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第六話『告白』―4




 潤は身体をビクつかせて「ひっ」とか「何ですか」とか、情けない涙顔で言っているが、そんな事は泰騎の知った事ではない。険しい顔をしたまま、泰騎は潤をひと通り見た。その結果、自分のイライラを鎮めるためにはどうすればいいのかという結論が、泰騎の中で出た。それは実にシンプルな答えだった。


 大きく息を吸うと呼吸を止め、泰騎は仰け反って()りを付けた。左手にも振りを付け、潤を引き寄せる。

 思い切り、全力で、潤に頭突きした。




 ゴッ――。

 鈍く、だが大きな音が、室内に響いた。

 数秒の沈黙が訪れる。




「い…………った……」


 (うめ)いたのは、潤だ。皮膚が破れた額を右手で押さえて、微かに涙の滲んだ眼を細めている。

 潤の右手指の隙間から少量の流血が見られるが、泰騎にとってはそれもどうでもいい事だった。泰騎は潤を掴んでいる手を深く握り直すと、再び大きく息を吸い込んだ。


 そして思い切り吐き出す。怒鳴り声と共に。


「ええ加減にせぇよ!! ボケ!!」


 あまりの声量に、潤は眼を開いたまま固まってしまった。顔面に(つば)が飛んできたが、気にする余裕もなく、言葉が向かってくる。


「こんなに腹が立ったん、初めてじゃわ! お前がどういう意図で此処へ来たんかは知らんけどな! いや、どうせお前の事じゃから『社長にとって邪魔になる(モン)は早めに取り除いとこ』とか思ったんじゃろ!? 自己犠牲も大概(たいがい)にせぇや! あほ! いい加減解れ! いつもいつもお前は『自分さえ我慢すればええ』みたいにしとるけどな! ワシはその度に苛々するしな! お前は……――」


挿絵(By みてみん)


 未だ瞬きも出来ず呆気にとられている潤と、視線が交わる。

 ひと息吸い込み、両手で潤の胸元を握り直した。泰騎は一瞬奥歯を軋ませて、続きの言葉を紡ぎ出す。絞るように。


「会社にとって、お前の代わりは……()るんかもしれんけどな……。ワシにとって、お前の代わりは居らんのじゃ……ぼけ。ほんま、死んだら殺すぞ……」


 言葉が進むにつれ、潤の胸元を掴んだ手はそのままに泰騎の顔が沈む。仕舞いには、潤の位置からは灰色の後頭部と、ゴーグルのバンド部分しか見えなくなった。

「……矛盾……、してる……」

 潤の呟きに、今度は泰騎が目を()いた。顔を上げ、瞬きを繰り返す。『矛盾』などと、大抵の五歳児は言わないだろう。


「え、え……? あれ……? まさか……戻っ……たん?」

「は? 何言って…………そういえば、お前、何だかいつもより存在感が薄いような……」

 潤は額を押さえて、瞬きをひとつ、ふたつ。


「いや……。いやいや。そうじゃのうて……!」

 まさか頭突きで記憶障害が治るとは。そんな、漫画のようなことが――


(有るんじゃなぁ……)


 と、考えたところで、泰騎はかぶりを振った。そして、立ち上がる。

「潤、お前、後で覚えとれよ! あと、めっちゃ大事な話があるから、死んだら殺す!」

「だから、矛盾して――」

 泰騎は潤の言葉に被せて「ほら、お前の刀」と、帯刀ベルトごと潤の前に突き出した。潤に「また勝手に俺の部屋へ入ったのか」と、状況に似つかわしくない事をボヤかれたが、それも無視する。


「あとワシの存在感が薄いんじゃのうて、お前ん中から騰蛇が居らんなったんよ。騰蛇は、あっちで血塗れんなっとるガキん中に居るんじゃて。じゃから、ワシはあのガキ殺してくるから。ほら、お前はそこで(うずくま)っとるおばさんを何とかして来いや」


「騰蛇……?」

 刀を杖代わりにして立ち上がる。潤は自分の中に居たものが抜けている事に、やっと気付いたようで。ついでに気が付いたのだが、腹に空いた穴の痛みがかなり薄まっている。左腕の再生も、手首の手前まで進んでいた。おそらく、騰蛇が実体化した時に治ったのだろう。


「それなら」

 一旦言葉を切り、少し何かを考える素振りを見せてから、潤は続けた。

「……多分、俺の所為だし……俺が……」

 言いかけた潤の言葉は、泰騎がナイフを抜く音に遮られた。


「うっさい。お前の所為じゃから、ワシが殺しに行くんじゃろが。あんなガキに騰蛇を使役(つか)われたら、お前の暴走なんかの比じゃねぇ被害が出るわ。っつー事じゃから、ここはワシが殺しとかんと、いかんじゃろ」


 刀身が三〇センチ程ある黒いナイフを手の中で回しながら、泰騎は久方ぶりに、潤へ笑顔を向けた。得意げに、

「まぁ任せとけ。ここで潤を殺せるんは、ワシだけじゃからな!」


 白い歯を見せて笑う。そして、やっと立ち上がったらしい水無の元へと走り去った。




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