第六話『告白』―5
ハーフパンツから出ている白い肌が、真っ赤に染まっている。ズボンも服も、ベタベタしているし、血液を吸い込んで重くなっている。
水無は奥歯を噛みしめると、泰騎の気配を感じて前を向いた。だが、姿は無く――
「っ!?」
気付いた時には、水無の心臓部に深々と黒いナイフが刺さっていた。スライディングした泰騎が、斜め横を過ぎる。
水無は感じる気配を追うが、体がついていかない。体を捻って後ろを向こうとしたが、その前に後ろから蹴り倒された。床に押され、ナイフが更に食い込む。間髪入れず、背面からも何かが突き刺さってきた。
(ここって、穴が開いたら駄目なのかな……)
人体についてあまり知識のない水無は、自分の胸部に突き刺さっているナイフを見て、そんな間の抜けた事を考えていた。何かが体に刺さっているという感覚が、気持ち悪い。それよりも水無の不快感を煽っているのは、体の機能低下だ。思うように体が動かない。
先程の背面からの衝撃は、肺を突き破ったらしい。口から、血液と共に下手な口笛のような音が漏れ出してきた。
背中に刺さっていた何かが、抜かれる感覚があった。そして、足で蹴られたらしい。水無の体が反転した。
「なぁ」
灰色の瞳が、赤いスパッタリングを施したゴーグル越しに、水無を見下ろしてきた。心臓部に刺さったナイフの柄を足で踏み込んで。
「お前は、どのくらい切り刻んだら死ぬん?」
(『どのくらい』……?)
水無は、考えた。ちょっとやそっとでは、死なない。水無が知っているのは、それだけだ。
今まで、心臓に何かが刺さったことなど、無い。
(分からない。どれくらいで死ぬ? ……どこまで、生きていられる?)
水無は生まれて初めて、焦りを覚えた。
霞む目で、一〇数メートル離れた場所に居る咲弥を見やる。が、希望と反して潤と目が合った。彼の表情は憐みを孕んでいて、余計に水無を苛立たせた。
そして聞こえてきたふたりの会話が、全く水無の予想しなかった内容で――。
潤は血に塗れた水無から視線を外すと、咲弥を見下ろした。彼女は腰が相当痛いらしい。どうやら、魔女の一撃を食らったらしく……立てないようだ。
「……貴方のお気に入りが死にそうですけど……貴女は、彼に何もしてやらないんですか?」
腰の所為で助けに行けないのなら、ここからでもひと言、声を掛けてやればいい。潤はそう思った。泰騎の言う、『お節介』『詰めが甘い』というやつなのだろうが。
泰騎は、殺すと言ったら確実にそれを成す。潤はそれを知っている。だから最後にひと言、声を掛けてやればいい。と――そう思ったから、潤は咲弥をすぐには殺さずにおいた。
だが潤の予想に反して、咲弥は肩を小刻みに震わせて笑っている。その小さな笑いは次第に大きくなり、
「あっはっはっは! 面白いことを言うのね」
そして、こう言い放った。
「あの複製は、もって十二年しか生きない計算なのよ? 寧ろ、よく生きた方よ。死んだら、次を作れば良いだけだもの。何でこのあたしが、何かしてやらないといけないのよ!」
咲弥のヒステリックとも取れる叫びは、水無の精神を絶望へ突き落すには十二分の効力を持っていた。
罰が当たった? 僕が、侵入者が来たことを、咲弥様に伝えなかったから……?
水無は、霞みがかった頭で考えた。だが、違う。そうではない。
(咲弥様は、僕が長く生きられないって知ってて、ずっと隠してた?)
違う。咲弥様は、隠し事なんてしない。きっと、そんな事ができる性格じゃない。……って、いう事は……知らせるまでもない、それだけの存在だったっていうの? いくらでも作れるから?
負の思考が、水無の中で渦を巻いた。ヘドロのように絡み付き、水無の思想を奈落へと引き摺り下ろす。
水無は自分の目から大粒の涙が出ている事に気が付いた。泣いたのなど、いつぶりだろうか。記憶には無い。
(僕がひとりで出歩いたら、いつも心配してくれてたのも……嘘?)
否、咲弥が嘘をつくような人間でないことは、水無はよく知っている。彼女はいつも、とても素直だ。本音しか言わない。他人に気を使う事など、しない。
水無の思考が答えまで辿り着くことはなかったのだが、咲弥の水無に対する『心配』とは『何かの間違いで、水無が他組織の手に渡る事』だ。
ぐるぐると、「なんで」ばかりが羅列を成していた水無の中で、ひとつの結論が出た。泰騎が、大きく跳び退く。
「人間なんて、大嫌いだ!」
まだ僅かに空気の漏れる肺に力を入れて、水無が吠えた。




