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第一話『日常』―5



「お前は、相変わらず空気読まないっていうか……率直っていうか……」


 凌は嘆息した。左手に鞄を持っている。


 昨日の夕方の事だと当たりを付けて、尚巳が唸った。茶色のジャケットに緑のチェックのワイシャツ。ネクタイは黒地に七福神が描かれている。


「凌は気にならないのか?」

「オレは……話には聞いてるし。全部じゃないけどな」


 それを聞いて、尚巳は疎外感を覚えた。いや、それは常にどこかしらで感じている。


 凌は《P×P》幹部最年少だが、《P・Co》歴は尚巳より長い。

 更に、自分は元々他組織の人間だ。所謂“仲間外れ”にされる――とまではいかなくとも、疎外感を抱く事は、稀にある。自意識過剰や被害妄想かもしれないが。


「別に、お前を仲間外れにしてるわけじゃない」


 心を読まれたかのような言葉に、尚巳が凌を見た。白い髪が、風に(なび)いている。いつもは隠れている左目が、髪の隙間から覗く。いつものように、涼しい顔をしていた。右肩が気持ち、少し下がってはいるが。


「尚巳はもうウチの仲間だし。なんだかんだで、オレにとってはずっと相方だから。お前がもし疎外感を感じてるんなら、それは只の思い過ごしだよ。ただ、あの話題は《P・Co》社内の水疱みたいなものだから……オレもあんまり話題には出せないトコではあるな。あの恵未が黙るくらいだし」


 恵未の名前を出した途端、凌の顔がしかめられた。


「今あいつの事思い出したら、口の中が渋くなる」


 原因は十中八九、昨日の茶クズが浮きまくったアレだろう。尚巳も、あの湯呑みの中がどんな有様だったかは覚えている。


(あれを飲んだのか……お気の毒に)


 尚巳は胸中で――キリスト教徒ではないが――十字を切った。


「まだ喉に何か引っかかってる気がするんだよなぁ……」


 凌は咳払いをし、ネクタイに手をやる。今日のネクタイは、青地に白ドットだ。


 「とにかく」と、凌は尚巳に向き直った。


「前居たトコとも今は同盟関係にあるわけだし。そもそも、そんな細かい事を気にするなんて、お前らしくないだろ」


 鞄で太ももを叩かれ、尚巳が()け反った。なんとかその場に留まり、深呼吸をする。


「うん。まぁ、そっか。そうだよな。よっしゃ。んじゃあもう忘れて、今日の仕事に専念するわ。サンキュ!」


 礼を言われ、凌は「別に」と顔を背けて先へ進む。尚巳も後を追った。


 今日向かう先は、テーマパーク“夢の国”がある千葉県だ。ふたりは駅に向かって、再び喋りながら足を進めた。




 公園。

 《P×P》事務所から徒歩二分のところにある。それなりに広く、遊具やベンチも多い。平日だというのに様々な年代の人が訪れている。

 数か所ある公園の入り口のひとつ。そこに、いつもクレープ屋が移動販売車を停めて商売をしていた。


「こんにちはー。今日は白玉あんみつと、いちごカスタードチョコくださーい!」


 自前の警備服に、右腕に安全ピンで留められた“警備”の腕章。そんな出で立ちの女性。服はそんなだが、パッと見は高校生に見える。


 恵未はクレープ屋の青年から、注文した品を両手に受け取る。ピンクの可愛らしい紙に包まれたクレープは、結構ボリュームがあった。恵未は笑顔で手を振ると、その場を後にした。


 時間は三時。おやつ時だ。おやつ時だろうが、恵未も勤務中だ。が、今更この行動を咎める者もおらず、野放し状態だった。否、注意をされることはあるが、それは効力を持たない。彼女は、事務所での勤務中は常に自由だからだ。


 両手にクレープを持ったまま、恵未は慣れた手つきで所長室のドアを開けた。


「潤せんぱーい。居ます?」


 返事を聞かずとも、入り口から見て正面に、目的の人物は座っている。


「何だ?」


 恵未にはよくわからない書類が、山積みにされている。デスクの左右端に。恵未から見て右手側の方が、わずかに少ない。


 左手に持っていたペンを置くと、潤は恵未の手元に視線を送った。潤が何か言う前に、恵未が右手に持っていたクレープを差し出す。


「はい! 白玉あんみつです!」

「クレープなのにか?」


 勤務中だという事は無視し、潤は疑問を口にした。差し出されたクレープを手に取る。


「白玉と、餡子と、黒蜜が入っているんですよー。美味しいんで、食べてみてください。あ、コーヒーとお茶、どっちが良いですか?」


 恵未が訊ねると、潤はクレープの中身を見ながら「お茶……かな」と呟いた。恵未は自分のクレープにかじりつきながら、給湯室へ消えた。行儀の悪さを指摘する者も、今はここに居ない。


「恵未ちゃん、完璧にワシの存在に気付いてなかったなぁー」


 部屋の隅にあるソファーに寝そべっていた泰騎が、上体を起こした。大きく伸びをし、盛大に欠伸をしている。

 潤は目を(こす)る泰騎を見ながら、嘆息した。


「気配を消してた奴が、見つけて貰いたかったような言い方をするな」

「じゃって。恵未ちゃん、潤に一直線じゃったろ? 邪魔したら悪いが」

「…………」


 否定も肯定もせず、潤は沈黙した。手の中にある白玉を眺める。みっつ。小ぶりで、黒蜜が掛かっていた。奥には粒あんと、更に奥には緑色の生クリームが見える。抹茶の緑だろう。


 給湯室の扉が開き、恵未が湯呑を持って現れた。給湯室側から見て正面にあるソファーに座っている泰騎に気付く。


「あ、泰騎先輩。居たんですか?」

「恵未ちゃん、つめたー! 実はずっと居ましたー」


 ショックな様子は微塵も感じられない。事実、ショックなど受けてはいない。泰騎は雑誌を本棚へ返すと、自分の席へついた。


 恵未から茶を受け取り、潤が簡単な礼を述べる。恵未は笑うと、再び所長室から出て行った。仕事に戻るのだろう。いちごカスタードのクレープを手に持ったまま。


 ドアの閉まる様子を見ながら、泰騎が隣を見る。


「恵未ちゃんも潤の事、心配しとるんよ」

「……正直なところ、心配されるような事はないんだが……」


 クレープ生地を少し口に入れる。微かな甘みが感じられた。潤は生地を飲み下すと、左手側に溜まっている書類を見やる。


 溜息をひとつ。

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