番外『飲み会』―前編
本編に登場しなかったキャラクターも居るので、軽くキャラ紹介を。
潤と泰騎は割愛。
花音(24)
通称“花の妖精”。
同期からは“動くウツボカズラ”と呼ばれる事も。
ねちっこい話し方をするが、あまり物事に執着しない性格。
巴(24)
念動力者のテレキネシス使い。
たまに、サイコキネシス使いと間違われる。
「この前髪はやりすぎたな」と思っている。
口数と表情が少なめだが、子ども好き。
幸太郎(24)
人工培養の人狼。
狼というより、犬みたいな見た目がコンプレックス。
耳と鼻は利くが、目はあまりよくない。
よく原色の服を着ている。
藍(25)
祐稀の実姉で、男装家。
祐希と違って牙があり、目の色が赤紫。
寛容で寛大な性格だが、思考が少し斜め向き。
幸太郎の嫁。
・・・・・・・・・
子どものような成人たちがワイワイやっているだけの話です。
私は、こういうのが好きです(笑)
“久し振りに同期会しましょ♡︎”
仕事用のスマートフォンのチャットアプリに、そんなメッセージが送られてきた。可愛らしいパンダのイラストスタンプ付きで。
泰騎は自分のスマホを操作して、返事を送ろうとキーボードをタップした。
だが、泰騎が文字を打ち込むより先に、同じグループ内トークに新着のメッセージが届いた。
“いつにするんだ?”
送り主は、幸太郎。泰騎と同い年の、本社所属の工作員だ。
まさに今訊こうとしていた事を先に訊かれたので、泰騎の手が止まる。スマホの画面を眺めていると、新着メッセージが追加された。送り主は、発起人だ。
“次の金曜日の夜8時にいつものトコで”
泰騎は画面をタップし、『OK』と、両手で大きな丸を作っているピスミのイラストスタンプを送信した。
十一月の第三金曜日。
《P・Co》の社宅であるビルには、居酒屋スタイルで社員が飲み食い出来るフロアが設けられている。収容人数は少ないのだが、利用者も大勢居るわけではない。経営は、本社に所属している工作員や研究員が趣味で行っている。利用は予約制だ。十九時から開店しているので、既に疎らに人が座っている状態だ。
「久し振り。元気にしてた?」
明るく元気な声で尋ねてきたのは、地毛のピンクブラウンの髪をゆるふわカールにセット――本当はただの天然パーマ――している、花音だ。大きな瞳に、カールした長いまつげ。まつげには、爪楊枝が二本は余裕で乗りそうだ。服装は、クリーム色の地に薄いピンク色をした花柄の散りばめられた、ワンピース。
そんな、おっとり系ゆるふわ女子の向かいに座っているのが、彼女とは対照的にキツめの顔をしている巴だ。前下がりボブの黒髪に、真っ赤な口紅がよく映えている。袖横にギャザーが施された、赤と黒のボーダー柄のロングTシャツを着ており、黒のパンツスタイルである。
六人掛けのテーブルの真ん中に、彼女たちは向かい合わせで座っていた。花音は椅子、巴はソファー。
泰騎は花音の隣に座ると「めっちゃ元気」と、笑って返事をした。そんな泰騎の頭にゴーグルは無く、大抵羽織っているミリタリージャケットも身に着けていない。オリーブ色の無地のロングTシャツに、天然ダメージジーンズを穿いている。
「噂には聞いてたけど、かなりバッサリ切ったのね」
花音は大きな眼を瞬かせて――まつ毛がバサバサと揺れている――、潤の頭部を見ている。
潤は、“実際切ってみると、何か物足りないな……”と感じている、首の後ろを右手で擦った。
「噂になる程の事じゃないだろ……坊主になったわけでもなし」
「いや、噂にもなるわよぉ。あぁーんなに長かった髪がなくなったら、誰でも気になるんじゃないかしら? しかも、切った理由は失恋じゃなくって、結婚ですもの」
「別に、結婚がきっかけというわけじゃ――」
「うぃーっす!」
潤の否定は、賑やかな声に被さられて、消えた。
「あら。幸太郎君と藍ちゃん。遅かったわねぇ」
「遅くねーし! 時間ぴったりだっつーの!」
少し癖のある短髪を掻き上げながら、幸太郎は花音の隣へ座った。黄色いTシャツの上に赤いパーカーを羽織っている。
そんな、派手な装いの幸太郎と正反対なのが、藍だ。いつものマリンキャップこそ頭に乗ってはいないが、相変わらず男装――メンズファッションだ。そんな藍は、巴の隣へ腰を下ろした。
藍と巴は、どことなく雰囲気が似ている。全身黒色だからかもしれないが。
黒い女子がふたり並んでいるその隣に、潤が座っているわけだが――彼は茶色い。キャメルのタートルネックを着ている。室内だからか、いつも着ているジャケットは羽織っていない。
この六人が、《P・Co》入社時の同期だ。
諸事情で、泰騎と潤は入社三年目で工作員を辞めているのだが。度々六人で集まっては、くだらない雑談を交わしている。席の座る場所も、いつからかこの並びが定番となった。
メニュー表のアルコールドリンクコーナーを眺めながら、花音が挙手した。
「取り敢えず生は誰かしら?」
花音に続いて挙手したのは、幸太郎だ。花音は、テーブルに置かれていた手元のメモ用紙に、ボールペンで“生ビール×2”と記入した。
泰騎は花音からボールペンとメモ用紙を受け取ると“スコッチ”と書いて潤へ回す。
潤は“烏龍茶”と書いて巴へ回したのだが、「ちょっと潤、いつも言ってるけど、あんたお酒飲めるんだから、お酒を頼みなよ」と言われ、“茶”を消されて“ハイ”と書き足された。
それに反論したのは、潤の対角線上に居る幸太郎だ。身を乗り出して、巴の手元にあるメニュー表を指差してきた。
「お蛇様にはスピリタスだろ! ショットで!」
「幸太郎、お前、次それやったら殺すで」
「ウサギちゃんがいくら凄んでも恐くねーしー!」
花音を挟んで、幸太郎が泰騎に向かって赤い舌を出してきた。
「幸太郎、お座り」
「きゃいん!」
泰騎に睨まれても物ともしなかった幸太郎が、藍のひと言で自分の席に座って縮こまった。
「毎度悪いな。ウチの駄犬が迷惑を掛けて」
「うぅ……藍までオレを犬扱いする……」
しょぼくれている幸太郎の頭に、藍の手が置かれた。
「ほら、撫でてやるから元気を出せ」
「へへへへへへ」
もし幸太郎に尻尾があったなら、目一杯振られているであろう。それ程、頭をわしゃわしゃと撫でられている幸太郎は幸せそうな顔をしている。
そんな新婚を無視して、巴はボールペンを滑らせた。“シーブリーズ”と書いて、隣の藍へ紙とペンを送る。藍は幸太郎の頭から手を離し、“エメラルドクーラー”と書いて、店員を呼んだ。
「美代子さん、取り敢えずドリンクお願いします」
『美代子さん』は、本社地下の研究室に勤めている科学者のひとりだ。たまに、自作カクテルを無料で提供してくれる。――人によってはそれを“実験台”とも言う。
美代子は、アプリコットカラーに染められている髪をフワフワと跳ねさせながら、近付いてきた。
「はぁい。お通しはモツ煮で良いかしらー?」
普段は白衣を着て試験管を眺めているとは思えない程、“スナックのママ感”が溢れている。こちらが本職のような馴染み具合だ。
藍が「はい。大丈夫です」と答えると、美代子は記入済みのメモ用紙を眺めながらカウンター奥へと消えた。
ここでの食べ物のメニューは、事前に指定しない限りはお任せだ。スタッフが少人数なので、仕方がない。今日は金曜日ということもあり、客の人数も多い。スタッフは皆、忙しそうだ。
フロアに居る客――他の《P・Co》社員たちの視線は、六人組をチラチラと捉えている。この六人、社内でもそれなりに有名だったりする。
社長の義弟のひとりは日本人に一パーセントしか居ない天才――AB型の左利き――で、社内組織を分断した筆頭。もうひとりは、式神憑きの半身蛇神様。しかもこのふたりは、結婚までしている。血縁関係はないにしても、同性であることは無視されにくい。
吸血鬼と人間の間の子であるダンピールは男装家。その旦那は、ダンピールの猛毒である血液を飲んでも死なない、人工人狼。
“花の妖精”と称され、男性社員から絶大な人気を誇る植物使いに、その恋人――これまた同性同士だ――の念動力者。
彼らの入社した年は、《P・Co》創設以来の豊作年だと言われている。
“花の妖精”は、右隣に居る泰騎を睨んだ。
「それよりも……抜け駆けなんて宜しくないわよ。泰騎君」
「え、何の事?」
唐突に話を振られ、泰騎が首を傾げた。一体、何と比較しての『それよりも』なのか。それについて言及する者はいなかった。
花音は、ぷっくり艶のある唇を尖らせた。
「わたしだって、巴と結婚したーい! 先を越されるなんて、ありえなーい! っていうか貴方たち、付き合ってなかったわよね?」
「うん。交際ゼロ秒即結婚、じゃで」
「何よう……わたし達はもう、付き合って五年になるのに……」
「そんなん、花音が早う『結婚しよ』って言わんからじゃろ? ワシに言うても仕方ないが」
「それを言うなら、オレと藍はとっくに夫婦――」
「性別の壁が無い幸太郎君は黙ってて」
話に割って入ってきた幸太郎の台詞を、花音は全て聞かずにバッサリ両断した。対して、泰騎は首を捻る。
「えー。ワシ、性別に壁なんか感じた事ねーけど」
「っていうか、泰騎は沢山の人と付き合ってたんじゃないのか?」
疑問を泰騎へ向けたのは、藍だ。
泰騎は腕を組み、半眼になった。
「そんなん、別れたに決まっとるじゃろ」
「お前、本当にサイテーだな」
藍も半眼になって批難したが、泰騎は堪えない。前で組んでいた腕を解き、後頭部で組み直した。椅子の背凭れに体重を預けている。
「ワシ、サイテーな奴としか寝んかったもーん」
泰騎の隣に座っている花音は、流し目で泰騎の姿を一瞥してから「へぇ」と息を吐いた。そして、顔をそのままに首だけ動かして、斜め前の潤を捉える。
「潤君は?」
「は?」
急に話の矛先を向けられ、特に意味もなくメニュー表を眺めていた潤は顔を上げて、疑問符を浮かべている。そんな潤に、花音は口元に手を当てて含み笑いを返した。
「変な病気とか、泰騎君から感染されてなぁい?」
「ちょもー! いつも言うとるけど、ワシ病気とか貰ってねーから!」
「悪いね……。花音、下ネタ大好きだから……」
と、控えめに潤へ謝罪してきたのは、隣に座っている巴だ。
「いや、まぁ……巴が謝る事でもない……というか、何というか……」
病気に関してだけ言えば、潤は感染症とは無縁の体質なので問題ないのだが。
花音は質量のあるまつ毛を上下に数回動かし、大きな瞳を輝かせた。
「潤君が病気にならないのは、勿論知ってるのよぉ? そんな事より、気になるのは新婚生活のアレやコレで! 男の人同士って、どうやるの? 準備が面倒臭いって本当なの? 因みに、私はいつもペニ――」
「花音、ストップ!!」
泰騎と巴の声が重なり、泰騎の手が花音の口を塞いだ事で、彼女の言葉は塞き止められた。
泰騎は右手にベッタリと付いたグロスを手拭きで拭うと、嘆息した。巴は顔を真っ赤にして俯いている。潤と幸太郎はふたりが何故焦っているのか分からず、互いに交視し、首を横に振った。
藍はというと、眉ひとつ動かさず、
「他の社員も周りに居るんだから、花音は話の内容を考えるべきだと思うな」
と、冷静に意見している。
「何よう。藍ちゃんまで。猥談、楽しいじゃないー」
ぷう。と、淡いチークの乗った頬を膨らませる花音。
藍は花音に構わず、巴を挟んで奥に居る潤へ、視線を向けた。
「でも、私も心配してたんだ。泰騎の事」
泰騎の事を心配していたらしいが、視線は依然として潤へ向けられたままだ。
「泰騎のような奴は、追い掛けている時は一直線でも、手に入れた途端に冷めるケースが多いからな」
「あぁー。分かる。自分に振り向いた途端に『何か違うな』っていう、アレだね」
頷いたのは、巴だ。更に幸太郎が「あ、でもさぁ」と、口を挟んできた。
「そーいう心配はないんじゃね? 今までのウサギちゃんは色んな人間のにおいがしてて、鼻がおかしくなりそうだったんだけどさ。今、そんな事ねーし。っていうか、ウサギのにおい久々に嗅いだ気がする」
流石はイヌ科の人間。鼻が利く。
潤は話題に乗りきれず、無言で俯いていた。そこへ、ある意味救いの手――各々の飲み物と、モツ煮が届いた。
この面子の中で、ピンク色をした可愛らしいカクテルが最も似合うであろう花音。そんな彼女が、豪快にビールジョッキを掲げる。
「じゃあ、日頃からお疲れ様ぁ。乾杯しましょ!」
花音の、スキップのようなリズミカルな掛け声と共に、各々形の違うグラスが軽くぶつかって音を奏でた。
控えめに「ぷはぁ」と息を吐き出した花音の手の中にあるジョッキの中身は、半分以下に減っている。
「ところで、泰騎君。植物を栽培する部門を立ち上げるなら、声を掛けなきゃいけない人がいるんじゃないかしら?」
花音はにっこり笑って、泰騎の左腕に絡み付いてきた。泰騎は、巴の米神が痙攣した事に気付いて、巴に向かって苦笑した。見事に無視されたが。
そして泰騎は、自分の腕にくっついている花音へ顔を向けた。出来る限りの笑顔を作って。
「へぇー。花音、ワシと仕事したいん?」
「ずっと、楽しそうだなー、とは思ってたの。でも貴方、わたしを避けるじゃない?」
花音は人差し指で『の』の字を書きながら、上目遣いで言ってくる。
「そーやって、巴の前でベタベタしてくるから、避けとるんじゃけど……」
泰騎は花音を押し返そうとするが、見た目に反してなかなかの力だ。控えめに押した程度ではビクともしない。
「うふふ。だぁーって、嫉妬してる巴ったら、凄く可愛いんだもの」
花音はとぼけた口調で嫉妬を誘導している旨を告白した。確実に、巴を煽って楽しんでいる。それに反発したのは、巴だ。右隣に座っている藍の腕に抱きつくと、
「花音がその気なら、あたしだって!」
叫んだ。自棄気味に。
幸太郎は生ビールを噴き出しそうになっている。
対して藍は、まんざらでもない様子で笑った。エメラルドのように輝くカクテルを右手に持ったまま、巴を引き寄せる。
「ははっ。巴は可愛いな。あまり私に近付くと、食べちゃうぞ」
「あれ? 藍って女の子もイケるん?」
左腕に花音をくっつけたまま、泰騎が瞬きをした。
藍は誇らしげに鼻を鳴らす。
「私を女扱いしても良いのは、幸太郎だけだ。だが男として扱うのなら、誰でもウェルカムだぞ」
「……おい。嫁があんな事言うとるけど、お前はそれでええんか……?」
泰騎が半眼で問うと、幸太郎は――これまた何故か満足げな笑みを浮かべて頷いた。
「藍を抱いて良いのはオレだけだけど、藍が誰を抱こうとオレは咎めない。まさか、目の前で女をナンパするとは思わなかったけどな!」
「…………そーいうモンなんか…………」
泰騎はスコッチを口へ運びながら、正面に座っている自分の嫁――だと、泰騎は思っている――を見やった。飲み物が届いてから、ひと言も声を発していない。
泰騎の視線の行方にいち早く気付いた花音が、潤に向かってニヤニヤと笑いながら声を掛けた。
「そういえば、潤君。処女卒業おめでとう。ドーナツクッションとか必要だったら、持って来るから言ってねぇ~ん」
花音は意味深に、意地の悪い笑いを潤へ向けているわけだが、潤はというと、無表情で首を傾げている。
「別に、初めてっていうわけでもないし……」
そのひと言に、場の空気が凍り付いた。
氷の空間から真っ先に復活したのも、花音だ。
「ちょ、えっ、初耳なんだけど」
声が、いつもよりワントーン低い。地声になっている。
潤は表情を変えることなく、首を反対向きに傾けた。
「わざわざ言う事でもないだろ」
言って退けると、烏龍ハイを口へ流し込んだ。
花音はというと、両手を口元に当てて瞳を輝かせている。
「うそっやだっ! そんな面白い事を黙ってるなんて……! え、で? 初めてって、何歳? どこで? 相手は?」
余程興味深かったのか、花音は泰騎から離れて潤の方へ身を乗り出してきた。
潤が「確か、じゅ――」と言い掛けたところで、泰騎が花音を引き戻しながら叫んだ。
「あぁーっと潤! ほらっ! 他にも人がおるから! な!」
花音はというと、恨めしそうに泰騎を睨んでいる。
「何で泰騎君が焦ってるのよぅ……」
「お前にこういう話をしたら、後が面倒臭い!」
「だから! どうして泰騎君が――」
ご機嫌斜めの花音の前に、ひと品目の料理が運ばれてきた。シーザーサラダだ。クルトンが疎らに乗っている。大皿の横には、小皿が六枚。藍から離れた巴が、無言で取り分け始めた。各々の前にサラダの盛られた皿を配り、再度席に腰を下ろす。
「あらぁーん! わたしの巴は気が利くわぁー! 良いお嫁さんになるわよぉー! 勿論、わたしのだけどぉー!」
手を叩いて笑う花音の両脇で、泰騎と幸太郎が溜め息を吐いた。