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第五話『こんばんは、侵入者です』―5




 泰騎の後ろ姿は、すぐに見えなくなった。彼が走った先に誰かしら重要人物がいるはずだ。今までの経験からして、それは確実だという確信がある。

 それに、泰騎の向かった方向が少し焦げ臭い。

 凌は泰騎の過ぎ去った薄暗い空間から視線を外すと、後ろに控える面々に向かって口を開いた。


「今回、人数が多いから無線は垂れ流ししないように。通信する時に、その都度相手に繋げてくれ」


 凌に言われ、各々腕時計型のリモコンを弄る。


 凌は、泰騎の描いた見取り図を思い出していた。現在地である工場の入り口から、通路が真っ直ぐと左手のふた手に分かれている。最短で行ける階段の位置は、ここから真っ直ぐ。二部屋過ぎた先にあったはずだ。

 腰に下げている刀を鞘から抜きながら、振り向く。


「さっきのボヤ騒ぎで、一階は少し慌ただしいですね。二階に到着するまではオレが先行しますから、倖魅先輩たちはついて来てください」

「ありがと、凌ちゃん。頼もしいボディガードだなぁ。いっちゃんは凌ちゃんの後ろに付いて。あゆちゃんと大ちゃんはボクの前においで」


 凌は前に向き直ると、そのまま開けっ放しになっている入り口に飛び込んだ。

 倖魅が最後尾につき、ピスミぬいぐるみを抱えた十四歳組を挟んで階段まで走る。ぬいぐるみは子どもたちの遊び相手用のようだ。長い手足が、ぷらぷらと揺れている。

 刃物で斬られた大きな傷を晒している、白衣の死体がふたつ転がっていた。赤い水溜まりを避けて、更に走る。


 背後から多数の叫び声が聞こえてきた。だが、まだ自分達の存在は、二階には知られていないだろう。


 倖魅の耳に、掠れたノイズが届く。

『倖魅先輩、研究データはどうしますか?』

 耳元に付けてある、ホクロのような形状のイヤホンから透の声が聞こえた。


「出来るだけ本社に持ち帰りたいかな。出来るだけ、で良いよ」

『了解しました』


 無線はそこで切れた。そして暗がりに、二階へ繋がる階段が見えてきた。




 入り口から一番近い部屋。


 部屋の中央に実験台があり、壁に面してガラス戸のついた棚が設置されている。部屋の片隅にはデスクトップパソコンが、机の上に載っていた。


 透は《Fth》のメンバーと向き合っていた。相手は白衣を着ている。欧米人のようだ。倖魅に言われた通り『出来るだけ』データを破損させないように立ち回る。といっても、透はただ両手を突き出して突っ立っているだけだ。

 髪に挟んでいたヘアピンが幾つか減っている以外は、特に変わったところはない。


「恭平。パソコンは僕が入り口付近まで運ぶから、次の部屋、行ってくれる?」


 空中に円を描くように指を動かすと、透の周りにヘアピンが集まってきた。指の動きに合わせて円を描くように、宙に浮いている。さながら、オーケストラの指揮者だ。

 青や黄色、ピンクなど、一本一本様々な色でカラフルだったマルテンサイト系ステンレス製のヘアピンだが、今は全て赤く染まっている。


 血、だ。ポタポタと、血が滴り落ちている。


挿絵(By みてみん)


 「OK」という返事の代わりに、透の背後で乾いた銃声が聞こえた。それと同時だった。体中に小さな穴を開けて、白衣をお洒落なドット柄に染めた欧米人が目の前で倒れたのは。彼の掛けていた眼鏡が、床にぶつかってひび割れる。

 背後でもドサッ、という音が聞こえた。


 透は身体を取り囲むように数本のヘアピンを浮かせたまま、デスクの陰へ視線を向けた。ひとり、若しくはふたり。隠れているようだ。透は視線を固定したまま、突っ立っている。


「隠れてるのは分かってるから、出てきてくれない?」


 オーダーが只の“殲滅”ならば、声など掛けずに攻撃するところだが――。


(子どもだと困るもんなぁ……)


 一歩、わざと足音を立てて近付く。


 ガタガタと音を鳴らしながら、慌てた様子で男がふたり、机の奥から飛び出した。やはり欧米人のようだ。いずれも白衣を着ており、ひとりは白い肌、もうひとりは黒い肌をしている。

 黒い肌をした方が、慌てた仕草のまま、銃を透へ向ける。照準を合わせるより先に、立て続けに三発撃ってきた。

 だが、放たれた銃弾は空中で静止している。


「うん。大人ならいいや」


 透が言ったと同時に、発砲した人物は蜂の巣と化した。Uターン――否、Iターンして戻ってきた、自分が放った銃弾によって。

 怯えきっている白い肌の方も、お笑いの酔っ払いコントかと思ってしまう程震えながら銃を構えている。

 透は溜息を吐き出すと、右手を振り上げた。白い肌の手に握られていた拳銃が、男の手を離れて大きく飛び上がる。


「アメリカ人なら知ってるかなぁ」


 宙を飛んだ銃が、透の身体の前で止まる。浮いたまま、銃口を白衣の欧米人へ向けて。


「僕、『×(バッテン)-MEN』シリーズのマグネット、大好きなんだよね」


 その言葉の意味を白衣の男が理解するのを待たず、透は右手を小さく振った。銃が分解して、弾が露わになる。


「同じ能力なんだけど……僕はまだ、血液中の鉄分を操れるほど強くないから。でも、いつか出来るようになりたいな」


 話し掛けている相手は、幾何学的な動きをする銃弾によって穴だらけにされている。透は歩を進めた。死亡確認の為に。

 透も倖魅と同じ“電気(スラ)特異(イダ)体質()”だ。電子機器と自身を同調させる倖魅とは違い、磁力を操って鉄などを動かすことが出来る。そういう体質だ。


「そうなれば、結構強いと思わない?」


 誰も居なくなった部屋でひとり静かに笑う。転がっている銃から弾だけ浮かせ、ズボンのポケットにしまった。身体の周りには、まだ赤いヘアピンが飛んでいる。


 パソコンをHDDだけ抱え、透は部屋の外へ出た――のだが、扉を開けて、思わず身体を強張らせた。


 暗い廊下に、ちぎれた人間の四肢が飛散している。透は一瞬、不覚にも怯んでしまった。

 大の大人の叫び声が幾重にも重なり、狭い通路に響いている。


(こんな殺し方する人、営業(ウチ)には居な――)


 透の視線の先に居たのは、恵未だ。

 恵未、かもしれない。

 おそらく、そうだ。


「筋肉……大移動……」


 透の呟きは、男の悲鳴に掻き消された。




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