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第五話『こんばんは、侵入者です』―2




 夜十時。


 誰ひとり遅れることなく地下駐車場へ集合した面々は、泰騎の指示で中型トラックの荷台へ乗り込んだ。このトラックは、女児三人を保護しに行った時に乗っていた、潤の愛車だ。

 サスペンションが特注の物になっており、内部への衝撃が少ない。更に、荷台内部にはソファーとテーブルが固定されている。簡易的で小さいが、エアコンも設置されているので快適に乗る事ができる。簡潔に言い表すと、『移動する部屋』だ。


 泰騎は運転席、倖魅がタブレットを持って助手席に乗り込んだ。

 首に巻いてある白い薄手のマフラーを緩めて、倖魅が伸びをする。


「さぁ。連れ去られた桃子(ももこ)姫を助けに行こうか。毬男(まりお)さん?」

「キノコ食って(おっ)きくならんとなぁ」

「なんか、泰ちゃんが言うと卑猥だなぁ……」

「え……何を連想しとるん? 倖ちゃんの頭ん中も十分卑猥じゃで」


 泰騎は半眼で呟くと、クラッチペダルを踏み込んでエンジンを掛けた。




 トラックの荷台では、その他大勢がワイワイと騒いでいた。


「今日はオレ、イチ推しのおっぱいを連れてきました!」


 英志が、マイクロビキニを着用した、黒髪で可愛らしい女の子が表紙の雑誌を掲げた。表紙に大きく『Fカップの天使が地上に舞い降りた』と書かれている。袋綴じ部分は、しっかりと破り取られていた。


 恭平が半眼で肩を落とす。

「何だ。雑誌じゃ触れねぇじゃん」


「英志は分かってない! 大きければ良いってものじゃないんだぞ!」


 叫んだのは、自身がFカップの胸を持つ祐稀だ。黒のロングヘアは、首元でひとつに束ねられている。隣に座っている恵未の腰をしっかりと抱いて、英志を睨んだ。

 恵未はというと、持参したスティック状の堅揚げじゃがいも菓子を頬張っていた。


 雑誌の表紙を指差し、英志が反論する。


「分かってないのは祐稀だ! 見てみろよ、いつもぎゅうぎゅうに潰されてるお前のと違って、めっちゃ柔らかそうだぞ!」

「堂々とセクハラ発言か! 私の胸を触った事もないくせに、勝手な事を言うな!」


「まぁまぁ。英志も祐稀も落ち着いて。因みに、おれはDカップくらいが好きだな」


 ふたりを宥めに間に入った尚巳は、腕を組んで頷いていた。ふたりには無視されたが。


「祐稀ちゃんのおっぱいは柔らかくて気持ちが良いわよー? 枕にすると、すっごく寝心地良いんだから」


 菓子を頬張ったまま、恵未がもごもごと割って入る。カスがばらばらと落ちた。


「え、恵未しゃんぱい……! 先輩の為でしたら、いくらでもお貸しします! 存分に使ってください!」


 ぐいぐいと胸を押し付けてくる祐稀の頭を撫でながら、恵未は反対の手で筒状のカップ――バーコード横にキリンのキャラクターが描かれている――に入っているじゃがいもスティックに手を伸ばした。


 誰かが「ちょっと羨ましい」と呟いた。


「凌先輩はどの子が好みスか!?」


 凌の――ゲームでいうところの――2Pカラー版のような見た目をした恭平が、雑誌を思い切り広げて凌の目の前に突き出す。

 布面積の少ない衣装を纏った豊満な胸の女性が眼前に迫り、凌は思わず身体を後退させた。


「いや、オレは……」


「駄目だよ、恭平。こいつモテるのに、水着姿とか下着姿とか苦手だから。ムッツリだから」


 尚巳が笑う。凌は「うるさいな」とボヤいた。


「事務所の皆で一緒の仕事って初めてですねー。賑やかで楽しいなぁ」

 伊織は、昼間に言った事を繰り返した。『世界名作劇場』にでも出て来そうな可愛らしい顔と、小さな体には似合わないサブマシンガンを抱えてニコニコしている。遠足に行く子どものようだ。


「ところで、透君はさっきから何を読んでるの? お昼の本より大きいね」


 緑色をした瞳が、隣りに座っている、透の手元にある本に向けられた。


「これはラノベ」

「らのべぇ……時代小説的な何か?」


 首を傾げる伊織。透は首を横へ振った。新書サイズの冊子を、伊織へ向けた。書店で巻いて貰える紙のカバーに覆われているので、表紙は確認できないが。


「タイトルじゃなくて、小説の分類名。ライトノベルっていうんだ。これくらいなら一冊十五分くらいで読める。これは、冒頭に出てきた巨大ナメクジが、実は自分の双子の弟でしたって、在り来たりな話だった。まだ最後まで読んでないから、この先に期待。あ、昼に読んでたのは公安が主役のサスペンス。これも有りがちな内部犯行ものだった」


 透の視線は、再び本の文面へ落とされていた。開かれているページから察するに、残り五十ページ程だろう。

 伊織は興味薄げに「ふぅん」と呟くと、透とは反対隣に座っている一誠の方へ身体を捻る。


「一誠君は何やって――」


 伊織の視線の先には、息を荒くして四十五口径の454カスールに、弾を入れたり出したりしている一誠の姿があった。トラックの荷台に乗り込んでソファーに座ってからずっと同じ動作を繰り返していることに、伊織は今更ながら気付いた。

 そして、そっと瞳を閉じた。

 隣からは変わらず、シャカカチシャカカチという、金属が擦れたりぶつかったるする音が聞こえてくる。一誠の動向を意識してから、この音がやたらと耳に付く。


 伊織の中で、何かが音を立てて切れた。


「てめぇらふたりとも根暗すぎんだよ!! 特に一誠! ずっと俯いてカチカチカチカチ何やってんだ! るっせぇんだよクソが!!」


 勢いよく立ち上がった伊織にサブマシンガンの銃口を向けられ――というか、伊織の変貌ぶりに驚いて、一誠が目を丸くした。

 目を丸くしているのは一誠だけだ。が、恵未に密着している祐稀も、初めて見る伊織の荒い口振りを怪訝そうに眺めている。


 恵未は新しい菓子の袋を開封しながら、

「伊織君って二重人格か何か?」

 と訊いてから、開いた袋からポテトチップス(たらこバター味)を数枚取り出して口へ運んだ。


 尚巳が苦笑して返す。


「二重人格っていうか、裏表が激しいって感じかな。いや、本音はハッキリ言うタイプなんだけどさ。副人格があるわけじゃないよ。『キレると恐い』ってだけ。特務(こっち)の仕事中はいつもこんな感じだから、おれらは慣れてるんだけど……初めて見ると驚くかもなぁ」


「こら、伊織。安全装置解除してないっていっても、こんな狭い所で銃を構えると危ないぞ」


 凌のひと言で、伊織は動きを止めた。


「あ……ボクってば……すみません。つい……亡霊のような風体の一誠がウザくて……」


 伊織は顔を赤らめて、恥じらう仕草で体をくねらせた。

 一誠は未だに目を丸くしており、口元は半開きで引き攣っている。


「え……呼び()……? なんか……色々……凄くショックなんだけど……」

「ごめんね、一誠君。だって本当の事だから」


 にっこりと、教会の絵画に描かれた天使のような笑顔を向ける。そんな伊織の隣に座っている透は、読み終えた小説をしまって呟いた。


「ところで伊織。今、ちゃっかり僕の事も根暗呼ばわりしたよね?」

「だって、本当の事でしょ? それとも透君、自分の事をパリピだとでも思ってるのかなぁ?」


 悪びれもせず、伊織は首を傾げた。大きな瞳を瞬かせて。手にはしっかりとサブマシンガンを握ったまま。

 透は微かに頷いて「そうだね」と呟いた。


「間違ってないけど何かムカつくから……その短機関銃、バラバラにしても良い?」


 場の空気が張り詰め、伊織の持っているサブマシンガンが微かに振動する。伊織が「げっ」と顔を引き攣らせた。

 そこに言葉で割って入ったのは、テーブルを挟んで向かいに座っている凌だ。


「透、仕事前に仲間割れするな。伊織も、素直なのは良い事だけど言葉を選べよ」

「だって凌先ぱ――」


 伊織による抗議の言葉は、形を成す前に引っ込められた。凌はただ座っているだけなのだが。伊織は青ざめて、サブマシンガンを抱える腕に力を込めた。小さく「すみません」と体を縮こめる。

 凌は苦笑して溜息を吐いた。


「そんなにビクビクするなよ。オレ、何もしてないのに……苛めてるみたいだろ」

「凌が恐い顔で睨むからだろ?」


 隣で尚巳が意地悪く笑っている。凌は「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。その視線の先には、祐稀の胸に首から上を預けてポテチを貪る恵未の姿がある。


 凌はそっと、視線を自分の膝元へ戻した。




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