第七話『31日の金曜日』―2
告げられた事実に、潤が顔を引き攣らせた。
「作っ……? 作ってるって……」
言葉通り、文字通りの意味だ。潤にも言葉の意味の理解は出来る。百パーセントの理解は無理だが、最低限なら――、
「ふざけるな!!」
潤の怒鳴り声が、室内に幾重にも反響した。声量を落とさず、続ける。
「お前! 人の手で命を作るなんて行為が許されるとでも思ってるのか!? どんなリスクを背負って生まれてくるかも分からないのに……!」
そこまで叫んでから、潤は俯いた。
(違う。俺が怒っているのは……――)
潤は浅く短く繰り返していた呼吸を止め、大きく息を吸い込んだ。
科学の進歩に文句を付けたいわけでも、否定したいわけでもない。不妊治療で行われている人工授精や体外受精も、結局は人の手で命を作る行為だ。それで救われてきた夫婦も、命も、たくさん存在する。そんな事は、潤自身も知っている。人工的に作られた人物も、知っている。その人物が、親の愛情を一身に受けて育ったことも。
潤が本当に怒りを向けているのは、根本的な行為に対してではない。
「俺なんかの遺伝子で子どもを作ろうなんて、それこそ――」
恨みを募らせた形相で自分を睨んできた水無の顔が、脳裏に蘇った。
彼は、最期に何と言った?
「もしも……、もしも、人間じゃない何かが生まれたら……」
それは、人間と言い難い存在である自分の所為だ。と、潤は僅かに再生の進んでいる赤黒い左腕を見て、目を逸らせた。
そんな罪を背負って生きていく覚悟など、潤にはない。
と、泰騎の人差し指が潤の額に当てられた。頭突きの衝撃で割れていた皮膚は、既に塞がっている。
「それ以上言うと、もっかい頭突きすんで?」
デコピンをひとつお見舞いし、泰騎は潤の顔面を両手で挟んだ。
「今度『俺なんか』とか言うたらデコピンじゃ済まさん。あと、お前は正真正銘人間じゃろが。お前よりも化け物じみた人間なんて、この業界にはぎょーさんおるわ」
潤の顔から手を離し、泰騎は息をひとつ吐きだした。
「『どんなリスクが』なんて、正直分からんよ。でも、それは男女間の自然交配でも同じ話でな……。腕が四本ある子どもが生まれてきたり……。普通の、日本に住んどる一般の女の子から、じゃで。その子、キャバ嬢しとってなぁ。妊娠に気付かずに、仕事で過剰に酒飲んで――。子どもは、余分な腕の切除手術したわ。しかも父親は誰か分からんときた。そんな話、お前が知らんだけで、そこらじゅうに転がっとるんよ」
言葉を紡げずにいる潤に、泰騎は「んっと、つまりな」と更に続けた。
「お前だけが特別じゃねぇっつー事。それに、ワシの子どもでもあるんじゃで? なら、大丈夫じゃろ」
漠然とした持論を、潤へ突き付ける。
それに関しては潤も――今までの事もあり――妙に納得できたのだが、考えれば考えた分だけ、他に不安は浮かんでくる。
「というか、親がふたりとも男だと……その……、子どもにとっては……」
「そういう事は、生まれてから悩めばええんじゃって」
無責任とも取れる言葉だが、泰騎がまたしても自信満々に言い放ったので、潤は思わず吹き出した。
「……お前は相変わらずだな。しかもこの話の方が、俺にとっては『大事な話』なんだが……」
「いや、それはまぁ……重要じゃけど……。話には順序ってもんも必要じゃろ?」
言いながら、泰騎は自分の話があまり順序立って進められていなかった事に気付いた。だが、気付かぬ振りをして無視を決め込んだ。そして、潤の両肩へ手を置いた。左肩の端は、焦げた服から、瘡蓋に覆われた腕が覗いている。
きょとんと眼を瞬かせる潤に向かって、泰騎は「問題はお前じゃわ」と、切り出した。
「潤。お前、願い事とか何か無いんか?」
「は?」
いきなり変わった話題に追いつききれていない潤に、返答や反論の隙も与えず、泰騎が畳み掛ける。
「お前、社長に言われたら何でもやるしな。どうせ『死ね』って言われたら死ぬんじゃろ。あぁもう、自分で言って腹が立ったわ。お前、自分の意志で何かやり通すなんて、した事無いじゃろ。少なくとも、ワシが知る限りは無いな。お前には、欲がなさすぎる」
「いや、俺は……人間として扱って貰えれば……それで……」
潤が弱腰で反論するが、泰騎は「違う」と、強い口調で即座に否定した。
潤は眉根を寄せて口を一文字に噤んだまま固まった。
泰騎の苛立った声が続く。
「人間を人間扱いするんは、当たり前じゃろが。そんな、願うまでもねぇ事じゃなくてな……」
泰騎は言葉を一旦止めると、深呼吸を挟んだ。落ち着いて、続きの言葉を潤へと向ける。
「ワシは、潤には自由に生きて貰いたいって思っとるんよ。そりゃ、百パーセントは無理じゃけど……『生きるのが楽しい』って笑って欲しい。もっと、自分がやりたい事、やって欲しい」
「…………やりたい事…………」
潤は頓悟したかのように目の前が明るくなるのを感じた。思えば、自分の行動基準は雅弥の発言だ。いつだったか、雅弥自身にも指摘された事もある。その時は「社長の意志が自分の意志」と思い込んでいて、その自分の考えを疑いもしなかったのだが。