第五話『こんばんは、侵入者です』―11
凌が部屋の外に出ると、廊下には他の大半のメンバーが揃っていた。
大火傷を負っていた恭平も、談笑するくらいには元気な姿を見せている。
「恭平、大丈夫か?」
「あ、凌先輩。お手数掛けました。俺の自然治癒力でもあと一週間程度で完治できるくらい天后さんに治して貰えました」
包帯でぐるぐる巻き――包帯は祐稀の私物だろう――になっている腕ではどの程度治っているのか伺えないが、少なくとも肉が抉れてはいないようだ。
「天后さんは『疲れたわぁー』って、消えたッスよ」
天后のものまねらしき仕草と声色で、恭平が説明した。
凌は、取り敢えず全員無事で良かった。と、胸を撫で下ろしたのだが、『全員』ではない。
「倖魅先輩。泰騎先輩は……」
「まだだよ。もう少し、待ってあげて。それより、もう誰も残ってないみたいだったら尚ちゃんを呼ぼうか。ずっと独りで可哀そ――」
「いえ。物陰に隠れていた人物が、窓から逃げ出す可能性もあります。尚巳にはまだ屋根の上で待機して貰いましょう」
『ぶっちゃけ、暇過ぎて寝そうなんだけど』
恨めしそうな声で、イヤホン越しに尚巳が抗議してきた。
「文句は後で聞くから。今は睡魔を殺して目を凝らせ。以上」
『ちょッ――』
問答無用で通信を切ると、凌は嘆息してから倖魅に頭を下げた。
「すみません。営業の尚巳の怠惰については後でよく言って聞かせますんで。他に、運び出すものがあれば言ってください」
「え、いや……なんていうか、凌ちゃん厳しいね」
苦笑する倖魅に、凌は表情を変えずに答える。
「ちょっとした気の緩みが死に直結するんですよ? 誰か逃げ果されでもしたら、将来に禍根を残すことになりますし。厳しくもなりますよ」
「はは……流石、営業部長さん。幹部の中で一番年下なのに、しっかりしてるなぁ」
倖魅はたじたじと肩を竦めた。
凌は、視線を倖魅の更に奥へ移した。
「ところで、さっきから気になってたんだけど……恵未は何を食ってるんだ?」
凌が気にするのも無理はなく――恵未はしゃがみ込んで何かを、もさもさと頬張っている。
「ふぁふぇふぃふぁんふぉっふふぁふぇふぉ?」
木の実や種を頬張るリスのような顔で、恵未は首を傾げている。その横では、祐稀が息を荒くして私物のスマートフォンを構えていた。写真を撮っているらしい。改造しているからか、無音のカメラアプリかは分からないがシャッター音は聞こえない。
凌は掌で空気を切りながら、半眼で突っ込む。
「いや、何て言ってるのか全く分からない」
恵未は一層速く咀嚼し、口内にある物を一気に飲み込んだ。
「アメリカンドッグだけど? って、言ったの。厨房に生の状態で放置されてたから、祐稀ちゃんが揚げてくれたのよ」
因みに、アメリカンドッグの中身は市販の魚肉ソーセージだ。
「道具は揃っていましたから」
至ってクールな口調で答える彼女の顔面からは、鼻血が滴っていた。恵未以外はだれも彼女に近付こうとしない。
凌はそこから目を背け、手前の壁側に座っている後輩へ視線を移した。
恭平は使えない腕を、曲げた脚に預けて透とスマートフォンを覗き込み、何か話している。その奥では、伊織と英志も顔を突き合わせてスマートフォンを見ている。ふたりの表情と口の動きから、道中で話していたことの延長であろうことが伺えた。
向こう側の壁に背を預けているのは、倖魅と恵未と祐稀だ。
一誠と十四歳コンビが居ない。
凌の視線から疑問を察した倖魅が、膝の上で操作しているタブレットから顔を上げた。
「いっちゃんとあゆちゃんと大ちゃんは、保護した子どもたちと一緒に工作員の輸送車で本社へ行ったよ。恭ちゃんは、後から本社の医務室へ行きたいんだって。で、現場のお掃除はまた別の人が来るってさ」
「そうなんですね。この廊下なんて掃除のやり甲斐がありそうですね」
凌は薄暗い廊下の奥、建物の入り口に近い方を見やった。額を一ヶ所撃ち抜かれているのが二体、その他は、四肢がそこらじゅうに散らばっている。
廊下を散らかした犯人は、まだアメリカンドッグを貪っている。
(どれだけ盗ってきたんだよ……)
凌は立ったまま壁に背中を預け、半眼でこっそりとひとりごちた。
「そういえば、恵未さんのあの体って、どうやってるんですか?」
前触れもなく質問を飛ばしてきたのは、透だ。
恵未は口の中の物を全て飲み込むと、ボディービルダーよろしく、な腕を掲げて見せた。
「これ?」
「それです」
透が頷く。
恵未は通常サイズに戻った腕を下げると、どう説明したものか、と唸った。
「簡単に言うとー……身体操作のひとつなのよね。呼吸法と体幹と臍下丹田を使って、一時的に身体の一部分に力を集中させる……っていう感じかしら」
アメリカンドッグの刺さっていた竹串を右手に持って揺らしながら、はにかむ。
「私、銃とか使うの下手くそだから。でも、仕事の時に荷物が少なくて良いでしょ?」
「そうですね。僕も、銃を手で撃つのは苦手だから分かります。説明、有り難うございました」
営業部平社員イチの実力者が、微笑を返した。
凌は視線を、装飾の施された扉へ移す。それと同時に、扉の向こうから潤の「ふざけるな」という怒鳴り声が聞こえた。凌は、自分の耳を疑った。
(潤先輩の大きい声も、初めて聞いた……)
驚いたのは凌だけではなかったようで。恵未も、だらしなく開いた口から――まだ食べていた――アメリカンドッグの生地をこぼしている。
凌が倖魅を見やると、笑いを堪えているらしい。肩を震わせて、堪えきれなかった息が口から漏れ出している。
それから数分後だ。
豪壮な、分厚い扉が動いたのは。
扉の向こうから現れたのは、どこかにぶつけでもしたのか、額を真っ赤に腫らせている泰騎と――
第五話終了です。
次回から第六話となります。
宜しくお願い致します。




