第五話『こんばんは、侵入者です』―8
倖魅が居るのは、二階の角部屋だ。子どもたちが居る部屋と同じ方向にある。
「ふぅ。騒ぎが大きくなる前に片がついて良かったよー。凌ちゃんの天后が消火活動したから警戒されてるかと思ったけど……呑気なもんだなぁ」
目を開けている者が自分以外にひとりとして居ない室内で、倖魅は掻いてもいない汗を手で拭う仕草をしていた。
ここは、大人用に用意されている寝室のひとつだ。この部屋でもう、四つ目になる。
ベッドに寝ている者が大半だが、倖魅の足元にも三人倒れていた。いずれも、心臓は機能を停止している。外傷はどこにも見当たらない。
倖魅の巻いている白い薄手のマフラーの端が、風もないのに浮いている。
彼の周りに微かに残っている静電気が、マフラーをそうさせていた。
耳元で微かにノイズが聞こえ、続いて声がした。凌だ。
『倖魅先輩、階段を上がって右手奥の部屋が、情報管理室みたいです。室内は片付けましたから、後、宜しくお願いします。オレは下へ下ります』
「寝ている人物は二階にいるかも」と、一階は他の営業に任せて、凌も二階までついて来ていた。その読みは正解で、十人程は各寝室で寝ていたわけだ。寝ていた面子は皆、倖魅の電気ショックによって心臓麻痺を起して、夢の中で三途の川へ旅行に出かけている。片道切符しか渡されていないが。
「ありがと、凌ちゃん」
『はい。お気を付けて』
「凌ちゃんも気を付けて」
声を掛けて、通信を切る。
「なぁーんて。凌ちゃんには必要ない言葉だろうけど」
緩んだマフラーを巻き直すと、倖魅はマフラーに顎を埋めた。
(潤ちゃん、大丈夫かな)
廊下に出ると、顔面蒼白でパジャマ姿の大人がふたり、体中を霜まみれにして倒れていた。
「相変わらずフローズンだなぁ。パソコンまで凍ってなきゃ良いけど」
呟きながら、霜まみれの体を歩いて跨ぐ。一階へ繋がる階段を通り過ぎ、薄暗い廊下を奥へと進んだ。
情報管理室には、起動したままのパソコンが五台と、電源が切られた状態のパソコンが五台。それぞれ向かい合わせに配置されているデスクに載って、並んでいた。
明かりの点いているパソコンの前では、廊下に倒れていた人物と同じように霜にまみれた男たちが椅子に座ったまま息絶えている。ある者はデスクに突っ伏して。ある者は椅子の背に体を預けて。
倖魅はほぼ中央に位置する起動状態のデスクトップパソコンの前に立った。硬直している男を、椅子から転げ落とす。
「あぁー冷たいなぁ。ふふふ。さてさて、諸々の機密情報、いっただっきまーす」
パソコンの電源アダプターを取り外すと、アダプター側の接続部へ左手の人差し指を添えた。右手の人差し指は、目の前にあるパソコンのUSB差込口に当てる。すると、沈黙していたパソコンたちが一斉に画面を明るくし、動き出した。
各々のパソコンが画面に英数字や漢字など、文字の羅列を映し出す。種々雑多のデータから、直感的に必要な部分だけを抜き出し、倖魅は目の前のパソコンへと集約していく。
閉じた入り口の扉から誰か入って来ないか、意識を数分割して作業を進めながら。
(全く。パソコンだけに集中すれば良いなら、こんな作業五分で終わるのになぁ)
頭の隅の隅でそんな事を毒づいていると、扉のドアノブが捻られた。パソコンから一時意識を離し、身構える。
「倖魅さん、入りますよ」
ドアの向こうで、一誠の声がした。
倖魅は小さく安堵の息を吐くと、「良いよ」と答える。変声機を使った敵の可能性も考えつつ。
幸い、扉を押して入ってきたのは一誠本人だった。
一誠は室内を見回すと、作業を中断している倖魅に笑いかけた。いつもの、亡霊のような薄ら笑いだが――好意的な、彼にとっては最大限の『笑顔』だ。
「子どもたちは一時的に眠らせて、ひと部屋に集めました。子ども部屋に居た大人は全て死亡確認済みです。数は三。向こうの部屋は歩と大地に任せてます。僕は埃が来たら払いますから、倖魅さんは作業に専念してください」
454カスールを両手で持ち、胸の前で留める。一誠は開けっ放しの扉に寄り掛かって、通路に視線を向けている。
倖魅は「えへへ。助かるなぁ。ありがとー」と礼を述べると、パソコンへ向き直った。
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