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第一話『日常』―8



 三十分ほど高速道路を走り、更に下道を三十分。郊外の山に面したそこに、動物の保護施設が設けられていた。二階建ての、平たい建物だ。

 一階が保護された動物、二階が従業員の居住スペースと、パソコンなどの置かれた作業場になっている。


 ただの野良犬や野良猫は、ここには居ない。『ただの』というと、ここにいる動物が特別なようだが、特殊なこともない。ただ単に“潤にくっついてきた動物”が保護されているというだけだ。

 勿論、中には施設に直接動物を捨てに来る者や、社員が同情の念を抱いて保護した野良動物もいるものの、それは少数だった。


 どういうことだか本人も疑問に思っているのだが、潤は何故か動物に好かれる。“好かれる”というと語弊が生まれるが、とにかく、なかなかの頻度で動物についてこられる。

 元ペットが多い。捨てられた犬や猫が多く、フェレットやウサギ、ハムスターについてこられた事もある。ハムスターの時には、危うく踏みそうになったりもした。


 そんなわけで、この保護施設では、飼い主を捜す活動も行われていた。保護されてからある一定期間を過ぎると、里親探しに切り替えられる。


 好きか嫌いかと問われれば、動物は好きだ。というか、潤は何かに対して“嫌いだ”と思うことが皆無に近い。“苦手だ”と思うことは、当然ある。寒いのは苦手だし、愛想笑いも苦手だし、朝起きるのも苦手だ。だが、嫌いだとは思わない。


 腰まである自分の髪の毛も、正直鬱陶しいので切りたい。と、常々思っているのだが。とある人物に「長いのが可愛いし、似合ってる」とかなんとか言われたので髪を伸ばし始めたら、定期的に切っているにも関わらず、こんな長さになっていた。

 尤も、十年ほど前に言われた事なので今はもう「可愛い」はないだろうと確信しているが。追記すると、「可愛い」と言われたことが嬉しかったわけでもない。


 二十歳を過ぎた辺りから――否、もっと前からだったかもしれない――初対面の人物に女性と間違われることに関しても、いい加減うんざりしている。


 ともあれ、潤は自分についてきた動物を無下に蹴り倒すことのできる人物では到底なく。無視を決め込むことのできる人物ですらなかった。しかし、自分で飼うこともできない。

 それならば、土地を買って保護施設を作ればいい。と、行き着いたわけだ。無論、普段から上司の――泰騎のことだ――仕事もこなす潤が管理できるわけもなく、他人任せになっていた。潤ひとりの収入でどうこうできる額でもないので、会社からも支援を受けている。


 施設の管理者や従業員には、《P・Co》から給与が支払われている。因みに、この施設で働いている者はみな一般人だ。


「アニマルセラピー最高! にゃんこたち、ボクを癒してー!」


 施設の責任者と話している潤の耳に、歓喜溢れる倖魅の叫びが届いた。


「――ので、先週は犬が三匹と、猫が一匹、飼い主さんのところへ帰っていきました」

「そうか」


 倖魅の叫び声で過程部分が聞き取れなかったが、結果は聞けたので頷く。


 施設長は三十代の男で、元々は獣医をしていたところを、雅弥がスカウトしてきた。よほど有益な条件を提示されたのだろう。施設長はふたつ返事でOKを出したそうだ。


「それと、先月潤さんが連れてきたモモンガとミミズクも、里親が決まりましたよ」


 言われ、そんな動物の保護を頼んだことを思い出す。モモンガは顔面目掛けて飛んできて、ミミズクは許可なく肩にとまってきた。そもそも飼われていたかどうかも定かではなく、野生動物だとしたら自然へ返さなければならない。

 そんな面倒な調べ事も、施設の人間に頼んでいる。里親が決まったということは、元々飼われていたのだろうか。譲渡手続きなども面倒なので、施設へ丸投げしている。


「そうか。良かった」


 短く答えると、潤は倖魅たちの向かった、猫のいる部屋へ向かった。


 小動物の集められているエリアを過ぎると、倖魅の猫なで声――そのままだ――が聞こえてきた。


「かぁーわぁいーぃいー!」


 抜け毛を全身に纏い、倖魅が猫と戯れている。特に、ニットのカーディガンは凄い有様になっていた。


 キャットタワーやキャットトンネル、ハンモックなどが随所に設置されている部屋に、今は二十匹ほどの猫がいる。


 倖魅から少し離れたところで、恵未は膝にのっている猫ににぼしをやりながら、自分もぽりぽり食べている。

「あ、潤せんぱーい。にぼし、食べます?」

「いらない」

 断られても落ち込まず、恵未は煮干しを口へ放り込む。


「潤ちゃーん。猫ってやっぱり可愛いねー。アメショもスコフォも雑種もー……って、潤ちゃん、今日もモテモテだね!」

「…………」

 部屋へ入るやいなや、猫の歓迎を受けている潤は、無言で立ち尽くすしかなかった。何故か? 脚に三匹、肩に二匹、頭の上に一匹くっついているからだ。

 少々動いても振り落ちはしないだろうが、脚に猫がくっついている状態というのは、とにかく歩きにくい。仔猫ならまだしも、立派な成猫だ。重さもある。

 こうなるから、猫は好きだが近付きたくない。


 潤は脚にくっついている猫を一匹抱きかかえると両脚に一匹ずつぶら下げた状態でゆっくり歩きだした。街中を歩いていても、稀にこういった状態に陥る。


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