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番外『忘年会』―中編




 一誠が、アルバイトふたり――歩と大地を連れて現れた。歩と大地は俺と目が合うと「副所長、こんにちは」と、笑顔を作って会釈をしてきた。二年ほど前に叱咤してから、結構な間恐がられてきたが……最近、やっと自然体で顔を合わせてくれるようになった気がする。


 一誠は相変わらず青白い顔をして、猫背で、存在が薄い。俺のピット器官の感知力がちゃんと働いているのかと疑ってしまうくらい、薄い。もしかしたら、気配を消した時の泰騎よりも薄いんじゃ――

「やっほーみんなー!」

 ……なんて、やっぱり泰騎の方が上か。そもそも、騰蛇が寝ている状態の俺じゃ、生物の感知能力も完全じゃないしな。

 俺は、すぐ二メートルほど後ろで右手を挙げている泰騎を振り向いた。


「社長以外、全員揃ったぞ」

「あ、さっき電話あったで。社長は三十分くらい遅れて来るって」

 手首にある時計を見ると、針は十一時五十五分を指している。予定の開始時刻は、十二時だ。が、この雰囲気だと、きっと予定を早めて――

「っちゅーわけで、社長は後から来るから先に始めとくでー!」

 こうなるわけだ。


 泰騎の言葉を合図に、他の面子が「はーい」と声を上げた。

 グレーのコックコートを着たシェフらしき人物が泰騎の後ろを通り、料理を中央テーブルへ運んでいる。中央には柱が一本立っていて、それを囲う形で、楕円形のカウンターのようなテーブルになっている。その上に、持ち手の付いたベルがふたつ置かれていた。


 十五人分の料理ともなると、それなりの量だ。だが結婚式の二次会を行うとなると、倍の人数になる事もあるのだろうから……きっと、慣れたものなんだろうな。

 泰騎の要望なのか、コース料理ではないから、メインとなるような料理の割合が多い気がする。あと、デザート類。流石に、忘年会に五十万円全ては使っていないだろうが……それなりの金額を支払っているのであろう事が伺える内容だ。前菜に当たるパテやテリーヌなども並んではいるが、メイン後に食べるサラダは少ないように思う。


 泰騎が、ラミネート加工されているドリンクのメニュー表を掲げた。

「飲み物は各々、このメニュー表から選んでな。テーブルにある呼び鈴鳴らしたら、誰かしらが来てくれるけん。未成年はアルコール禁止! 飲みたかったら自分()で飲めよー」

「大声で未成年者に飲酒を促すな。自宅でも禁止だ」

 店員の手前、一応注意はしてみたが……。まぁ、禁止しすぎると欲求が爆発する例もあるわけだし、何事も程々に、だな。隠れて行う飲酒程度の犯罪で、いちいち叱ってもいられない。


 横で泰騎が、料理を運んできたコックコートの彼を手で示しながら、

「最初の飲み物は今聞くから、決まった奴からそこのお兄ちゃんに言うてってー」

 と指示した。


 後輩が各々オーダーを告げる中、俺は泰騎が持っているドリンクのメニュー表を横目で見て、“ウーロン茶”がある事を確認した。フランス料理に烏龍茶というのも、料理を作った人には少し申し訳ないが。ワインの良し悪しが分かるわけでもないから、お茶で良――

「はーい。今『ウーロン茶』って言おうとした潤は、赤ワインなー。シャトーを適当に用意して貰うから。今日はウーロン茶なしの方向でー」

「って、何でお前が決めるんだ」

「ヨッシー! シャトーのミディアムボディ適当に選んできてー。んで、グラスふたつー」


 無視か。そして、コックコートの彼は『ヨッシー』というのか。ニックネームだろうが、苗字か名前か、どちらから取ったのか……。どちらにせよ、流石に俺からは『ヨッシー』とは呼べない。


「あ、潤はキャンティ派じゃったっけ?」

 注文してから訊くな。

「フランス料理だし、今日はシャトーで良い。それはそれとして、勝手に決めるな」

 というか、本当に良し悪しが分からないから何でもいい。俺にとっての赤ワインの大半は、――極端に悪い言い方をすると――渋い葡萄汁だからな。正直、フルボディは苦手だ。ミディアムかライトが良い。その点で考えると、泰騎の選択は間違っていない。ただ、俺の意志を無視して勝手に決められるのは、好い気がしない。


「泰騎はもう少し、俺の意見を聴いてくれてもいいと思う……」

「潤はもう少し、はっきり否定をした方がええと思うな」

 は? まさか言い返されるとは思わなかった。


「否定しても聴かないだろ」

「聴いとるよ。ただ、聞き入れるかどうかは別もんじゃろ?」

「ああ言えばこう言う……」

「いやいや。さっきじゃって、ほんまに嫌ならもっと強く断ればええじゃろ? それを、『シャトーでええ』って言うたのは潤じゃがん。その後で『勝手に決めるな』って言うのは、遅すぎると思うで」


 ……そう言われると、返す言葉もない……ような……。うぅん……。こうやっていつも丸め込まれている気もするが。


「なぁにー? 夫婦喧嘩?」

 俺と泰騎が問答していると――いや、俺の押し負けは確定していた――倖魅が口元に手を当てて、笑いながら現れた。


「喧嘩って程じゃ……」

 俺が控えめに否定していると、倖魅は更に口角を上げた。


「むふふ。潤ちゃんがムキになってるトコって貴重だから、後輩ちゃんたちがビックリしちゃってさぁー」

 言われてテーブル付近に目をやると、確かに、固まったまま動かない顔が数個見える。そんなに大きな声を出していたつもりはないんだが……。


 そんな事を考えていると、『ヨッシー』が飲み物を持って厨房から出てきた。倖魅は、赤ワインベースらしいカクテルを手に取り、礼を述べてからこちらに向き直った。


「まぁ、潤ちゃんってお堅いイメージあるから、それが砕けて良いかもだけどー。あんまりフランクになられるとボク的には都合悪いから、程々にしといてねー」

 それはつまり、俺の利用価値が下がるって事か。


「分かった」

 と答えてはみたが、無意識に行っている事では対処のしようがない気もする。まぁ、倖魅は満足してまた恵未の所へ戻って行ったから良いか。恵未の隣には常に祐稀が居るわけだが……、それでも倖魅は嬉しそうだし、俺が気にすることでもないか。


 視線を泰騎へ移すと、気持ち悪いほど笑っていて――俺は自分の顔面が引き攣ったのを感じた。

「夫婦喧嘩じゃって……」

「それがどうした」

「なんか、ええ響きじゃなぁー」

 しみじみとそんな事を言っている泰騎を半眼で眺めていると、『ヨッシー』が赤ワインとグラスを持って、目の前までやってきた。


「泰騎が誰かと喧嘩をしているところなんて、初めて見たよ。いつも、喧嘩の仲裁役だもんね」

 笑みを含んで、そんな事を言っている。尤も、泰騎に社外で喧嘩をされると都合が悪い。社内でも十分都合が悪いのだが。泰騎が誰かと喧嘩をしようものなら、相手の心配をしなければならなくなる。


「ゆっくりしていってくださいね」

 『ヨッシー』は人当たりの良い笑顔で告げると、俺にグラスを渡して、ワインを()いでくれた。料理が上手くてこの愛想だ。さぞかし女性から好かれる事だろう。

 泰騎もグラスにワインを受け取り、『ヨッシー』に手を振って見送った。


「みんなー、飲み(もん)手元に届いたかー?」

 泰騎が、料理の並んだ中央テーブル付近に向かって声を張る。元気のいい返事を聞き受けると、泰騎は三分の一ほど赤ワインの入ったグラスを掲げた。


「今年も色々あったけど、お疲れ様! 新年会はまた別にするからなー! かんぱーい」


 あっさりとした挨拶も、いつもの事だ。長ったらしく話したところで、真剣に聞いているのは凌くらいのものだからな。

 後輩各々が、近くの者とグラスを鳴らして料理を皿へ移している様子を眺めていると、凌が近付いてきた。


「泰騎先輩に潤先輩、今年もお疲れ様です」

 営業中の笑顔とは違うそれを向けてくる。こういう顔をされると、こちらもつられて笑えるから有り難い。


「凌ちゃんも、いつも後輩のまとめ役あんがとー」

「いえ。オレは大したことはしていませんから」

 凌の謙遜もいつもの事だ。が、これは謙遜ではなく、おそらく本当に『大したことはしていない』と思っているのだろう。

 凌の手元を見てみると、水が持たれている。これは……フレンチだから取り敢えず水にしたのか?

 そんな事を考えていると、俺の考えを察した凌が、水の入ったグラスを少し持ち上げた。


「オレは無味炭酸水が苦手なので、ナチュラルです。軟水は飲みやすくて良いですね。――と、それより、少し訊きたい事がありまして。今、良いですか?」


 俺と泰騎の顔を交互に伺ってくる凌に、苦笑が漏れた。

「そんな伺い立てなくてもいいぞ」

「いえ。ご夫婦でご一緒しているところに割って入るわけですから――」

「そういう気は遣わなくていいから」

 思わず声が大きくなってしまった。凌が、少し驚いている。


「すまない。怒ったわけじゃなくて……。俺達への接し方は、今まで通りで良いから……というか、今まで通りが良いから。妙な気を使わないでくれ。頼むから」

「そうですか。では、以後そうさせて貰います」

 凌が、俺と泰騎を交互に見てから頭を下げてきた。


 ……倖魅は俺の事を『お堅い』と言っていたが、もしや凌の方が『お堅い』んじゃないか?


 空になったグラスにワインを注ぎ足しつつ、泰騎が凌に尋ねた。

「で、訊きたい事って何なん?」

「社長の事なんですけど……養子縁組の件、本気らしくて……」

 あぁ。社長もやっと真面目に話したのか。凌の深刻そうな表情を見る限り、社長の誠意は伝わっているらしい。


 凌は水の入ったグラスをテーブルへ置くと、「困っているんです」と、顔を伏せた。

「社長が嫌なわけではないんです。でも、『二条凌』っていう響きが嫌なんです」

 真剣な顔そのもので、凌はそう訴えてきた。

「えっと……」

 正直、俺は自分の名前の響きなんて気にしたことが無いから、凌の言っている事がいまひとつ理解できない。確かに、比べてみれば今の『芹沢(せりさわ)凌』の方が言いやすいし、しっくりくる気はするが。


 俺が返事を出来ずにいると、泰騎がワイングラスを回しながら唸った。

「確かに『二条城』っぽいっちゃーぽいけど。まぁ、名前なんて実際は自分が決めるモンでもねぇわけじゃし。ワシは『二条凌』でもおかしくねぇと思うけどなぁ?」

「……そうですか。……そうですね。もう少し考えてみます」

「あんま考え込むと、今度はハゲるで。名前と戸籍が変わるだけなんじゃから、気楽に考えられぇ」


 いや、気楽に考えられる内容ではない気がするぞ。


 凌も苦笑している。

「そうですね。前向きに考えてみます。有り難うございました」

 凌は「でも、流石に先輩方を『叔父さん』とは呼べませんね」と言い残して前菜コーナーの前へ歩いて行った。


 隣で、泰騎がニヤニヤと笑っている。

「凌ちゃんが甥っこになるんかー。家族が増えるんはええなぁー」

「まだそうと決まったわけじゃないだろ」


 ただ、『前向きに考える』と言った時の凌は、かなりの確率でそれを決定する。という事は、遅かれ早かれ彼は『二条凌』になるのだろう。今も悩んでいる風ではあったが、ほぼ答えは決まっている様子だった。大方“最後のひと押し”が欲しかったのだろう。


 ぼんやりと後輩たちの様子を眺めていると、去年とは違う様子が伺える。一番変わった事と言えば、倖魅と祐稀が仲良く食事をしている事だろうか。それこそ、数か月前までは顔を合わせもしなかったくらい険悪だったというのに。


「ところで潤。恵未ちゃんは倖ちゃんと祐稀ちゃん、どっちを選ぶと思う?」

 俺の肩に肘を掛けてくる泰騎をそのままにして、俺は少し考えた。

「そうだな……決めるのは恵未だし、もしかしたら、全く別の誰かかもしれないし、誰も選ばないかもしれないよな」


 何せ、恵未の口から“恋愛話”など、一度も聞いたことがないんだ。同僚はおろか、タレントの好みさえも、全く知らない。


 泰騎も――相変わらず俺の肩に肘を置いたまま――同じような考えらしく、頷いた。


「そうじゃなぁ。恵未ちゃんの場合は生涯現役、仕事一筋かも知れ――」

「恵未さん。よかったら僕とお付き合いしてくれませんか?」


 突如聞こえたこの言葉に、この場の空気は凍てついた。実際、俺も自分の目と耳を疑ったし、泰騎も口からワインが零れ出すくらいには驚いている。そんな俺たちよりも深刻な症状なのは、言わずもがな、倖魅と祐稀だ。具体的に言い表すと、ふたりは瞬きどころか、息もしていないような立ち姿だ。


 この言葉を発した人間が、もしも倖魅や祐稀だったなら、この場はこんな空気にはなっていないだろう。俺が知る限り、この人物は恵未との接点など、無いに等しい筈だ。


 恵未は先程自分に告白――というものだろう――してきた人物を見返し、小首を傾げた。


「え? あー、えっと、透君の言う“付き合う”って、具体的にどういう意味の“付き合う”なの?」

「要するに、恋人同士になるという意味での“付き合う”です」

 透は冷静に、淡々と、恵未の質問に答えている。


 恵未は「あぁ。そういう事」と呟くと、

「私、恋愛とかよく分からないんだけど。それでもいいなら、良いわよ。よろしく」

 と、こちらも実にあっさり、透に向かって右手を差し出した。


 俺は倖魅と祐稀の様子を視線で追ってみたのだが――微動だにしない。心臓が止まっているのではないかと心配になるほどに。

「って、マジか! お前、恵未さんの事好きだったのか!?」

 叫んだのは、透の相方である恭平だ。この場に居る者ほぼ全員が思っているであろう事を、代弁してくれた。


 その問いに対する、透の答えはこれだ。

「まだ気になるっていう段階なんだけど……でもまぁ、好きなんだと思うよ」

「それって、付き合うにはまだ早いんじゃ……」

 ぼそりと意見したのは一誠だが、透は「でもさ」と、意見を返す。

「年上の女性に、しかも別部署とはいえ、上司に向かって『友達から』って言うのも、何だかおかしいでしょ。付き合った方が手っ取り早いと思うんだよね」

「そうね。私としても、まどろっこしいのは嫌だわ」

 恵未も恵未で、妙に納得して透に同意している。俺が言うのもなんだが、何かがズレている気がする……。


「っつーか、お前……今、命の危険に晒されてる事に気付いてるか?」


 恭平が強張った顔を透へ向けている。顔色も悪い。その背後に居るのは、静かに怒り――だと思う――を滾らせている、祐稀だ。無言だが、威圧感が凄い。そんな祐稀の様子を直視しても尚、透は動じる様子がない。


「今、現に恵未さんは僕と付き合う事に賛同してくれたんだから、第三者がどう思っていようが関係ないはずだよね?」


 透が言う事も、尤もだ。当人たちがいいと言っているのだから、周りがとやかく言うべきではない。それは分かるのだが――

「恵未ちゃん。今まで誰とも付き合わんかったのに、急にどしたん?」

 訊かずにはいられなかったのだろう。俺から離れた泰騎が、恵未に詰め寄っている。


 恵未は泰騎の質問の意図が理解できないのか、きょとんと目を瞬かせた。

「急に……って……。だって私、誰かから『付き合おう』なんて言われた事無いですし。私そういうのよく分からないんですけど。分かりやすく好意を伝えてきてくれているわけですから、それには応えなきゃいけないと思うんです」


 ……言われてみれば。恵未の言い分も理解できる。元々彼女は、誠意には誠意で応える人物だ。しかし、回りくどい言い方で好意を伝えようとしても、彼女は気付かない。恵未が捕らえるのは直球であり、カーブやスライダーや、魔球ではないんだ。


 それを踏まえた上で、俺は倖魅を見た。随分と落ち込んでいるのかと思えば、目から鱗を零している。


 そうだ。お前はいつも、他の人間に向けるものと同等の意味に取れる「好き」を恵未に向かって言っていたんだから、真面目に受け取られなかったんだ。と、本人が痛感しているであろう事を、俺は心中で呟いた。


「まぁなぁ……倖ちゃんって、潤ちゃんに対してホイホイと『愛してる』とか言うとるし……。恵未ちゃんからしてみたら『こいつは皆にこう言う奴』って感じじゃでな……」

 恵未の元から戻ってきた泰騎が、肩を竦めた。


「倖魅も倖魅だが、可哀想なのは祐稀もだろう」

「祐稀ちゃんの性格からして、本気で告白はせんじゃろうしなぁ」

「いいんです……私は、恵未先輩が幸せに生きる為のお手伝いが陰ながら出来れば、それでいいんです……」


 そう口から漏らしている祐希の手元を見やる。皿の上に、料理が山の如く積まれていた。几帳面な祐稀が盛ったとは思えない乱雑さで。


「所長たちがご結婚されたと聞いて、私にも希望があるかと、欠片ほど思っていた事も事実ですが……私は一生、付き人でいいです……」

「っていうか、祐稀ちゃんが恵未ちゃんの付き人っていうのも初耳なんじゃけど。祐稀ちゃんの相方は一誠じゃろ」

「あいつは只のビジネスパートナーです。逆に、恵未先輩と常にビジネスパートナーで居られるかと言われると、私には無理です」


 泰騎は「ふぅん」と声を漏らして、

「まぁ、恵未ちゃんと透が長続きするとも思えんのじゃけど……。あぁいう性格が真逆の奴らって、意外と噛み合うんよなぁ」

「透は性格こそ何を考えているか分からないですが、私たち同期の中では最も優秀な成績を残していますから」


 祐稀も大分落ち着いてきたらしい。まぁ祐稀の場合はある意味、最初から諦めていた節があったしな。頭の切り替えも速く出来るんだろう。


 恵未と透はというと、部署が違うから連絡先をお互い知らなかったらしく、スマートフォンを突き合わせて連絡先の交換をしている。

 俺は、環境が変わって恵未が自炊でもするようになってくれれば良いなと思っているんだが……。もう少し塩分を抑えた食事を……。


「まさかこう転ぶとは、って感じじゃなぁ。職場恋愛って、見とって楽しいわぁー」

 俺の相方はと言うと、後輩連中の様子を見てほくそ笑んでいる始末だ。

 そして倖魅はというと、凌と尚巳に慰められているらしい。倖魅の前には、酒の塔が(そび)えている。今まで、恵未の前じゃ煽るほど酒を呑まなかったのにな……。

 プライベートに口を出すつもりはないが、明日からの仕事は熟して貰いたいものだ。今の倖魅に言うのも酷な話だが、仕事は今も溜まっている。……うん。今は言わないでおこう。


「恵未ちゃん、これを機にお洒落とかしだすかなぁ? 潤はどう思う? あ、あのふたりがどのくらいで別れるか賭けるか?」

「お前まで何を言ってるんだ」


 俺が溜め息を吐いていると、祐稀が真面目な顔を向けてきた。

「気になっていたのですが、所長と副所長はどちらがどちらなんですか?」

「何がだ?」

 『どちら』とは、何に対する『どちら』なんだ?


「もしかして、ワシらの夜の夫婦生活について訊いとるん?」

「はい。それです」

 …………俺の周りは、何でこういう話題が好きな連中が多いんだ……。真顔で訊いてくるから、どんな深刻な疑問かと思えば……。


「私も正直、恵未先輩をどうこうしたいと思った事が無いと言えば嘘になります。というか、どうこう出来るものならしたいです。でも、具体的にどうしたいかと考えると、いまいち何をどうすればいいのか分かりません。同性の場合ですと、ポジション決めは何を基準にすれば良いのでしょうか」


「めっちゃ丁寧で真剣に訊いてくれとるトコに水を差して悪いんじゃけど、さっきそこで対象が当事者のカップルが誕生したばかりじゃで」


 泰騎が顎をしゃくって当人たちを指したが、祐稀は怯まない。

「それはそれ、これはこれです。先程所長が提案した賭け、私は“ひと月以内”にお給料一か月分を賭けても良いですよ」


「まぁ、祐稀ちゃんがそう言うんなら別にええけど。あ、賭けの事じゃねぇで? 恵未ちゃんの場合、自分からどうこうしてくるって事は絶対ねぇわけじゃから、そりゃもう、祐稀ちゃんが押し倒すしかねぇじゃろ。あ、同意は必要じゃで。強姦、ダメ、絶対、な」

「分かりました。いざという時の為に道具を一式揃えておきます」


 ……その『いざ』って、どういう状況なんだ……。俺は疑問に思ったが、それを言及する事は出来なかった。というか、あまり考えたくない。祐稀本人が納得しているのだから、俺がどうこう言うべきでもないしな……。実際、祐稀の表情は晴れやかだ。


「有り難うございます。これで明日からも仕事を頑張れそうです。では、私は透が恵未先輩に変態行為を働かないか監視してきますので。失礼します」

 長い黒髪を揺らして一礼し、祐稀は去って行った。大量の料理を皿に載せたまま。

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