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第五話『こんばんは、侵入者です』―6




 恵未と祐稀は、指示された一階の中間地点へ向かっていた。


 だが騒ぎが大きくなるにつれて廊下へ逃げ出してくる人物がちらほら見え始めたので、営業たちを室内へ送り、廊下を先に片付けていた。


 伊織が言った通り、恵未は手ぶらだった。武器を持っていない。何故なら、彼女の肉体が最大の武器であり防具だから、だ。

 普段は、“健康体そのもの”な見た目をしている。「少し鍛えてるのかな?」くらいの肉付きだ。それが今は、男性ボディビルダーも真っ青になるほど、逞しい腕をしている。

 日本人らしき男の身体に、その隆々たる筋肉の腕で大穴を開けているのだ。すぐに腕は通常サイズに戻って、自分で空けた穴からするりと出てきた。ついでに、男の内臓的な何かもずるりと出てくる。


 恵未は真っ赤に染まった右腕をひと振りして、血を払った。それでも、こびり付いた赤は取れない。

 手を振ったついでに、べちゃっという粘着質な音を立てて、真っ赤な小さい塊が床へ叩きつけられた。


「さぁ。廊下は片付いたし、もう少し奥へ進みましょうか」


 現在廊下を散らかしている張本人が、返り血に(まみ)れた笑顔を祐稀へ向けた。


「はい! 今日も可憐です! 恵未先輩!」


 祐希が果たして『可憐』という言葉の意味を正しく理解しているのか否かを言及する者は、この場には存在せず――可憐な女子ふたりは、少し奥の部屋へ向かって進んだ。




 到着した部屋でまず目にしたのは、肉を剥がれた人の骨だった。




 大きさから、小学生くらいであろう事が推測できる。性別は……おそらく男児だろう。首から上はない。

 恵未は眉根を寄せて、肉のこびり付いている骨を眺めた。


「この部屋、厨房よね」


 置かれている道具などを順に見回してから、祐稀は嫌悪感の滲んだ表情で疑問を口にした。


「人間を調理しているって事ですかね?」


「何だ、お前たち」


 調理台らしきものの陰から、声を掛けられた。三十代半ばだろうか。日本人男性だ。塩化ビニール製と(おぼ)しき、黒い胸当てエプロンを着ている。体格はがっしりしており、レスラーのようにも見える。鼻の下から顎にかけて、整えられた髭が生えていた。手には砥石が握られている。

 祐稀が恵未の半歩前へ出て、男へ向かって口を開いた。


「こんばんは、侵入者です。ここは何をするところなんですか?」


 『侵入者』と聞いて、元々警戒心を剥き出しにしていた男が、更に警戒する素振りを見せた。砥石を調理台へ置き、目の前に置いてあった包丁を手に取る。マグロ包丁のように刃が長い。


「ここは、何をするところなんですか?」


 祐稀が繰り返した。そして、質問を重ねる。


「死んだ子どもを、どうしているんですか?」


 男はしっかりと両手で包丁を構えたまま、口角を上げた。


「厳密には“子どもを殺して”だな。ガキを捌いて、精肉してんだよ」

 なんとなく予想はしていたが、やはりそうか。と、女子ふたりは合点した。

 男はふたりに向かって、吐き捨てるように叫ぶ。


「親に捨てられた子どもなんだから、どうしようと勝手だろ!」


 彼の声の上擦り具合から、勇ましく包丁を構えているのは只の虚勢であることが感じ取れた。男の顔を見ると、うっすらと脂汗が滲んでいる。

 祐稀が、苛立ちを募らせた。


「そういう問題じゃ――」


 言い返そうと一歩前に出かかった祐稀の言葉と身体を遮り、恵未は嘲るようにクツクツと笑った。


「確かにそうよね」


 恵未が、更に一歩出る。


「多くの子どもにとって、親っていうのは絶対的存在だもの。それに捨てられたとなったら……まぁ、最終的に他人がどうしようが勝手だわ。本人に意志が無い場合は――っていう話だけど」




 恵未は――出雲(いずも)恵未という女は、『愛』について驚くほど無頓着で無意識で無理解だ。

 『敬愛』は理解できても、『慈愛』がわからない。“わからない”というより、理解を拒絶しているのかもしれない。現時点では『恋愛』など、論外とも言える。


 一番身近にあり、信じていた筈の親の愛情というものが虚妄だと思い知らされてからは、無償の愛というものはこの世に存在しないものだと考えるようになった。


 彼女が生まれたのは呪術医の家系だ。ゲルマン系の血筋だと親には聞いたが、それも遠い昔の先祖の事だろう。問題は、彼女には、家系の血筋に見られる能力が欠片も備わっていなかった事だ。おまけに女だったことが、父親は気に入らなかった。

 気に入らなかったなりに、父親は恵未を鍛えた。主に護身術的な技術だ。基本となっていたのが『システマ』。それに加えて、合気道や柔術も。お陰で、身体の使い方は抜きんでている。

 そんな少々特殊な教育を施される中でも、周りの子どもたちと相違なく育った。学校へ通い、友達と遊び、そこら中にありふれた生活を送っていた。


 それが突然、弟が生まれた途端に一変する。母親は反対したのだが、それを聞くような父親ではなかった。「お前はもう要らないから」と棄てられたのだ。それが、十歳の誕生日の事だった。高温警報が出るような暑い――焼かれるような熱い日だった。


 肌着に、ノースリーブの黒いワンピース、靴下と靴だけを身に纏った状態で、奥出雲の山奥に置いて行かれた。唯一渡されたのは、泣きじゃくる母から『護身用に』と渡されたバタフライナイフだった。食料などは一切、手渡されなかった。

 数年後に、バタフライナイフは護身用ではなく、自決用だったことにも気付く事となるのだが――。


 棄てられてから一年と約半年。


 恵未は実家のある島根県から、鳥取県まで歩いて移動していた。年の瀬で世間が慌ただしくしている中で、買い物をしていた潤と出会った。潤の風貌から彼の事をアルビノ――先天性白皮症――だと思い、腕を持ち帰れば父親に褒めて貰える。そして、家に帰れると思って切り掛かった。

 勿論、アルビノの身体が万能薬になるなどという事は、流言飛語であり只の風説にすぎない。そんな事は分かっていたが、当時の恵未は嘘だろうとなんだろうと、何かをする“目的”が欲しかった。

 少しばかりの交戦――恵未が一方的に突っかかっていただけなのだが――の後に、潤から「手首くらいならあげても良い」と言われた事をきっかけに戦意を削がれ、更に空腹に負けて膝を折った。

 結果、潤について彼の家へ行き、当時彼と一緒に住んでいた麗華や蓮華、泰騎と出会う事となったのだ。


 ともあれ、彼女は初対面の人間にいきなり「手首をやっても良い」と言って退けてきた潤の事を尊敬し、聖母――否、聖人のようだと敬っているわけだ。




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