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番外『忘年会』―前編

事務所の皆でわちゃわちゃしているだけのお話。

本編読了後にどうぞ。




 十一月に入って早々、

「そういえば、忘年会の予定まだ立ててないよね」

 そう言って立ち上がったのは、倖魅だった。




 《P×P》の忘年会は、毎年幹部がひとり一か所ずつ店を提案して、事務所員全員に投票して貰う形式を採っている。

「一昨年が焼肉で、去年がしゃぶしゃぶだったでしょ? 今年は何になるかなぁー」

 倖魅はそんな事を呟きながら、ホワイトボードへ大きく“忘年会”と書き出している。


「潤ちゃんは今年もお肉系?」

 黒いペンを回しつつ、倖魅が俺に向かって訊いてきた。二年連続で俺の希望が通ったから、今年は別の誰かの希望を通してやりたいところなんだが――食べ盛りの男が集まると、どうしても肉になるんだよな……。

「二年連続で希望が通ったから、今年は他の人の希望の場所に行こうとか思ってるなら、その心配は要らないよ」

 何で俺の考えている事が分かったんだ。そんな事を考えていると、倖魅はしたり顔を向けてくる。そして、ウインクを飛ばしてきた。

「営業のコなんて、肉食ばっかなんだから。お肉のお店を希望で出しといてよ」

「……倖魅が肉の店をピックアップすれば良いだけじゃないのか?」

「いつも言ってるでしょ。ボクが希望を出したら、有無を言わさずそこに決めちゃうから駄目なんだってばー」

 そういえば、毎年そう言ってるな。

 じゃあ、どうするか……一誠は肉が苦手だし……、あ。


「じゃあ、鉄板焼きの店でも調べておいてくれ。肉と海鮮、個別でどっちでも選べるところ」

「オッケー! 泰ちゃん、今年はまともなトコ選ぶかな……。恵未ちゃんはきっとまたスィーツビュッフェだろうな。毎年二票しか入らないのに。凌ちゃんは提案するだけして、潤ちゃんのに票を入れるんだろうし……。ダークホースは尚ちゃんだね。楽しみだなぁ」


 自分のデスクに戻った倖魅は、パソコンのキーボードを叩きながら、実に楽しそうだ。まぁ、経費で外食できる数少ない機会だもんな。そういえば、泰騎の提案で今までまともだったのは最初の年だけで、あとは“世界の珍味”や“食用虫の店”や“爬虫類系”やらを提案していたような……。爬虫類の時は、俺に対する嫌がらせか何かかと思ったものだ。といっても、共食いと言われようが、俺も蛇は食った事あるけど。


 と考えていると、泰騎が入り口付近まで帰ってきたらしい。次の瞬間、所長室の扉が勢いよく開いた。勢いよく入ってきたのは、満面の笑みを顔面に携えた泰騎で――扇状に広げた万札の束を持っている。


「たっだいまー! 潤! 見て見て! スクラッチ削ったら五十万当たったー! 忘年会は、ホテルのレストラン貸し切ってワシらの披露宴をしようで!」


 …………。


 …………。


 うん?


 俺の耳がおかしいのか? 今、披露宴と聞こえた気がしたんだが。


「え、どしたん? 式は挙げん約束じゃけど、披露宴をせんっていう約束はしとらんじゃろ?」


 …………。


 ……屁理屈だ。


「あ。ホテルのレストランって堅苦しすぎるか。んじゃあ、ワシの知り合いの店を貸し切って――」

「ちょっと泰ちゃん。一方的に話しちゃ駄目でしょ。こういう話は、夫婦揃って意見を出し合わなきゃ」


 そうだな。倖魅の言う通りだ。その“夫婦”っていうのには、未だに慣れないんだが。

 泰騎は万札を卓上で整えながら「それもそうじゃな」と呟いた。


「潤は嫌なん?」

「嫌だな」


 間髪入れずに返事をしてやった。というか、とうに嫌だと言っている。今更何を言っているんだ。こいつは。そもそも、だ――

「“披露宴”って、何を披露する気なんだ? せめて“宴”にしてくれ」

「はっ! それって、パーティーならええって事!? ほんまに!?」

 ……俺としたことが……余計な事を言ってしまった……。この喜びようは、危険なやつだ。眼が、爛々と輝いてる……。


「まさか潤からそう言ってくれるとは! ひゃあーっ! 料理はどうしよっか! フレンチ? イタリアン? 和洋折衷にする?」

 泰騎は万札でデスクを叩きながら、身を乗り出してきた。おい、金を粗末にするな。


 そこへ、倖魅の助け舟が。

「泰ちゃん、泰ちゃん。今ね、丁度忘年会の話をしてたんだ。ボク的には良い考えだと思うんだけど……本社の人を呼ぶんなら、別枠にしてよね。事務所員だけの参加なら、忘年会としてやってくれれば良いよ」

 そうだな。本社の人間が混ざると、それはもう事務所(ウチ)の忘年会じゃなくなるからな。


「そりゃ事務所員だけでええで。潤がドレス着るなら、そりゃあ本社の奴らにも見せびらかし――」

「誰が着るか。そんなにドレスが良いなら、お前が着てろ」

「え? ワシのドレス姿が見たいん? 潤ちゃんにそんな趣向があったなんて驚きじゃわ」

 ……頭痛がしてきた。こいつなら、ノリだけで着そうだから下手な事は言えない。いや、着たいなら、着ればいい。勝手に。俺の目の届かない所で。

 俺が顔の筋肉を解せずにいると、泰騎は「なんつってー!」と笑いながら、ホワイトボードの方へスキップ混じりのステップで歩いて行った。黒いペンを手に取り、キャップを外しつつ、

「来年の事務所がどうなっとるか分からんし、今年がひとつの区切りっつー事で、パァーっとやろうと思ってな! ホテルは流石に無理じゃけど、レストランビュッフェとかバイキングを貸し切ったら、皆好きなもん食えるじゃろ?」

「わぁー。流石は所長さん! ボク賛成(さんせーい)!」


 “忘年会”と書かれている下に大きく“立食パーティー”と書き殴ると、泰騎はホワイトボードの裏側にあるソファーへ寝転がった。一万札を五十枚、テーブルの上に投げ――だから、金を粗末にするな――そのまま、地域、ジャンル別にまとめられているグルメ雑誌を(めく)り始めた。


 となると、あと決めるのは日にちか。ここ二年、水曜日の昼だったから今年もそれで良いか。休日でも、皆参加してくれているし。

「倖魅、十二月中旬の水曜日で日にちを押さえて、本社から仕事が入らないようにしておいてくれ」

「りょーかーい。泰ちゃん、お店の予約宜しくー。一般的な食事が楽しめるトコにしてねー」

「あいよ」


 気分上々な泰騎の返事を聞き届け、俺は書類に向き直った。




   ◆◇◆




 そんなこんなで、忘年会当日。参加希望を募ったら――毎年の事だが、全員参加という事で。これも毎年の事だが、社長も顔を出すと言ってくれている。水曜日は本社は出勤日だから、他部門と忘年会が被る事もない。


 マンションの外では、すっかり真冬となった空気が凪いだ。俺はネックウォーマーの上からマフラーを巻き、勇んで外へ足を踏み出――

「なぁ。そんな寒いんじゃったら、もうちょっとこっちに寄ってくるとかせんの? ほら。ワシ、(あった)かいで?」

「……お前の体温が役に立つのは、熱が逃げない布団の中くらいだ。薄いロングTシャツとアウターだけしか着ていない奴には分からないだろうけど」

「あ、そういう事言う?」


 そういう事って言うけど、事実だろ。こっちはインナー何枚着てると思ってるんだ。それに、

「同じように温めてくれるなら、恵未の方がサイズ感が良い。柔らかいし」

 元々、俺が冬眠しかけた時に率先して温めてくれていたのは、恵未だからな。

 泰騎は半眼になって、人差し指をこっちへ向けてきた。

「潤、その最後の発言はセクハラ一歩手前じゃで。倖ちゃんが聞いたら地面をのた打ち回りそうじゃから、言うなよ」

「倖魅が居ないから言ったんだ」


 当然だろう。俺だって、倖魅を敵に回したくはない。俺の記憶が正しければ、倖魅の恵未に対する片思いというやつは、五年くらい続いている。ただ、気持ちの伝え方が湾曲しすぎていて、恵未本人には欠片も届いていない。恵未が色恋沙汰に疎い事も相まって。って、俺が言えた義理ではないんだが。いや、俺も、そういった事に鈍い自覚はあるが――泰騎の場合は、湾曲でも直球でもなかったな。カモフラージュが多岐に渡り過ぎているんだ。泰騎は。


「んー……ワシらが結婚してから、恵未ちゃんの潤に対する態度がすこーし距離開いた気はするけどな。じゃからって、倖ちゃんが態度を改めん事には、あのふたりに進展はねぇじゃろうなぁー。って、ワシは思うとるんよ」


 倖魅が恵未に対する態度を変えるのは、相当な事が無いと無理じゃないかと、俺は思う。何せ、祐稀があれだけグイグイ恵未に言い寄っても変わらなかったんだ。ただ、祐稀も祐稀で、積極的ではあるが、核心に迫る発言はしていない。俺の知る限りでは――だが。


「実際、恵未は倖魅の事をビジネスパートナー以上には見ていないし、祐稀の事は妹のようにしか考えていないんだろうからな」

「それをお前が言うか?――あー……、いや、何でもねぇから今の忘れて」

「?」


 何なんだ。珍しく歯切れが悪いな。


 そうこう話していると、目的の店に着いた。今日の会場は、結局泰騎の知り合いがオーナーを務めるフランス料理店だ。レンガ作りの小ぢんまりとした店舗だが、女性が好みそうな外観だと思う。それこそ、結婚式の二次会でよく使われていそうな。そんな雰囲気だ。店の中へ入ると、ワイングラスが逆さに掛けられ、壁に設置されている棚には様々な種類のワインボトルがズラッと並んでいる。

 俺としては、あまりこいつの知り合いの店には近付きたくないところなんだが……避けてばかりもいられない。何せ、こいつの知り合いは至る所に居るんだからな。


「んじゃ、ワシはオーナーに挨拶行って来るから! あ、潤も来――」

「遠慮しとく」

 一緒に行って、余計な事を言われては堪らない。この場合、俺が一緒に行って未然に発言を防ぐ事も出来るが……泰騎の機嫌を損ねると、それはそれで面倒だ。さわらぬ神に祟りなしというか、何というか……。反対に、俺の居ない所でなら何を言われようと知った事ではない。


 壁に掛けられている、コルマールの鮮やかな家々が描かれた風景画を眺めていると、営業部の面々が到着した。営業は、毎年マンションから全員揃ってやってくる。そうしないと、ルーズな透と英志が遅刻するかららしい。

「潤先輩、お疲れ様です」

「あぁ。お疲れ様」

 凌と定番の挨拶を交わす。


「ところで、泰騎先輩は一緒じゃないんですか?」

 尚巳が、辺りを見回しながら訊いてきた。相変わらず、派手な私服だ。ロングTシャツには、インドの神であるガネーシャが鮮やかな原色で描かれている。

「今、オーナーに挨拶に行ってる」


 営業の他の皆は、口々に「めっちゃお洒落」だとか「SNS映えってヤツじゃね?」等と言っている。四人の年齢を考えると丁度高校生だから、こういう事で騒ぐのも仕方がないのかもしれない。

「こら、はしゃぐな。休日とはいえ、忘年会は社内行事だぞ」

「凌は相変わらずお堅いなぁ。宴会は無礼講だって、いつも言ってんだろ?」


 後輩を注意する凌と、それを宥める尚巳の姿もお決まりの光景だ。尚巳が後輩から人気があるのは、このラフさなんだろうな。尚巳の場合、目立ちはしないが能力の平均値が万遍なく高いのも、立場の裏付けとしては充分だと思う。――と、無意識のうちに後輩の評価をしているなんて、俺も大概だな。職業病か何かだろうか……。


 店の入り口が開き、三人入ってきた。倖魅と祐稀に挟まれて恵未が少し歩きにくそうにしている。だが、俺と目が合うとふたりを置いて、こちらへ駆けてきた。

「潤せんぱーい! こんにちは!」

「あぁ。恵未は今日も元気だな」


 腕に抱きついてきた恵未を一瞥してから、倖魅と祐稀を見る。ふたりの背後に禍々しい何かが見えるのは、俺だけだろうか……。

「潤先輩、手がすっごく冷たいですよ!? 泰騎先輩は来ていないんですか? 温めて貰えばいいのに!」

 俺は本日何度目かの、泰騎がオーナーの所へ行っている旨を伝える。すると恵未は「そうなんですか」と、俺の手を握ってきた。


 いや、温めてくれるのは嬉しいんだが、約二名から凄く睨まれている。視線が痛い。




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