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第五話『こんばんは、侵入者です』―10

「子どもは出来るだけ無傷で保護するっていうのが、今回の第二目的なんだけど……こっちに危害を加えてくるなら話は別だな」


 凌の言葉を聞き、怪我をしていない方の少年が動きを見せた。

 怪我をしている少年を庇うように手前に立ち、整った顔を強張らせている。


「双子のパイロキネシスなんて、正直もう懲り懲りなんだよなぁ」


 ボヤく凌の右手には、しっかりと脇差が握られている。蛍光灯の壊れた、薄暗い室内でも銀に輝いて相手を威嚇した。

 恭平が天后と共に部屋から出るのを横目で確認すると、凌はその場に立ったまま刀の切っ先を立っている少年へ向けた。


「大人しくするなら生かすし、抵抗するなら殺す。不安分子を連れて帰りたくないんでね」


 抵抗するなよ。と心の中で願ってはみたものの、そんな凌の気持ちとは裏腹に、少年は動きを見せた。

 否、『少年たち』だ。

 蹲っていた少年も、敵意を向けて立ち上がっている。表情はまだ苦痛に歪んでいるが。


 凌は遺憾の息を吐くと、眼を閉じた。敵の目の前で。


(オレの目の前に居るのは、子どもじゃない。オレを敵と見なした、オレの敵だ)


 自分自身を説き伏せ、眼を開く。


 どちらが発したのかは知らないが、目の前に炎が迫っていた。それは、熱気を肌で感じていたので承知の事実だ。


(潤先輩なら、こう言うんだ)


 凌は胸中で呟いた。

 少しでも迷うと、いつも彼の言葉を繰り返す。自分が会社の在り方に疑問を持っていた頃には、随分と話を聞いて貰ったものだ。




 芹沢凌は中学一年生になった頃に父親が殺され、約一年後には母親が自殺している。それからは、《P・Co》とは別の組織が運営する孤児院に居た。そこに馴染めず、生きる理由も失くしていた凌は、すぐに施設を抜け出した。そこで、握り飯を持って現れた雅弥に拾われたのだ。


 雅弥は「ビビっときたんだよねぇー。君は絶対、ウチの会社に必要な人材になる――ってね」と笑ったが、当時の凌には今ひとつ実感が無かったし、自分の立場も理解出来なかった。


 《P・Co》という会社については、名前だけは知っていた。病院でも処方されている薬の、製薬メーカーのひとつだ。と、当時の凌が知っている範囲ではその程度だった。

 裏で人殺しを行っているとは、夢にも思わなかったが。

 厳密には、要人のボディガードやスパイ活動や工作行為が主な仕事で、人を殺める仕事の割合は少ないものなのだが。それでも、一般人として育ってきた凌にとっては一線を引く存在だった。


 矛盾していることが気持ち悪かった。「『平和会社』とか言っているのに、どこが平和なんだ」と。


 本当に嫌なら、この会社の事は全て忘れて(・・・・・)普通の中学生に戻れば良い。そう言ってきたのが、杉山に腹を切り裂かれた直後の潤だった。「痛くないんですか?」と訊いたら「痛いにきまってるだろ」と返ってきた。

 何故、そんな事をされても嫌にならないのか。そう思ったから、訊いてみた。すると、「嫌だけど、俺にしか出来ないから」と言われた。嫌なのに、なんで抵抗しないのか。凌の疑問は尽きなかった。

 その頃の凌にとって、潤は理解し難い存在だった。生きているのに、半透明に見えた。


 それから、色々な質問をぶつけてみた。今となっては全て覚えているわけではない。だが、凌をこの会社に留めた言葉は、これだ。


「俺を、増やさない為に」


 その言葉の意味を理解するのに、数時間掛かった。

 ただ、凌はこの言葉に、初めて“潤の意思”を感じ取った。そして、その意思に同意と共感をしたからこそ、凌は此処に居る。




 今、目の前に居るのは、彼が増やしたくないと言った“彼”らだ。


 何を考えながら人を殺すのか。という質問をした事がある。その時、彼は少し――ほんの少しだけ困った顔をして、悲哀の籠った声で言った。


「『せめて、苦しまないように』」


 声に出して呟くと、凌は向かってくる炎に飛び込んだ。生身ではない。体の周りは、粒子状の氷が覆っている。その薄い膜は熱ですぐに溶けるのだが、溶けた端からまた氷が発生して凌を取り囲む。

 溶けた氷は水になる前に蒸発し、室内の湿度を高めた。

 炎の向こうに居たのは、銃弾によって腹部を負傷した少年だった。

 凌は床に足を着くと、その反動を使って横へ跳んだ。刹那、凌の居た場所を紅蓮が通り過ぎた。跳びながら体を反転させ、背面へ向き直る。


 予想通り、片割れが居た。


 立ち込めている水蒸気の流れから大体の位置を割り出していたのに加え、この挟み撃ち戦法はふたり組の王道パターンであり、セオリーだ。

 凌は、ふたりと対峙した時から感じていた。

 この双子は、戦い慣れていない――と。


 双子に限らず、この組織に所属しているのであろう人物たちは、総じて戦い慣れていない。そんな印象を受けた。

 凌は、刀を持った腕を思い切り引き、突き出す。

 肉と骨を突き破る衝撃が手に伝わってきた。間を幾分も置かず、柄を握る両手に力を込める。刃の向きを変え――


(苦しまないように)


 胸中で反復しながら、振り斬った。

 刀を伝って冷気を送り込み、傷口から体を凍らせる。血液は体から離れる前に砕け散った。真っ赤な結晶が飛散し、ガーネットのように輝いている。

 金髪の美少年は、綺麗な顔のまま氷細工になった。――硬い床に倒れ、割れてしまったが。

 氷彫刻が倒れて割れた時には、凌は残る目標の腹を両断していた。傷口から凍りついていき、全身が凍ると同時に床へ倒れ、美少年の氷像は砕けた。


 凌は軽く刀を振り、水分を飛ばす。そのまま、軽やかな手つきで鞘へ収めた。

 息をひとつ吐き、部屋の出口へ向かう。

 氷像の破片が視界の端に映り込んできた。


(……やっぱり、後味が良いもんじゃないな)


 あのふたりは恐らく、たまたま超能力が使えるだけの、ただの一般人だったのだろう。ボスに従わなければ殺されるから、仕方なく従っていたのだと思うのが妥当だが――そんな事を考えたところで、答えは出ない。実際に、警告したにも関わらずふたりは攻撃をしてきたのだから。


(ただの悪人だったら、もっとやりやすいんだけどな)


 胸元に苦いものを感じながら、凌は扉のドアノブに手を掛けた。もう、素手で触っても熱くはなかった。




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