第五話『こんばんは、侵入者です』―1
主人公が全く出てこない、第五話に突入です。
本編では泰騎が主人公らしい働きをしてくれているので、全く問題ありません。
その泰騎の出番も少なめですが、他の所員たちが頑張るので。
見守ってやってください。
中盤から、スプラッタ要素強めです。
苦手な方はご注意を。お好きな方には、楽しんで頂ければ幸いです。
二条泰騎は、十四歳の頃から『万年発情期』だの『いつか病気を貰うぞ』等と周りから指摘されるほど、性欲にだらしがない。言い方を変えると、自由人なのだ。
それは私生活でも仕事でもそうで、やりたい事はやるし、やりたくない事は極力しない。そんな中でも、自分で定めたルールは守っている。私生活面だと、彼の言う「二番目で良ければ――」というやつだ。
自分から「付き合おう」とは言わないし、社外の人間は泰騎の中で全て“同列”扱いとなっている。
そんな彼が拘ってきたのは、“強くなる事”だった。恵まれた身体能力と生まれ持った強運が合わさり、それも難なく成すことが出来た。『難なく』というのは、“泰騎が言うには”という話であって、実際には相当な努力をしている。
目標が明白だったことが、泰騎のやる気を持続させた要因だろう。とにかく“潤より強い”事だけが彼の強さの基準となっている。但し、“強い”とひと言で言っても、人によって様々だ。精神的なものか、肉体的なものか、頭脳的なものか――或いは、その全てか。
泰騎にとって常にあるのは実にシンプルで、“潤を殺せるだけの強さ”を備えているかどうか。
潤と最初に交わした約束を果たすため、訓練も――それなりに――真面目に受けてきた。
身体能力こそずば抜けて高い泰騎だが、記憶力は並だ。否、並以下だった。彼が最も苦痛に感じたのは、勉学だ。しかしそれも、小学一年生から中学三年生まで、九年間で習う教育課程をたったの三年間で全て熟した。
当然、幼稚園の年長途中で咲弥に誘拐された潤も、同じ教育を受けている。泰騎と違うところは、潤は誘拐されるまでは大学付属幼稚園へ通っていた事だ。そのお陰で、物事を覚える為の基礎的な脳作りが調っていた。
対して、『三つ子の魂百まで』と言うが、泰騎は生まれてから五歳まで母親に絵本を読んで貰っていた程度。母親が死ぬまでは父親にも兄たちにも会った事が無かった。
雅弥に連れ出されるまでは、テレビさえ見たことが無かったのだ。訓練が始まった時、九歳の泰騎の知能はわずか五歳程度だった。
それでも机にかじりついて勉強をして、十二歳で義務教育課程を終わらせた。今では日本語に加え、英語、中国語、ロシア語を話すことができる。多種多様な資格も取得し、一般の社会に出たとしても、職には困らない筈だ。
といっても、泰騎の性格では普通の会社へ就職しても長く続かないだろう事は明白だ。泰騎にとって、今の環境がベストと言える。
潤と違い、泰騎は人を殺める事に関しては罪悪感を抱かない。元々自分の生は殺した父親と兄の上に成り立っているのだ。自分が生きる為ならば、人殺しだろうとなんだろうと厭わない。
ともあれ、つまり彼――二条泰騎は、義弟である二条潤を殺すために厳しい訓練を熟した結果、此処に居ると言える。
泰騎は薄暗い部屋の中で、いつも頭に装着しているゴーグルを外して眺めていた。十二歳の誕生日に、雅弥から貰ったものだ。赤外線感知を始め、様々な機能が備わっていて、物質をサーモグラフ化することも出来る。ただ、その機能は普段使う事が無い。
基本的に、誰かが物陰に隠れているのも“なんとなく”分かってしまうし、分からなかったとしても、ゲーム感覚でそれを楽しむ癖が身についてしまっている。
折角生きているのだから、楽しまなければ損だ。というのが、泰騎の生き方の持論であり彼そのものだった。基本的に飛び道具を使わないのも、『命を貰うのなら、その感覚を自分自身に伝えたいから』という彼なりの“自分ルール”を設けているからだ。
稀に、ついうっかり手元にある物を投げてルール違反を犯してしまうのだが。その時はその時で「まぁ、そういう事もある」と開き直る。仕事面においては。それが泰騎という人物だった。
唐突に、私用スマートフォンが高らかに声を張り上げた。
泰騎はゴーグルを頭に戻すと、ジャケットの内ポケットから、微振動を繰り返すスマートフォンを救出する。発信者を確認するが、非通知になっている。
泰騎は構わず、通話ボタンをタップした。
聞こえてきたのは鼻を啜る音と、酒で焼けたのか泣きすぎたのか――女の枯れ果てた声だった。
『泰ちゃん、さっき、手術、終わったよぉ』
声を詰まらせながら、女は報告と礼を泰騎へ贈ってきた。
「そ。調子はええん?」
『うん……泰ちゃんが、良い病院、紹介してくれたお陰で……子ども、まだ寝てるけど、ほんと、ありがとう。お金、ちゃんと返すから……』
「そんなん、ええよ。トモダチじゃろ? それに、知り合いの病院じゃし。それより大変なんはこれからじゃで。成長過程で手術は必要じゃろうし……」
泰騎は一旦言葉を切ると、静かに息を吸い込んだ。
「ひとりで大変かもしれんけど、子どもを捨てたら……絶対に許さんからな」
女の『了解』と取れる返事を聞き届け、泰騎は通話を終了した。
長い息を吐き出す。
冷蔵庫の中を見てみる。卵とケチャップだけがドアの内側に入っていた。いや、隅の方に使い掛けのホットケーキミックスが封をされて、ひっそりと座って出番を待っている。
(今度ウインナー買って来よ)
冷蔵庫のドアを閉め、室内を見回す。電気を灯していないので、当然と言えばそうだが……薄暗い。
別室のクローゼットを開けると、奥の隠し扉の向こうに目的の物があった。それを手に取り、泰騎は部屋から出て行った。
暗く、誰も居なくなった室内は冷蔵庫のコンプレッサーの音だけが微かに反響し、主が帰って来るのを待っている。
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