を眺めてみて、変わったことに気がついた。
どうしてか、顔立ちが大人びていたのだ。年齢が上昇した? どうして。
一七歳真っ盛りの時期だったはずだが、二十代前半のようなサラリーマン風な顔立ちに成長していた。実際は、神が少し伸び髭が生えている。その上痩けた頬にシワが少し。
「これが、僕?」
「え……ええ。ご主人、どうなさったので?」
「うーん、召喚された時に何かあったのだろうか」
悩んでいても仕方がない。今本当に悩むべきは、召喚されて与えられているチート能力なのだ。
ていうか、本当にそんなものがあるのか、いささか不思議ではあるが。
「ご主人、こうです」
あべさんは、目を閉じて集中している風を装う。そして、右手を胸の前に持ってきて、サッと横一文に動かす。
目を開ける。紅の瞳の内に文字なのか、何かが見えた。高速で動いているそれは、もう一度あべさんが行った仕草によって何事もなかったかのように元に戻る。
「おお。さすがあべさん」
「恐縮です」
早速、僕も同じことをした。
目を閉じて集中。息を深く吸い込んで、はいて。数度繰り返して、落ち着いてきて胸の前に右手をあげる。そして、振る。
「え……お、おぉぉぉぉ。見える、見えるぞぉ」
そこに見えていたのは、求めていたステータス表示。
――――――――――
一ケ谷恭介
歳:21
性別:男
種族:人間
固有魔法:世界管理・生体掌握・破裂・生成・消失
称号:四年越しの勇者
――――――――
そんなものだ。意識すれば、固有魔法に関しては説明が補足されていた。
一番気になった魔法、世界管理。それに意識を向けてみる。
『対象の生体レベルと魔法レベルを任意に変更できる。尚、一度変更したレベルは一週間変更できない。
派生魔法:吸収・添加』
この世界の魔法についてはわからないな。
でも、これで分かった。分からないが分かったとはこのことだ。
僕は、チート能力を手に入れた!!
王様に謁見室に呼ばれる時間にはまだ早い。
早速なので、手に入れたチート魔法を使ってみることにした。
使い方なんてわからないけれど。
「魔法……、ね。まず手始めに、『生体掌握』」
ぶわぁっと、自分の感覚が一瞬広がった気がして、僕がいる建物――城の内部構造と、その中に活動しているアクティブの人間がリアルタイムで僕の頭のなかに行動がわかるようになった。
それに加えて、空を漂う、魔法聖霊と鳥類など、命を持つものそれに世界が、3Dのグーグ◯・マップのように、見えた。
ちなみに、魔法聖霊とは、魔法を使用するときに魔法の仕様者を援助する魔力のような存在である。魔法聖霊がいないと魔法という行為は唯の行為になる。
つまりは、世界の根源だ。
生体掌握を使かうとそう言った情報も手に入れることができた。
「えっと、凄いとしか言い表せないよな」
魔法は、一度使用すると間接的にすべての使い方がわかるという。それも、持論でしか無いのだがその通りになる。
『生体掌握』の正しい使用法としては、生物を乗っ取ることができるという。
つまり、マインドコントロール。
興奮する。
「生体リンク、鴉」
城の周りに飛んでいる鳥を、鴉と仮定して魔法の行使を始めた。
頭の片隅に、仮想の脳みたいなのが出現した、「感覚」がした。それだけでない。その鴉の視界を、一時的に自分の眼に置き換えることが出来た。
結果的に、部屋に引きこもってながら外出できるという魔法。
いや、これを魔法と言って良いのか。今さっき理解した、魔法聖霊は、どのようにしてこの固有魔法に干渉しているのだろうか。
まぁ――どうでもいい。
事実として、ここにニートの究極進化バージョンが誕生したということだった。
「魔王城、ね。何処にあるんだろう」
恭介、もとい僕は、このまま魔王城を見に行こうと思っていた。
どうあれ、今は姿が鴉なのだ。この、生体掌握魔法の効果範囲も知りたいことだし、実験と言っても大差ない。
適当に、一方向に鴉を進めてみることにした。
進むこと三分。早くも効果範囲が切れそうになっていた。
そこで、もう一度、生体掌握魔法を行使。鴉をAPとしてそこからもう一度、魔法を広げるのだ。
できるかどうかではない。これは実験だ。出来たとしたら、嬉しい。それ以上に何もないのだ。
――――出来た。
はっきりと、ノイズが入っていた鴉との通信も元通りに回復した。
鴉には、そこにいてもらうことにして、別の鳥類を見つけようと意識を集中させると、沢山居ることに気がついた。
それは、群れになって飛んでいる、渡り鳥の大群だろうと予想がついたので、次は一度にどれくらいの使役ができるかだろう。
ズキリと、する頭の痛みは一瞬のもので、実験は成功。もう、1000匹位の鳥を引き連れることが出来た。
いや、正確には、AP鴉とは違う一匹を親として、その一匹と同じ行動するように命令した残り999匹を連れているということだが、それでも1000匹を魔法の効果ないに収めているという事実はそこにある。
「はは、なにこれ。楽しい」
「ご主人が独り言を言ってる。こわい」
あべさんは、そこにいるようだが、僕の意識はもう鳥が見せる空からの景色だ。
それを数回繰り返すこと10分。
何処まで行ったか知らないけれど、雲色が悪い場所まで来ていた。
黒い雲からは、黒い光が差し込んできていて、はっきりと、悪者の巣です。と言いたげな。
「きた、魔王の城」
鳥達の眼には、天にも届きそうな超高層ビルがそびえているのを捉える。エベレスト級だと思える自然の脅威の山々の間に、そのビルはあって、付近には、山肌に添うように段々畑のような建物が沢山とあった。
白で統一された、魔王の城は、それで、一国にも劣らないような防衛設備までそろっていて、これを攻略するのか。と、感嘆にかられた。
――――世界管理。
無性に、僕の脳内にはその単語があって。
鳥達に命令する。
あの魔王の城を囲むように飛べ、と。
そして、一匹だけの鳥に操作を集中させて、僕はにやりとした。
「管理権限――派生魔法、『吸収』!!」
そう、叫んでいた。
ズガァァァァァァァァ
という、音とともに、ステータス画面にある、世界管理の欄に新しく追加されていた、レベル管理表。そこに( )があり、すごいスピードでカウンターが回り始めた。
それに気がついたのは、魔法を発動した瞬間で、現在2000万ちょっと。下の四桁なんて、眼に見えない速度で回っている。
手を突っ込んだら切れてしまいそうだ。
「え、これすごくね?」
独り言のようにつぶやいた言葉。それは、吸収されている光景を見ていなければ理解は出来なかった。
建物が、山が、自然が、地面がすべて、衰えていくのが分かる。
ボロボロに、建物がひび割れ、廃れ、地面に地割れが起き、木が剥げていく。
それも急速に。
一分近く回り続けていたカウンターが止まった。
――――
固有魔法:世界管理 レベル管理(4,098,215,500)
――――
40億。
景色は、死んだ世界だった。
人間が捨てた都市。既に何十世紀も手を付けられていないかというほどに、魔王城は、崩壊していた。
だが、実験は終わらない。
世界管理の派生魔法にはもう一つあるのだ。そう、「添加」。
説明には、魔法レベル、肉体レベルが云々と書かれていたが、この際、肉体レベルは関係ないことは分かる。
そうすれば、魔法レベル。その、レベルといえば。
――――
固有魔法:世界管理(0+)・生体掌握(0+)・破裂(0+)・生成(0+)・消失(0+)
――――
と、まあ「かっこぷらす」が追加されていたというわけで。
ここば、無難に『消失(+)』に、1000を追加してみようと思う。
――――
固有魔法:世界管理(0+)・生体掌握(0+)・破裂(0+)・生成(0+)・消失(1000+)
――――
となっている。
レベル制の世界だとすれば、これで威力が変わるのだろうが、もともとの威力がわからない。
ので、さっさと使ってみることにした。
鳥達に念じて、もう一度魔王城の近くの歯科医を得ると、
「消失」
と、唱えてみる。
魔王城の中心、高層ビルのような魔王城の真ん中ぐらいに、ちっちゃい黒い玉が現れて、バリバリと、音を立てながら、大きくなっていくのだ。
内心、おお。と歓声。
徐々に大きくなるそれは、次の瞬間に、鳥達が居る場所すらを飲み込んでブラックアウト。
鳥も飲み込まれたのだろう。その鳥とは二度と通信をすることが出来なかった。
生体掌握魔法の影響下にある鳥を総動員し、確認に向かわせる。
そこには。
ずっぽりと、球体状に山の間が刳り抜かれており、そこに、今さっきまで建物があったとは思えないほどにまで、現実離れした光景がそこにある。
「は、はは。やべぇな、魔法。これが、僕の力だとしたら恐ろしい。
というか、魔王倒したよな。これで、僕の召喚された理由が達成されたとしたら、この世界で僕は自由なのか?」
いやいや、自由も何も王様に僕を拘束する理由はないだろうに。
「ご主人ご主人、魔王を倒したんですか?」
そこで、わすれていた、あべさんが問いかけてくる。
僕はうなずいて答えると、「信じられない」と言いたげな表情で口元を両手で覆った。
それでも、信じてくれているようで
「凄いです凄いです」
と、猫のように無性に近づいてくるので、鳥達を操作していた生体掌握魔法の仮想脳を放棄して、グリグリとあべさんの頭を撫で回した。
身長的に、僕を見上げるような立ち位置になっているので、撫でやすい。
そして、見上げる紅の瞳にはキラキラした尊敬に満ち満ちた輝きを伴っていて、それで
ドアがノックされた。
どうやら、丁度時間が来たらしい。
僕と、あべさんは、離れるとあべさんはドアの前に行き扉を開けた。
「行きましょう、ご主人。王様に報告です」
僕が、魔王を倒したとだけしか云ってないのに、それだけで信じてくれるあべさんが眩しく感じた。
と、言えども、嘘なんてついてないけれど。
純粋に、嬉しかった。
謁見の間。それは、この城の中でも随一を誇る大きさらしい。
その名にあったような装飾は、目を引くものばかりだ。人目で地価何億とも下らないように見えるダイヤモンドのようなネックレスや、モナリザに引けをとらないほどの絵画。
まぁ、どれもこれもテレビでしかお目に掛かれないような、美術館状態だった。
とも言っても、僕自身貧乏け出身なので「ああ、これは高いな」とか、分かるだけなのだけれど。
専門家でもないし、どれくらいの価値が有るのかは判別しかねる。直感で、そう思った。とだけ示しておいて、あべさんに腰のあたりをつつかれる。
どうやら、唖然としている風が数刻と長かったようだ。それでは、王様に失礼であろうと、そう言った指摘だ。
「勇者様、一ケ谷恭介殿のお見えだ。頭を下げよ」
王様のその言葉で、謁見の間に控えていた皆が腰を折る。
どういう状態だ?
謁見の間と言っても、大きなテーブルが一つだけあるだけだ。奥に王様が座っていて、控えている人たちは皆、テーブルにはつかずに立っている。
その、廻りに立っている使用人たちが一斉に腰を折る。それだけで豪勢だ。
僕が、心臓が弱い人だとすれば一瞬で止まってしまっても異論はない。それだけに、恐怖が伴っていた。
まぁ、魔王さまを殺したのに、いちいちこの光景に心臓が止まっていては、殺した魔王さまに悪いだろう。
「そして、恭介殿。私は、エネレスタ王国国王、ローランド・エッテルバルム・エネレスタ二世だ。
さぁ、料理はできております。冷めない内にどうぞお召し上がり下さい」
「あ、……ああ。エネレスタ国王さん。
それで、詳しい話ってのは……?」
指定された位置に、僕と隣にあべさんが案内されて、座りながらそう問いかけていた。
「勇者様には、この世界について少しばかり話しておかねばならないと思い、設けさせた席です。どうぞ、召し上がりながらお聞きになって下さい」
それを、国王様が直々にやるっているのは馬鹿げた話だろう。
まぁ、この世界じゃあそれが普通なのかもしれないけれど。
「まず最初に、この世界は民から『アドミナハル』と呼ばれています。それは、遠い昔の言い伝えに『アドミナハルの英雄口伝』という物がありまして、それから取ったものである、と言われています。
その、アドミナハルには魔法という特殊な力があります。勇者様方には、固有の魔法が英雄クラスだと聞いております」
「――って、少し止めてもらっていいか? さっきからな、勇者様とか、僕以外にも勇者がいたような話し方をしているが、どうなんだ?
それは、口伝がどうたら言ってる言い伝えの話なのか、それとも、僕以外にも勇者という立場の召喚された者がいるのか?」
「察しの良い勇者さまだ。そうです。恭介殿は、9番目の勇者様です」
「そうか、僕以外にも勇者がいたのか」
選ばれた人間は、僕だけではなかった。そう正面から言われたようでがっかりした。
あべさんは、聞いているのだろうが王様には目もくれずに、鰹節のようなふりかけを色んな料理にふりかけて楽しんでいる。
あ、笑った。よほど楽しいのだろう。
「よろしいですか? 続けますね。
固有魔法と言うのは、人間が生まれた時から持っている能力です。その力は、レベルを上げる事で強大になっていきますが、しかし、固有魔法以外の魔法は使えないという、アドミナハルの特殊な縛りがあるそうです。
つまりは、使える魔法は決まっている。ということですね。それを、私たちは協会に属している司教様に固有魔法を占ってもらっています。
しかし、勇者様にはどういう訳かわかるそうですね。召喚されると不思議な力を持つようです。あ、良いですよ、恭介殿が見えるか見えないかは、この際問題では在りません。ただ、協会へ行く時間が短縮される、それだけの違いですからね。
それが、魔法についてです。
次に、レベルについてです。勇者様は、よくよく理解していますが、経験を積むことで成長する度合いが、レベルというものです。
アドミナハルにおいて、分かっていることは、レベルは二種類あるということです。
まず、魔法レベル。次に、肉体レベル。
その二つは、互いに、互いを支えています。魔法レベルを鍛えようとしても、肉体レベルの三倍以上上がらないとされています。肉体レベルは、戦うことや筋力トレーニングで強化できます。
まぁ、基本については、このくらいだろうか。あ、そうだ。この二つを足したモノが、俗にいう『レベル』です。
理解できない時は、勇者様がこう言うと良いと言われている。
『ファンタジー世界だ。敵と戦う、それで良い』
どうでしょう、世界に仕組みについては大体理解してもらえただろうか」
異世界転生の時に語られるチュートリアル女神のような世界の説明。
それを、こんなヒゲモジャのおっさんにしてもらうハメになるとは。しかし、これで理解する。
僕が持つ『世界管理』という魔法が、この世界でどういう力を持つか。
しかし、それにはこの世界の普通を教えてもらわなければならない。
「あとは、過去に英雄と呼ばれた人方のレベルを教えたほうが良いとも言われている。
大体、レベルは三桁の後半にぎりぎり行くかどうかだそうだ。魔法レベルが400。肉体レベルが200とか、そういったところだろうか。
伝説譚に触れたいのなら、図書館に案内しよう。字は、読めるだろうか。読めなければ読み聞かせでもさせよう。興味があれば、だが」
へー、と興味ありげにうなずいた僕だった。
その時、あべさんが小声で
「魔法レベルは、幾つもある固有魔法の全部のレベルを足したものだそうですよ」
という。
つまり、僕の魔法レベルは。と、小さく右手を横に引くと、ステータス画面が見える。
――――
一ケ谷恭介
歳:21(0+)
肉体レベル:21
性別:男
種族:人間?
固有魔法:世界管理(0+)・生体掌握(0+)・破裂(0+)・生成(0+)・消失(1000+)
称号:四年越しの勇者 召喚された勇者 魔王を殺した者 英雄
――――
あれ? 種族の人間に「?」が追加されていて、それに、称号が増えている。
まぁ、いいや。
僕のレベルは、…………1021。
うわぁ。既に英雄級を超越しているじゃないか。
それに、王様が言っていた、肉体レベルの三倍以上は上がらないとか言う話。軽く五百倍は育っていた。
何があるかわからないので、肉体レベルを350に上げとこう。
と、念じて、肉体レベルが書き換わった途端だった。
「……。恭介殿。貴様、何をしたのですか」
冷たい言葉。
使用人たちの表情が一気に敵を見るように凍りついた。嫌悪しているようにも見える。
「何をって、何もしてないけれど……?」
しまった。レベルって、表面にも周囲にも影響するのか?
と、まあ。失敗したわけだ。
何も考えていなかったと言っても、魔法レベルも肉体レベルも、英雄級を越える必要は無かったのだ。
それに、この場所で、変更する必要など、もっと無かったわけだ。
「まさか、魔王と同じ力を使うとは」
エネレスタ国王の横に控えていた、宰相のような人間が言う。
「彼は、相手を固有魔法を調べる固有魔法を持つ。それこそ、協会の司教のような魔法だ。
今、彼は君を見ていた。レベルが、一気に上昇したという。
それを、私も感じることが出来た。こう見えても、過去は戦争の最前線で戦ったのだ、環境の変化など直ぐに分かるだろう。
さぁ、恭介殿……勇者殿。今の魔法について説明はありますか? 国王の私にそれを開示する意志はあるか?」
「……。それだけで疑われるのか? 今は王様に敵対なんてしないよ。意味が無いことだからね。
ていうか、その表情の変わりようだと、昔召喚した勇者にでも裏切られたとか?」
「ぬぅ、そうか。勇者という人間は、皆そうなのか。
ええい、皆出て行け。私とラーシャオ、勇者殿とその従者だけにしろ」
そう言って、ぞろぞろと使用人たちは出て行くのだ。
あの使用人たちは、兵士の変装だろう。それも、かなり腕の達つ。あの、敵を見る目を見て、そう判断したが、あながち間違いではないように思える。
「あ、別に僕とあべさんは、ホントに敵になったりしないから。
ほら、もう、魔王とか倒したし」
「「っ!?」」
絵に描いた「驚愕」を、顔で表現された。
「勇者様といえど、そういう見えすぎたウソを付くのか感心しませんな。どうしてくれようか」
「どうしてくれようか、ってのは。僕の処遇の事?」
そう尋ねると、二人揃って頷くのだ。
唯、目の前で魔法を使っただけなのにかかわらずに。それだけで、処罰を下すなんて、暴君だ。
絶対王政、ぼくは嫌いだ。
「ええい、追放だ追放。
もう、私に力など貸さないだろう。どんな力を持っていようが、知らん。
――――出て行け」
そう、突っぱねる。
ぼくはおとなしく引き下がるしか無いじゃあないか。
「だってさ、あべさん。どうしようか」
「ご主人、このステーキ美味しいです」
そのステーキは、鰹節みたいなひらひらな粉に紛れていて、肉だと判別できない状態だった。
しかし、僕を見ること無く一心にステーキに向かっているので、なんとも言えない。
「では、これを食べ終えたら直ぐに出て行くんで、それでいい?」
僕は、そう問いかけると、そっぽを向いた王様。宰相のほうが、うなずいて、契約成立。
実を言うと、料理は何一つ食べ終わってすら無かった。
話半分で、疑惑を押し付けられて、そのうえ追放宣言。
まだ10分にも達していないスピード業だった。
一口。
「なにこれ、めちゃ美味しいんだけど」
「ですよね、ご主人。これもいけますよ」
「ええ、このいちごみたいなやつ何? ……うわ、トマトみたいな味するし。ギャップやべぇ」
「ご主人ご主人、そのトマトもどきにはこれをかけるといいですよ」
「それは、なんだ? 黒くてねとねとしているが」
「黒ゴマとあんみつを混ぜたようなソースです」
「ぜってぇ合わねえし」
「騙されたと思って、どうぞ」
「既に準備しているものを渡すな、食べないといけなくな――――ぅぐ!?」
「ごちゃごちゃは、食べた後に言って下さい」
「――――、喋ってる途中に突っ込むな。あぶないだろう」
「どうです?」
「ガチ不味。これは無いわぁー」
「そうですかそうですか。これはおいしくないですか」
「食べたのか? 美味しくないとは思わなかったのか?」
「いいえ、食べてませんよ」
「僕は、実験台か?」
「美味しいと直感が言ってましたので」
「その直感には二度と頼らないぞ、僕は」
なんて、楽しく頂きました。
※飽きたので終わりました。