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第六話『告白』―2




 元居た場所の床が、燃え上がる。赤い炎と共に、黒煙が(もや)を描いた。その黒煙と共に、ゴムを燃やしたような刺激臭が鼻へと届く。

 泰騎は、左手に持ったままだった刀を一旦鞘へ戻した。少し、声を張る。

「なぁ。そろそろワシの質問にも答えてくれんかなぁ? 潤のアレは、一体何なん? 聖獣さんと遺伝子結合しとるヤツが、その要になっとる部分を切除された場合、情緒不安定になる例は知っとるよ。でも、アレはそんなんじゃねぇじゃろ」


 聖獣――式神との融合体は、他にもいる。面識もある。泰騎はその人物と深い関わりはないが、人体データならば目にした事があるし、話にも聞いた事がある。式神と遺伝子結合している人間には誰しも、式神の“要”となっている部位が存在する。今までの研究では、そうとされている。出現場所はランダムだ。それは目に見える部分にある場合もあるし、体内にあって外部からは見えない場合もある。潤は、後者だ。左耳の奥。三半規管の近くに存在している。水無の言うピット器官が、それだ。


 その要となっている部位が欠損した場合、本体となっている人体は精神と肉体の均衡が取れなくなり、情緒が不安定になる。泰騎はその事をデータ上では知っていた。実際に潤がそういった状態に陥った事はないが、今の彼の状態は、情緒がどうのという状態ではなさそうだ。何か、もっと別の所がおかしくなっていると思えた。


 水無は、相変わらず寄り添っている咲弥と潤を一瞥(いちべつ)する。一瞬だけ、奥歯を(きし)ませた。そして、嘲笑(ちょうしょう)を始めた。声変わりもまだの、高い声で。可愛らしい声だが、品はない。

 ひとしきり声を出して笑うと気が済んだのか、「あーぁ」と大口を開けるのを止めた。


「いい線いってるよ。そう。騰蛇は今、僕の中に居るよ。あいつが奥の奥に隠し込んでいたのを、咲弥様が引きずり出したんだ。本体が出て来たから、お前の言う『結合部分の切除』とは違う。あいつのアレは……」


 この先を言っても良いものか? と疑問が頭を過ったが、今の水無の知った事ではない。


「騰蛇を抜き取った後、すぐに洗脳をしようとしたんだ。咲弥様は。でもあいつ、全力で抵抗するものだから、ちょっと手元が狂っちゃったみたいで」

 泰騎は「どんな方法で洗脳しようとしたんだ」と疑問に思ったが、黙っておいた。


「記憶喪失状態……いや、うーんと、厳密には、幼児返り? って言うのかな? 記憶が、咲弥様と出会った五歳まで後退しちゃってる状態なんだって」

 咲弥から聞かされた事をそのまま説明し終えると、水無はまだ小さなその右手を開いて、泰騎の方へ突き出した。


(咲弥様は『この従順で純粋な年齢がたまらない』とか何とか言ってたけど……僕にはさっぱり分からないや)


 心中で嘆息を漏らすと、水無は右手の平に意識を集中させた。

「この僕がわざわざ丁寧に説明してあげたわけだけど、バイバイ」

 刹那、水無の右手からは業火(ごうか)が生まれた。だが、その炎の行く先に人は居ない。

 泰騎は重心を低くして床を蹴り、近くの壁を二歩蹴り昇って、跳んだ。跳んだと同時に刀を抜き、両手で思い切り振りかぶる。その姿は、ダイナミックなスイカ割りのようだ。が、切っ先は水無の髪を(かす)めて床を割った。

「わぁ、すごい。見なくてもどこに居るのか分かると、ホント便利だなぁ」

 水無は、迫る刃を(かわ)しながら呑気に感動を述べている。


 刀が数回空振りすると、泰騎は刀身を鞘へ戻した。

「そうじゃなぁ。うん。便利じゃと思うわ」

 対峙する相手としては、厄介な事この上ない。しかも相手は、痛覚が無いときたものだ。


(はぁー。自分の腕が吹っ飛んで喜んどった奴も知っとるけど……痛いどころか(かゆ)くもないんかなぁ?)


 さぁどうしたものか。と、泰騎は自分に向かってくる炎を眺めた。

 勢いよく地面を蹴り、炎の横を抜ける。水無が振り向くより先に、泰騎は水無の脊髄(せきずい)(かかと)を落とした。

 色素の薄い髪が、地面に倒れる。水無は左手の先が無いのでバランスを崩し、立ち上がりが遅れた。そこに追い打ちをかけ、泰騎は刀を抜き、遠心力を利用してそのまま斬りかかる。が、水無は体を捻って転がり(かわ)すと、泰騎を見上げた。少し意地悪そうに、にんまり笑って。


「言っとくけど、僕はちょっと斬ったくらいじゃ死なないよ」

「へぇ。でもなぁー、残念。殺しとかんと駄目なんよ」

 泰騎は床に刺さった刀を引き抜き、峰を肩へ乗せた。

「潤との大事な約束じゃからな。ちゃんと殺しとかんと。ワシ、こう見えて約束はしっかり守るのが信条じゃけん」


(つっても、簡単に死なんのは……参ったなぁ……)


 横目で潤を見てみると、部屋の隅で咲弥にしがみついていた。

 怯えた目が、泰騎の目とかち合った。すぐに逸らされたが。

 刀を握っている泰騎の右手に、力が籠る。それと同時に背後へ飛び退くと、案の定、元居た場所を炎が掠めた。

 泰騎は少し腰を捻り、刀の(つか)を両手で握り直した。

「駄目じゃわ……めっちゃ、腹立ってきた……」

 深く息を吐く。

 忘れるな。とにかく本能に従って斬りかかれ。そんな文言が、泰騎の脳内に再生された。自分の声で。


(そうそう。考えたら駄目なんじゃって)


 再び息を吐く。意識せず、口角が上がっていた。




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